第12話:聖女の証明と、悪役令嬢のハッタリ
魔法帝国ガルディナへと続く軍用街道。
私たちは今、ゼノス公爵が用意した、氷の魔導具によって温度が一定に保たれた豪華な馬車の中にいた。
……と言えば聞こえはいいが、実質的には「監視下の連行」である。
馬車の前後には、漆黒の甲冑に身を包んだ帝国の魔導騎士たちが整然と並び、その先頭には、漆黒の馬に跨ったゼノス公爵が、氷のような冷徹な背中を見せて進んでいる。
「……リリアーヌ様。私、やっぱり怖いです。あの公爵様、目が合うだけで凍りついてしまいそうで……」
アリア様が、私のドレスの袖をギュッと掴んで震えている。
その潤んだ瞳! 守ってあげたくなる可憐な震え!
(あああああ! アリアちゃん、大丈夫よ! あの公爵は『重度の仕事人間』なだけで、無辜の美少女を意味もなく手にかけたりはしないわ。……たぶん。ゲームの続編プロットだと、結構過激な粛清もしてた気がするけど……今は忘れておこう!)
私はアリア様の頭を優しく撫で、安心させるように微笑んだ。
膝の上には、小型化した(魔力を抑えて柴犬サイズになった)聖獣シルが陣取り、幸せそうに喉を鳴らしている。このもふもふの温もりだけが、今の私の心の支えだ。
「お嬢様、そんなに不安そうになさらないでください。……いざとなれば、あのアイスキャンディーのような公爵の首を、この場で撥ねて差し上げますから」
向かい側に座るシオンが、物騒極まりない提案を投下してきた。
彼の指先には、いつでも投げられるように暗器が隠されている。
「シオン、物騒なことはやめなさい。私たちはあくまで『亡命者』。礼儀を尽くして、相手の懐に入り込むのが淑女の戦い方ですわ」
私はシオンをたしなめつつ、窓の外を見た。
すると、馬車の速度が落ち、ゼノス公爵が馬を寄せてきた。
窓が音もなく下がり、彼の氷の瞳が車内を射抜く。
「……リリアーヌ。一つ、確認しておきたい」
「あら、閣下。淑女の車内に断りもなく視線を向けるなんて、帝国ではそれが礼儀なのかしら?」
私はあえて不敵に笑って見せた。
ゼノスは眉一つ動かさず、隣のアリア様を指差した。
「そこの娘だ。旧王国の教会からは『偽聖女』として破門されたと報告を受けている。だが、伝説の聖獣が懐くなど、あり得ない。……彼女に、何らかの特異な魔力があるのは明白だ」
(おっと、本題に入ったわね。ここが踏ん張りどころよ)
「偽聖女? ふふ、笑わせないで。あの無能な王子と、強欲な司教たちが、真実を見抜けなかっただけですわ。アリア様こそが、この世界を救う真の光。……閣下、疑うのであれば、今ここで証明して差し上げましょうか?」
「証明だと? この軍用街道でか?」
「ええ。ちょうど、あそこに枯れ果てた大樹がありますわね」
私は街道沿いに立つ、雷に打たれたのか、黒く焦げて枯死した巨木を指差した。
「アリア様。……怖がらなくて大丈夫。貴女がいつも、野の花を愛でる時のように。あの木に、少しだけ『温かな気持ち』を分けてあげてくださる?」
「……リリアーヌ様がそう仰るなら……やってみます」
アリア様が震える手で、窓の外の枯れ木に向かって手をかざした。
次の瞬間、馬車内が柔らかな黄金の光に包まれた。
それは、攻撃的な魔力とは対極にある、慈愛に満ちた波動。
光が枯れ木に触れた刹那――パキ、パキと乾いた音を立てて、黒焦げだった枝から瑞々しい新芽が芽吹き、瞬く間にピンク色の花が満開になった。
冬のような国境付近に、そこだけ春が訪れたかのような幻想的な光景。
「……なっ!?」
流石のゼノス公爵も、目を見開いて絶句した。
彼の『解析眼』には、アリア様が放ったエネルギーが、既存の「魔法」の法則を超越した「奇跡」であることが見えているはずだ。
「……これが、私の連れてきた『真の聖女』の力ですわ。どうかしら、閣下? これほどの至宝を、旧王国に突き返すなんて、貴国の不利益になると思いませんこと?」
私は畳みかけるように、悪役令嬢らしい傲慢な笑みを浮かべた。
「さらに申し上げれば、私には『前世の知識』……いえ、独自の魔導理論がございます。貴国の魔導具の燃費を三割以上改善し、出力を倍にする方法。……これらを条件に、私たちの安全と、最高の生活環境を要求いたしますわ」
ハッタリではない。
ゲーム『純七』の攻略Wikiを読み込んだ私には、この世界の魔導具がどれほど「非効率」な組み方をされているか、改善案が手に取るように分かるのだ。
ゼノスは長い沈黙の後、フッと口角を上げた。
それは冷酷な司令官の顔ではなく、未知の知性に遭遇した研究者のような、歪んだ好奇心の笑みだった。
「……面白い。聖女に聖獣、そして自らを『理論の持ち主』と豪語する悪役令嬢か。……これほど魅力的な『手札』を、他国に渡す手はないな」
ゼノスは馬を操り、再び前列へと戻っていった。
「……兵たちに告ぐ。この馬車はもはや捕虜ではない。帝国の最重要賓客として扱え。……帝都へ急ぐぞ!」
騎士たちの返唱が響き渡る。
私は心の中で、ガッツポーズを決めた。
(よし! 第一関門突破! これで帝都での『衣食住』と『推し活環境』は確保したわ!)
「お嬢様。……あのアイス公爵、随分とお嬢様に興味を持ったようですね。……今夜、やはりその瞳を潰しておきましょうか?」
「シオン! 物騒なことは言わないの! ……さあアリア様、次は帝都の美味しいスイーツについて語り合いましょう?」
聖女の奇跡と悪役令嬢の知恵。
最強のカードを揃えた私たちの馬車は、希望の光が差す帝都へと、さらに速度を上げた。




