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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第九章 静かな日々が結ばれるとき

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第九話 想いを整える台所

炊き出しに行くことは、もう決まっていた。


フォルツの広場の一角に、炊き出しのための鍋と薪が用意される。

仮設の診療所も整えられる。


フォルティナが手配を進め、フレイアが調整を支え――

静とセリナは「当日、迷わないための準備」を屋敷で積み上げていく。


台所に差し込む朝の光は、いつもと同じ。

けれど二人の手元には小さな緊張があった。


静はこれが緊張なのかどうか、自分でも判断しかねるような

静かな引き締まりに近かった。


静は布巾で手を拭きながら、テーブルの上に並んだ野菜を見渡す。

畑の根菜、瑞々しい葉物、香りの強い薬草。

空白地帯の土は過剰に主張しないのに、育てたものがどれも不思議なくらい『素直』だった。

土の豊かさが素材に静かに移っているとでもいうような感じがある。


「まずは、試しておこう」


静の言葉にセリナは頷く。

「はい。炊き出しは……一度、手順を確認しておいた方が安心です」


声はいつも通り丁寧だが、少しだけ柔らかい。

フォルツで過ごした時間がまだ胸の奥に残っているのだろう。

言葉の端々に懐かしさと覚悟が薄く滲んでいる。


「何を作るか、ですね」


「うん。誰でも食べやすくて、体が温まるものがいいよね」


◆◆◆

「温かくて、体に優しくて……」

セリナは野菜を前に少し目を細めて考える。


指先で人参の表面を撫で、玉ねぎの重みを確かめ

干した香草の束を鼻先に近づけた。

視線が少しだけ遠くを向く、記憶を辿っているような顔だった。


「教会にいた頃……炊き出しの補助をしたことがあります」


静は手を止めずに、でも耳を傾けながら野菜を並べ直した。


「正式な担当だった訳ではありませんが……

 聖女見習いとして、炊き出しでお出しする食事の準備をしていて

 材料の手配からメニューづくり、調理まで担当していました。」


「それで料理が上手だったんだね」


「はい」


セリナはどこか照れくさそうに続けた。

「体が弱っている人でも食べられるように、柔らかい煮込みやスープを多めにしていたんです。

 味も、濃くなりすぎないように……でも、ちゃんと元気が出るように。

 その加減が少し難しいんですけど、できるだけ気をつけてお出ししていました。」


「塩だけじゃなくて、香りで満足できるようにする……とか?」


静がそう言うと、セリナは小さく笑った。

「はい。それだけじゃなくて……具がごろごろしていると、子どもたちが嬉しそうにするんです。

 鍋から取り分けるとき、大きいのを選ぼうとして」


言い方が少しだけ幼くなった。

それは『聖女』としての語りではなく

ただのセリナの記憶

静かに大切にしまっていたものが、少しだけ顔を出した瞬間だった。


「フォルツの皆さん……忙しさや事情で、食事を抜いてしまう方もいます。

 仕事が長引いて夕飯がとれないとか、子どもに食べさせて

 自分は後でいいと思っていたら、後がなくなってしまうとか」


「……そういう人に、届けるんだね」


「はい。だから、量も大事です」


静は頷いた。

「じゃあ、スープにしようか」


その言葉に、台所の隅で待機していた味見役たちが、ぴくりと反応した。


「にゃ」

ツキが尻尾をゆっくりと揺らす。


「きゅ」

あかねが小さく跳ねる。


「くぅ」

ルゥは静の足元に寄り、当然のように見上げた。

まだ何も出来ていないにもかかわらず、期待だけは大きかった。


「……私も味見係なんだけど」

フィアがぼそりと呟く。

椅子の背に持たれながら、それでも体はちゃんとこちらを向いていた。


アリアが肩をすくめて笑った。

「立派な味覚の監査官ね」


「監査官って言い方、なんかやだ」

「でも、やる」


フィアはすぐに訂正して、椅子を引いた。


◆◆◆


試作の前に静は足りない素材を確認した。

根菜と葉物は十分。だが、鍋の『芯』になるもの――

香り、旨味、滋養

そういった土台になるものが、もう少し欲しかった。


「何か良い食材が無いか森を少し見てくるね」


セリナは頷いた。

「こちらは下ごしらえを進めておきますね。戻られたら、すぐ煮込みに入れられるように」


静は屋敷コア経由で、森に近い転移地点を選ぶ。

視界が静かに折りたたまれ、次の瞬間――

柔らかな土の匂いが鼻先を撫でた。


畑は朝露をまだ葉に残し、光の角度が低く、影が長く伸びていた。

そこから少し歩けば、キノコの多い林がある。


木立の中は音が少ない。

風が葉を揺らす音と、遠くの鳥の声だけが聞こえる。


静は目立たない足元の盛り上がりを見つけ屈んだ。

肉厚なキノコ。

折るとほのかに甘い香りが立ち、傘の裏が白くしっかりしている。


(これなら、良い出汁が出るかな)


香りの良い葉は、乾かしても風味が残る種類だった。

柔らかな根がついた草は、煮れば甘みが出る。

指でちぎり、嗅いで、確かめる。


「……これは使えそうかな」

独り言は森に吸い込まれて消えた。


◆◆◆


屋敷へ戻るとセリナの段取りはすでに整っていた。

野菜は洗われ、皮が剥かれ、鍋が火にかかる寸前で待っている。

切り口が揃っていて、傍に出汁用の水が量ってある。


「早かったですね」


「森、いい匂いだった。朝は特に」


「……ふふ」


セリナが笑い、静は収穫物をテーブルに並べた。


鍋に火が入り湯気が立ち、玉ねぎが透明になり、根菜が柔らかくなる。

そこにキノコの旨味が混じり、香草の匂いがふわりと広がった。

台所の空気がじわりと変わる。


「味は……控えめに」

塩は少し。油も多くは使わない。でも、舌に残るのは『薄さ』ではなく『優しさ』だ。

素材が素直な分、余計なものが要らなかった。


セリナが小さな匙で味を確かめ、首を傾げる。

目が細くなり、少し考えてから香草を一本指先でちぎって落とした。


「これくらいで……」

鍋の中が静かに完成へ近づいていく。


◆◆◆


まずは礼拝堂へ供える。


大鍋から取り分けた小椀を静がそっと祭壇の前へ置く。

セリナは手を合わせ、短く祈った。

声にしない言葉が胸の中だけで動く。


(試作品ですが、美味しくできたと思います。どうぞお納めください)


祭壇に置かれた小鍋が、スッと消える。

言葉にせずとも、胸の奥がふわりと温かくなった。

礼拝堂の静けさが、その祈りをそのまま受け取ってくれているような気がした。


◆◆◆


そして味見係の出番


テーブルに四つの小皿が並ぶ。

ツキ、あかね、ルゥ。そしてフィア。

「どう?」


「にゃ」

ツキは一口で目を細め、満足そうに尻尾を揺らした。静かな太鼓判だった。


「きゅ」

あかねは『ごろごろの具』を口に入れて、嬉しそうに小さく何度か跳ねた。


「くぅ……!」

ルゥは勢いよくすすると、すぐに静の方を見上げた。

もっと、と言わんばかりに催促するような目だった。


フィアは一口、二口

ゆっくりと飲み込んでから、表情が少し解けた。

「……うん。これ、ちゃんと美味しい」


「ちゃんとって何」

アリアが横から突っ込み、フィアは肩をすくめる。


「だって、優しい味って、薄くなりがちじゃん?」

「それなのに薄くなってない」


リーナが即答する。

「静とセリナは、そこを外さない。香りの使い方が上手い」


ミレイアも頷いた。

「体が温まる。香りで、なんか……ちゃんと満たされる感じがするね」


夕食の席でも、皆の感想を聞く。


「大鍋で煮ても味が崩れないと思う。むしろ馴染むはずよ」

「具は少し大きめがいいわ。子どもが喜ぶし、大人も食べごたえがある」

「あと、パンがあるなら浸して食べたい」

「とろみがあるともっと美味しく感じるかも?」


皆の意見にセリナが小さくメモを取った。

大鍋の分量、具の大きさ、添えるものの種類。


書き込んだ文字が、丁寧に並んでいく。

方向性は、固まった。


◆◆◆


翌日


台所には甘い香りが先に準備されていた。


セリナが粉をふるい、バターを常温に戻し、砂糖を計る。

手つきに迷いがない。


「子どもたちに渡すなら……手で食べられるものがいいですね。

 配りやすくて、落としても割れないくらいの大きさ」


「クッキーとか」


「はい。あと、少しだけ栄養があるように。甘いだけじゃなくて、食べた後に力が出るような」


静は木の実の種類を思い浮かべた。

昨日、森で気になったものがいくつかある。


「じゃあ、採りに行こうか」


「護衛は私たちが行くわ」


アリアが当然のように立ち上がる。

リーナもミレイアも、荷物を手に取っていた。


今日はツキたちは同行しない。


「にゃ……?」

不満げな声が聞こえた気がした。

三匹が揃ってこちらを見ている。


セリナがそっとツキの頭を撫でた。

「お留守番ですよ、ツキ」


「にゃ」


納得していない顔だった。

それでもセリナの手の温かさに少しだけ目が細くなる。


ツキはあかねとルゥを一度見てから、仕方なさそうに「にゃ」と鳴いた。

『今回は、お留守番』――

そんな風に二匹へ言い聞かせているようだった。


あかねは静の足元で「きゅ」と鳴き、ルゥは「くぅ」と短く鳴いた。

行きたい、そう言っているようで、静は少しだけ困って笑った。


「すぐ戻るよ」


◆◆◆


転移の後、森は静かだった。


空白地帯の森は、どこか『落ち着いている』生命は確かに満ちている。

踏み込むと、どこか歓迎されているような気配がある。

そう感じるのは静だけかもしれないが、それでも毎回そう思う。


枝先には小さな実が群れていた。

赤いもの、黒紫のもの、黄金色のもの。

光の当たり方で色が変わる。


「これ、甘い」

フィアが一粒口に入れて目を丸くする。


「食べるな」

リーナが淡々と叱り、フィアは舌を出した。


「だって確認!」


「確認は後。……毒の判別は私がする」

ミレイアが手をかざし、魔力の反応を見る。


しばらく待ってから、頷いた。

「大丈夫。どれも滋養が強いけれど、害はない。

 甘味が強いものと、香りが際立つものと、どちらも使えると思う」


静は頷き、採取を始めた。

甘味のあるもの

香りが良いもの

粉と混ぜたときに風味が立ちそうなもの

実を指でつまんで、転がして、重みを確かめる。


「ここは……豊かだね」


静が呟くとアリアが森を見回した。

「……確かに豊かよね。不思議だけど、人の手が入って居ないからかも?」


「静のエリアの『空気感』と同じだわ」


リーナが木の幹に手を当てながら、静かに言う。

「与えるだけで、奪わない、優しい感じね」


その言葉に静は小さく笑った。

意図してそうしたわけじゃないけれど、そうなっているなら、それでよかった。


(……たぶん、そういう場所なんだ)


袋が少しずつ重くなる。

木の実が転がる乾いた音が静かな森に心地よく響いた。


◆◆◆


屋敷へ戻るとセリナはすでに生地をまとめて待っていた。

粉の白が指先に薄く残っている。


「おかえりなさいませ」


「ただいま」

静は木の実を広げて見せ、セリナは嬉しそうに目を細めた。


「これなら香りが立ちますね。混ぜ方を少し工夫すれば、焼いた後も残るはずです」


刻んで、生地に混ぜて、丸めて、並べる。

工程自体はそう複雑ではないのに、手を動かしながら二人は時々言葉を交わした。

生地の固さのこと、実の刻み具合のこと。

会話は静かに台所の音と混ざり合う。


オーブンに入れると、焼ける匂いが屋敷の空気を変えた。

甘くて、少し香ばしい。

廊下の奥まで届いたのだろうか、ツキが現れ、鼻をひくひくさせる。


「にゃ……」

あかねも続き、「きゅ」

ルゥは遅れて「くぅ」


その列が自然に出来た。

三匹が並んでオーブンの前に座りじっと待っている。


「もう少しで焼けるよ」

静が言うと、三匹はきちんとした顔で待った。

急かさない。ただ待つ。

それが微笑ましくて、静は少しだけ表情を緩めた。


やがて、きつね色の焼き菓子が並ぶ。

小ぶりで手に取りやすい形。

縁が少し色づいて、香りが一層強くなった。


味見役たちが再集合する。

「どう?」


「にゃ」

「きゅ」

「くぅ……!」


三匹の反応は、それぞれ違うのに全部肯定だった。


フィアが一枚かじって、頬を緩める。

「これ、子ども泣く」


「泣く、の意味が違う」

アリアが突っ込み、台所に小さな笑いが広がった。


ミレイアも笑い、リーナが珍しく口元を少し緩める。


「良い仕上がりだと思う」

リーナの評価は短いがそれで十分だった。


焼き菓子は袋に小分けされ、数が揃っていく。

配りやすい大きさ、崩れにくい形。

スープと合わせれば、腹も温まる。

そんな計算がちゃんと形になっていた。


そしてまた、礼拝堂へ

セリナがそっと供え、手を合わせた。


(届きますように)


祈りは短く、でも確かだった。


◆◆◆


準備が整ったところで、アリアが短文通信の魔道具を取り出す。

光の粒が淡く浮かび、文字を受け付ける。


――《段取り確認》

――《前日入り希望》


送信


フレイアを経由した返答は思っていたより早かった。


――《承諾》

――《宿泊手配済》


フォルティナの実務が早い。

フレイアの調整も早い。

二人が動いていると思うと、こちらも背筋が伸びる気がした。


静は短く息を吐いた。

「……よかった」


セリナが頷く。

「はい」


台所には鍋と焼き菓子の匂いがまだ残っている。

礼拝堂には静かな祈りが残っている。


準備は整った。


あとは――

届けに行くだけだった。

イメージソングを作成してみました。

もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。

物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。

https://suno.com/@10monoshin8


カクコムでも先行掲載しています。

もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578

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