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第11話:国境の守護者、魔導公爵ゼノス

 国境の森、そこは人族の常識が通用しない不可侵の領域。

 だが今、その森の片隅で、歴史的な大事件……もとい、全人類(主に私)が涙するほどの聖域が形成されていた。


「あああああ……天国。ここがエデンなのね……っ!」


 私は今、伝説の聖獣シルヴァリア――通称シルのお腹に顔を埋めていた。

 見てほしい、この圧倒的な毛量。指を沈めれば手首まで埋まり、顔を寄せれば極上のカシミアをさらに細く、柔らかくしたような感触が頬を包み込む。しかも、聖獣特有の浄化作用のせいか、全く獣臭くない。むしろ、天日に干したての高級タオルのような、陽だまりの匂いがするのだ。


(これよ! これがやりたかったのよ! ゲーム『純七』の設定資料集に書いてあった『シルヴァリアの毛並みは神の指先すら滑り落ちる』っていう記述は、誇張でもなんでもなかったわ!)


 内面の結衣が、推しへの愛を叫びながらペンライトを振り回している気分だ。

 シルは私の激しい愛情表現(という名の顔すりすり)を嫌がるどころか、気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らし、大きな尻尾でパタパタと私の背中を叩いている。


「リ、リリアーヌ様……。あの、そんなに激しくして大丈夫でしょうか……。その方は、森の守護神様だと聞いておりますが……」


 馬車の陰から、アリア様がおずおずと様子を窺っている。

 その怯える小動物のような仕草も最高に可愛い。私はシルのお腹から顔を上げ、鼻の頭に白い毛をつけたまま、優雅に(?)微笑んだ。


「大丈夫ですわ、アリア様。この子は私たちが悪い人間ではないと理解してくれています。……さあ、貴女もこちらへ。この『もふもふ』を知らずに人生を終えるなんて、聖女として損失ですわよ!」


「えっ、わ、私もですか……? ひゃっ、あ、あったかい……」


 アリア様が恐る恐るシルの背中に触れる。シルの金色の瞳が細められ、彼女の純粋な魔力を認めたように小さく鼻を鳴らした。

 ああ、画面が尊い。悪役令嬢とヒロインが、聖獣を囲んで微笑み合う。これこそが私の求めていた「平和な世界」だ。


 ――だが、その平和を切り裂く、冷徹な声が響いた。


「……伝説の聖獣を枕にするとは、不敬を通り越して呆れるな。旧王国の令嬢というのは、皆それほどまでに厚顔無恥なのか?」


 その声が聞こえた瞬間、シルの耳がピンと立ち、私の前に立ち塞がるように低い唸り声を上げた。

 同時に、周囲の気温が急激に下がる。霧が凍りつき、ダイヤモンドダストのようにキラキラと輝きながら地面に落ちていく。


「……下がってください、お嬢様。害虫が湧いたようです」


 いつの間にか私の背後に音もなく現れたシオンが、冷え切った声で告げる。彼の指先には、既に数本の暗器が挟まれており、その瞳は獲物を狙う猛禽のそれへと変貌していた。


 霧の向こうから、カツン、カツンと軍靴の音が近づいてくる。

 現れたのは、漆黒の軍服を完璧に着こなした一団。その中心に立つ男を見た瞬間、私の脳内の「攻略対象データベース」が激しく警告を発した。


(漆黒の髪、凍てつくような氷属性の青い瞳。そして、周囲の魔力構造を視覚化する『解析眼』の輝き……。間違いない、続編のラスボス候補にして最強の攻略対象――魔導公爵ゼノス・フォン・ガルディナ!)


 ゼノスは、空中に出現した氷の階段を一段ずつ降りるようにして、地上へと舞い降りた。

 その所作一つひとつが、計算し尽くされたように美しい。だが、その瞳に宿る熱量は限りなく零に近い。


「魔法帝国ガルディナ、国境守備隊軍司令官、ゼノス・フォン・ガルディナだ。……無許可で国境を越えようとする不審者。並びに、我が国の象徴たる聖獣を弄ぶ賊として、拘束させてもらう」


 ゼノスが指を鳴らすと、周囲の巨木から氷の槍が突き出し、私たちを包囲した。

 一触即発。シオンの放つ「死の影」と、ゼノスの放つ「絶対零度」の魔力が空中でぶつかり合い、バチバチと火花が散る。


(……待って、これ。ゲームのイベントなら、ここで選択肢を間違えると即『氷漬けエンド』のやつじゃない! でも……でも見て、この対峙! ヤンデレ執事と氷の公爵のメンチ切り! 顔面偏差値が合計で天を貫いてるわ……尊すぎて心臓がもたない!)


 私は恐怖を、オタク特有の「昂ぶり」で強引に上書きした。

 そして、震えそうになる膝を叩き、アリア様の手を引いて一歩前へと踏み出す。


「……お初にお目にかかります、ゼノス公爵閣下。私はリリアーヌ・アステリア。旧王国より参りました」


「名乗る必要はない。アステリア公爵家の放蕩娘、婚約破棄された『悪役令嬢』だろう? 情報は入っている」


 ゼノスの言葉はナイフのように鋭く、情け容赦ない。

 だが、私は動じなかった。むしろ、扇子を優雅に開き、公爵令嬢としての「無敵の微笑」を浮かべてみせる。


「左様でございますか。話が早くて助かりますわ。……それでは閣下、単刀直入に申し上げます。私たちは、貴国への『政治的亡命』を希望いたします」


「……亡命だと?」


 ゼノスの眉が、ピクリと動いた。

 

「ええ。あのような審美眼のない王子が治める国に、この『真の聖女』と『伝説の聖獣』を置いておくのは、世界の損失だと思いまして。……どうかしら、閣下? 魔法帝国は、有能な人材と、可愛らしいもふもふを歓迎してくださるかしら?」


 私の言葉に、シオンが「お嬢様、私というものがありながら、他の男に交渉など……」と背後でブツブツ言っているが無視だ。

 ゼノスは無言で私を凝視した。その『解析眼』が、私の魔力と魂を暴こうとするのを感じる。

 

「……面白い。その不遜な態度、そして聖獣を従えるその力。……ただの令嬢ではないようだな」


 ゼノスが氷の槍を消し、冷たく、だが確かな興味を含んだ笑みを浮かべた。


「よかろう。貴殿たちの処遇は、帝都にて皇帝陛下が判断される。……それまで、我が公爵邸で拘束――いや、保護してやろう」


「……あら、光栄ですわ」


 こうして、私たちは最恐の「氷の公爵」に連行される形で、魔法帝国への第一歩を踏み出すことになった。

 シオンがゼノスの背中を「いつ刺そうか」という目で凝視しているのが少し怖いが、私の隣にはアリア様、そして足元にはもふもふのシルがいる。


(……完璧。これで帝国の豪華な食事と、さらなるイケメンたちが手に入るわ。私の第2の人生、どんどん面白くなってきたじゃない!)


 夜明けの光が、国境の森を照らし始める。

 旧王国の腐敗を脱ぎ捨てた私たちは、新たな「推し活」の舞台へと突き進むのだった。


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