第13話:帝国式・豪華なおもてなし
馬車の窓から見える景色が、荒々しい自然から洗練された石造りの街並みへと変わった。
そこは、魔法帝国ガルディナの帝都『エーテルヘルム』。
旧王国のどこか古めかしく、伝統を重んじる街並みとは対照的に、ここは「魔導」と「科学」が融合したような、未来的な輝きに満ちていた。
「……すごいです、リリアーヌ様! 街灯が、火を使わずに青く光っていますわ!」
アリア様が窓に張り付いて、瞳をキラキラと輝かせている。
その反応、実に正しい! これぞファンタジーの醍醐味だわ。
(ああ、アリアちゃん……その驚き顔、スクショしたい……! 帝国の街灯は、大気中の魔素を吸収して発光する『永久光石』を使っているのよね。維持費ゼロの超エコ技術。ゲームの設定資料集で読んだ通りだわ!)
私は内心でガッツポーズを決めつつ、公爵令嬢としての余裕を崩さずに頷いた。
「ええ、アリア様。これこそが帝国の力……。ですが、驚くのはまだ早いですわよ。私たちがこれから向かうのは、あのゼノス公爵の屋敷。帝国でも一、二を争う最高級の設えのはずですから」
馬車は街の中心部を抜け、小高い丘の上に建つ巨大な城壁のような屋敷へと滑り込んだ。
ゼノス・フォン・ガルディナ公爵邸。
漆黒の石材と白銀の装飾で作られたその建物は、主の性格を反映したかのように、冷徹で、かつ圧倒的な威厳を放っていた。
「……着いたな。降りるがいい」
馬車の扉が開くと、そこには既に馬を降りたゼノス公爵が立っていた。
彼は無表情に手を差し出してきたが、その手を取るよりも早く、シオンが影から滑り出るようにして私のエスコートを奪い取った。
「閣下、お気遣いなく。お嬢様の御手を引くのは、代々アステリア家に仕える私の特権ですので」
シオンの笑顔が怖い。目が全く笑っていない。
ゼノスは鼻で笑い、不快そうに視線を逸らした。
「……勝手にしろ。案内しろ、賓客を食堂へ」
執事たちの先導で屋敷の中へと足を踏み入れると、そこには別世界が広がっていた。
床は鏡のように磨き上げられた大理石。天井には魔導で浮遊する豪華なシャンデリア。そして何より、廊下のあちこちを自動で動く「魔導掃除機」のような機械まである。
(……待って、これ。ゲームのグラフィックより数段豪華じゃない? もしかして、私がアリアちゃんを連れてきたことで、帝国の繁栄度がブーストされてるの!?)
案内された食堂には、これでもかというほどの山海の珍味が並んでいた。
旧王国の重苦しいフランス料理風のコースとは違い、帝国の料理は彩り豊かで、どこか多国籍な雰囲気が漂っている。
「……さあ、座れ。亡命者とはいえ、空腹のままでは交渉もできまい。まずは帝国の味を知ることだ」
ゼノスが上座に座り、食事を促す。
私はアリア様を隣に座らせ、まずは一口、運ばれてきたスープを口にした。
「……っ!? 美味しい……!」
アリア様が、一口食べた瞬間に頬を赤らめて感嘆の声を上げた。
(わかる! わかるわよアリアちゃん! これ、コンソメに魔導加熱による超高圧抽出を加えた究極のスープね! 雑味が一切なくて、旨味の核だけを抽出したような……。ああ、私の舌が前世のカップラーメンを忘れていく……!)
私が至福の表情で解析していると、不意に視界が遮られた。
シオンが、銀のスプーンに肉料理を乗せ、私の口元へと運んできていた。
「お嬢様。……毒見は既に済んでおりますが、この鴨のロースト、絶品でございます。さあ、あーんしてください」
「シ、シオン? 自分で食べられるわよ、これくらい」
「いえ、お嬢様はお疲れなのです。……それとも、このシオンの手からは、食べられませんか?」
シオンの瞳が、スッと悲しげに細められる。
……出たわ。ヤンデレ特有の「拒絶されると死ぬ」アピール。
「……わ、わかったわよ。……あーん」
私は観念して口を開けた。
シオンの顔が、一瞬で勝利者の笑みに変わる。
その様子を、正面に座るゼノスが、食べかけのナイフを止めて冷ややかな目で見ていた。
「……公爵令嬢ともあろう者が、使用人に餌付けされるとは。旧王国の教育は随分と甘いらしいな」
「……あら、閣下。これは信頼の証ですわ。……それに、閣下こそ。そんなに無愛想に食事をなさって、味が分かりますの? 帝国の素晴らしい料理が泣いていますわよ」
私はあえて挑戦的に言い返した。
ゼノスは一瞬、不快そうに眉を寄せたが、ふと、隣で夢中になってパイを頬張るアリア様に目を向けた。
「……そこの聖女。口の端にソースがついているぞ」
「ひゃっ!? す、すみません!」
アリア様が慌ててナプキンを探すが、ゼノスは無言で魔法を指先に灯し、遠隔で汚れを蒸発させた。
……何その、無駄に高等な魔法の使い方!
(……ほう。冷徹公爵、アリアちゃんに少しだけ興味が湧いてきたのかしら? いいわよ、いいわよ! この『攻略対象同士の牽制』こそが、乙女ゲームの醍醐味なんだから!)
私はそんな二人(+執事)を眺めながら、最高級の赤ワインを一口飲み込んだ。
豪華な食事、快適な魔導設備、そして顔面偏差値の暴力。
旧王国の断罪劇が、今では遠い昔の出来事のように思える。
「……閣下。食事の後は、いよいよ商談のお時間ですわね?」
「……ああ。君の言う『魔導理論』とやらが、このディナーに見合う価値があるのか、じっくりと吟味させてもらおう」
ゼノスの瞳に、知的な狩人の光が宿る。
美味しいものを食べ、推しを愛で、イケメンと渡り合う。
私の「亡命という名の最高のスローライフ」は、まだ始まったばかりだった。




