第14話:聖獣シルヴァリア、爆誕(?)の危機
豪華なディナーを終え、私たちが案内されたのは、ゼノス公爵邸の最上階に近い客室だった。
そこは、バルコニーから帝都の夜景が一望でき、室内には魔導で常に最適な湿度に保たれた温室のようなラウンジまで備わっていた。
「……ふわぁ、すごい。リリアーヌ様、ここ、お城みたいです」
アリア様が、ふかふかのソファに身を沈めて、とろけそうな声を上げた。
その可愛らしい姿に、私の心(結衣)は尊さで爆発寸前だ。
(アリアちゃん、そこは公爵家のゲストルームだから、実質お城のようなものよ! ああ、このままアリアちゃんと一緒にこの部屋で引きこもりたい。……でも、私の膝の上には、もっと破壊的な癒やしがいるのよね)
私の膝では、小型化した(柴犬サイズの)聖獣シルが、お腹を出して無防備に寝転んでいた。
伝説の守護獣としての威厳はどこへ行ったのか。ただの「白くて極上の毛玉」と化したシルを、私は無心でもふり続けた。
「……お嬢様。あまりその獣を甘やかさないでください。毛が付きますし、何より、私の撫でる場所がなくなります」
シオンが、お茶を淹れながら嫉妬全開の視線をシルに向けている。
……シオン、君の撫でる場所は、最初から私の頭以外にはないのよ?
そんな平和な(?)ひとときを切り裂いたのは、シルの不意な動きだった。
夢の中で何か美味しいものでも追いかけているのか、シルが「キュゥ!」と鳴いて勢いよく跳ね起きたのだ。
その拍子に、シルの尻尾が、テーブルの上に置かれていた奇妙な形の魔導具を薙ぎ払った。
「――ガシャンッ!!」
床に落ちて粉々になったのは、水晶と精密な魔導回路が組み合わさった、見るからに高価そうな置物。
……いや、置物ではない。それは、この部屋の温度と湿度、さらには防犯結界を集中管理している『魔導中枢核』だった。
「……あ。……やってしまったわね」
「……リリアーヌ様。……これ、すごく高いものじゃ……?」
アリア様が青ざめ、シルは「てへっ」という顔で首を傾げている。
最悪のタイミングで、扉が音もなく開いた。
現れたのは、夜着に着替えた――といっても、隙のない軍服のようなガウンを纏ったゼノス公爵だった。
「……何事だ。大きな音がしたが。……む?」
ゼノスの視線が、床の無残な残骸に注がれる。
彼の『解析眼』が、一瞬で状況を把握した。
「……それは、帝国の魔導技術の結晶である『環境管理核』だ。……一つ作るのに、旧王国の平民が一生遊んで暮らせるほどの予算がかかっているのだが」
(……死んだ。これ、即座に国外追放……じゃなくて、強制労働エンドじゃない!?)
ゼノスの冷徹な圧力が部屋を満たす。
アリア様は震え、シオンは「お嬢様、今すぐこの公爵の意識を飛ばして、逃げましょう」と耳元で物騒な提案をしてくる。
だが、私は残骸を見た瞬間、オタク特有の「分析癖」が発動してしまった。
「……ちょっと待って。閣下、これ……回路の組み方が非効率すぎませんこと?」
「……何だと?」
ゼノスが怪訝そうに眉を寄せる。
私はドレスの裾が汚れるのも構わず、床に膝をつき、バラバラになった魔導回路を手に取った。
「この並列回路のつなぎ方、魔力を循環させる際に三割もロスが出ていますわ。……それに、この増幅器。わざわざ高価な古代魔石を使わなくても、導電率の高い銅に少し魔力を通した『魔導合金』を使えば、コストは十分の一で済みますのに。……あ、ここ。ここをこうして、バイパスを通して……」
私は前世で読み耽った『純七』のファンブック裏設定や、魔法工学系のWEBサイトで得た知識を総動員した。
ゲーム内でのリリアーヌは、実は「魔導研究」に没頭するイベントもあったのだ。
私は落ちていたヘアピンと、手近にあった紅茶の銀スプーンを使い、即興で魔導回路を組み替え始めた。
「お嬢様? そんな汚れたものを触らなくても、私が……」
「シオン、静かにして! 今、一番いいところなんだから!」
集中すると周りが見えなくなるのは、私の悪い……いや、良い癖だ。
バラバラだった水晶を中央に据え直し、即席のバイパスで回路を繋ぐ。最後に、自分の中に眠る(悪役令嬢としての膨大な)魔力を、指先から一気に流し込んだ。
「――起動!!」
次の瞬間、バラバラだった残骸が青白い光を放ち、空中に浮き上がった。
光の粒子が部屋中に広がり、先ほどよりも明らかに「澄んだ」空気が室内を満たす。
窓の外の防犯結界は、以前の倍以上の厚みで輝き始めた。
「……っ!? 馬鹿な。……回路を簡略化しただけでなく、出力を倍以上に上げたというのか……? ヘアピンとスプーンでか!?」
ゼノス公爵が、これまでにないほど激しく動揺していた。
彼は『解析眼』をフル稼働させ、私の組み替えた「即席魔導具」を凝視している。
「閣下。……壊してしまった分は、この『改良案』の特許で相殺ということでよろしいかしら? むしろ、私に技術指導料を請求したいくらいですわよ。ほほほほほ!」
私は勝ち誇ったように高笑いした。
……内心では、冷や汗が止まらなかったけれど。
「……リリアーヌ。君は、一体何者だ? ただの公爵令嬢に、帝国の魔導師団ですら辿り着いていない『並列魔力理論』が扱えるはずがない」
ゼノスが私に詰め寄る。その距離、わずか数センチ。
氷の瞳が熱を帯び、鋭い視線が私を射抜く。
……あ、これ、ゲームの「興味を持たれた」フラグだ。
「……さあ、どうでしょう? 私、こう見えて『推し』のためなら何でもできる性質なんですの」
「おし……? ……よく分からんが、君のその頭脳、……帝国が、いや、私が正式に買い取らせてもらおう」
「あら、安売りはいたしませんわよ?」
ゼノスの独占欲に火がついたのを感じ、シオンが「お嬢様の脳内に触れようとする者は、脳髄をぶち撒けるしかありませんね」と背後で黒いオーラを放っている。
聖獣のやらかしを、前世知識で「ざまぁ」ならぬ「技術無双」に変えた夜。
私の亡命生活は、ただの逃亡劇から「帝国の魔導革命」へと舵を切り始めた。
(……ふふ。これでアリアちゃんのために、もっと最新の魔導着せ替えドレスを開発できるわ! 私のオタク知識、最強じゃない!)
私は満足げに頷き、再びシルのもふもふに顔を埋めた。




