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第15話:旧王国からの汚い親書

 帝都での生活が始まって数日。

 私は、ゼノス公爵邸の図書室――という名の、魔導書が地層のように積み重なった魔窟まくつにいた。

 隣には、シオンが淹れてくれた最高級のハーブティー。そして足元には、すっかりこの場所を気に入ったもふもふの聖獣シルが、丸くなって寝息を立てている。


(……ああ、平和。このまま魔導理論の最適化を進めれば、アリアちゃんに『自動で汚れを落とし、常に最高のシルエットを保つ魔法のドレス』をプレゼントできるわ! 私の前世知識とこの国の魔導技術、相性が良すぎる!)


 私は、羊皮紙に複雑な回路図を書き込みながら、悦に入っていた。

 アリア様は現在、ゼノス公爵が手配した家庭教師から帝国の礼法を学んでいる。彼女のポテンシャルなら、数ヶ月で帝都一の淑女になれるはずだ。私の「推しプロデュース計画」は順調そのもの……。


 ――だが、その平穏な午後は、乱暴に開け放たれた扉の音によって破られた。


「……リリアーヌ。手を止めろ。不愉快な報せだ」


 現れたのは、ゼノス公爵だった。

 その氷のような美貌は、いつにも増して険しく、手に持った一通の書簡からは、隠しきれない不快な魔力の残滓が漂っていた。


「あら、閣下。淑女の作業を邪魔するなんて、よほどの急用ですの?」


「……旧王国のアステリア王家から、正式な親書が届いた。宛先は我が帝国の皇帝陛下……だが、内容は君たちのことだ」


 ゼノスが、その親書を私の前のテーブルに叩きつけた。

 

 私は眉を寄せながら、その書面を手に取る。

 封蝋ふうろうには、見覚えのある――そして今や反吐へどが出るほど嫌いな――アステリア王家の紋章。

 内容は、予想を遥かに超える「自分勝手」の極みだった。


『親愛なるガルディナ帝国皇帝へ。

 我が国の反逆者リリアーヌ・アステリア、並びに、国家機密を盗み出した偽聖女アリアを、速やかにこちらへ引き渡されたし。

 リリアーヌは公爵家の名に泥を塗った罪を償わせるため、修道院への終身刑に処す。

 なお、アリアについては、我が国のエドワード王子が直々に再教育しつけを施す所存である。

 速やかな返答を期待する。……アステリア王国、第一王子エドワード』


「…………は?」


 私は思わず、素の声を漏らした。

 何これ。何なのこの、日本語――じゃない、大陸語で書かれたゴミクズは。


(反逆者? 国家機密? どの口が言ってるのかしら。アリアちゃんをゴミのように扱って、婚約者の私を衆人環視の中で断罪したのは、どこのどいつだったかしらね!?)


 内面の結衣が、怒りのあまりデスクを叩き割りそうになる。

 特に許せないのは、アリア様を「しつける」という表現だ。あのクソ王子、まだアリアちゃんを自分の所有物だと思っているの!?


「……お嬢様。その紙、少しお借りしてもよろしいでしょうか? 今すぐ、この書面の送り主の喉元を、同じ紙の角で切り裂いて参りますが」


 いつの間にか私の背後に立っていたシオンから、氷点下の殺気が放たれる。

 彼の影がうごめき、床がミシミシと軋んだ。


「……シオン、落ち着きなさい。……閣下、この親書に対し、帝国はどう対応なさるおつもり?」


 私はあえて冷徹に、ゼノスを見上げた。

 ゼノスは鼻で笑い、私の隣の椅子に腰を下ろした。


「……我が国の皇帝陛下は、無能の泣き言を聞くほど暇ではない。それに、君が先日見せた『魔導回路の最適化理論』……あれは、帝国にとって、旧王国の全領土よりも価値がある。……『国家機密』とやらは、今や帝国の宝だ」


 ゼノスの瞳に、鋭い光が宿る。

 

「……それに。真の聖女と伝説の聖獣、そして天才的な頭脳を持つ君を、あの程度の王子に返すなど、外交的な自殺に等しい。……君たちは既に、我が国の『重要保護対象』として登録されている。引き渡しなど、あり得ん」


(おお……。流石はゼノス公爵! 合理的すぎて惚れそう……じゃなくて、頼もしすぎるわ!)


「ですが、閣下。……あのバカ王子、これで引き下がるとは思えませんわ。おそらく次は、武力行使か、あるいは卑劣な暗殺者を送り込んでくるはずです」


「……構わん。帝国の国境は、一介の王国の騎士団が通れるほど甘くはない。……リリアーヌ。君は、ここで自分の研究を続けろ。……誰にも、君の髪一筋さえ触れさせはしない」


 ゼノスが、私の手の上に自分の手を重ねた。

 冷たいはずの手が、今はひどく熱く感じられる。

 ……あ、これ、シオンの殺気が倍増するやつ。


「……閣下。お嬢様の手に触れていいのは、私だけだと以前申し上げませんでしたか?」


「……有能な人材を保護するのは、司令官の義務だ。執事こそ、下がっていろ」


 二人のイケメンが、私の頭上で火花を散らしている。

 本来なら「やめて、私のために争わないで!」と言うべきシーンなのだろうが、今の私は怒りで脳が活性化していた。


「……わかったわ、エドワード王子。……そんなに私たちが欲しいなら、存分に追いかけてきなさい。……その代わり、貴方が大切にしている『王権』も『プライド』も、私がこの手で完膚なきまでに叩き潰してあげますわ!」


 私は親書を魔法の火で燃やし、その灰が落ちるのを冷ややかに見つめた。

 

(アリアちゃんは渡さない。シオンも渡さない。そして何より、私の自由なもふもふライフを邪魔する者は、神様だって許さないんだから!)


 旧王国からの宣戦布告。

 それは、私の「幸せな亡命生活」を守るための、新たなる戦いの火蓋を切るものだった。


「……さあ、シオン。閣下。……反撃の準備を始めましょうか? 帝国の最高の技術を使って、あの国が二度と立ち上がれないほどの『絶望』を、詰め合わせにして送ってあげるのよ!」


 私の宣言に、シオンは狂おしいほどの悦びを浮かべて跪き、ゼノスは不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 

 エドワード王子。貴方は知らないでしょうね。

 捨てたはずの「悪役令嬢」が、今や帝国の心臓部を手に入れ、貴方の首元を狙う最強の魔女へと進化していることを――。


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