閑話 善意は静かに届いている
白の庭園
風も、光も、音さえも柔らかく整えられた場所で、五柱の女神たちは今日も円卓を囲んでいた。
卓上には香り高い茶葉と、人界から届いた小さな菓子。
砂糖の甘さだけではなく、焼けた粉の匂いが、かすかに鼻先をくすぐる。
フレアリアが一つ摘まみ、ぱき、と軽い音を立てて割った。
「……ねぇ、最近……増えてない?」
口に運んだ瞬間、瞳がぱっと明るくなる。
「甘いの。前より『ちゃんと』甘い」
「『ちゃんと』って何よ」
ウィスティアが風のように笑う。
「でも分かる気がする。甘いだけじゃない、香りが整ってるわ」
「うん、これ絶対『誰かの気遣い入り』だよね」
フレアリアは楽しそうに言う。
ミラシアは湯気の向こうを静かに見つめていた。
「お菓子だけじゃないわ。……温かな料理の気配も、ふわって届くの」
ルートミアが頷く
「優しい匂い」
言葉は少ないが、確かな肯定
最後にルーナフィリスが静かに茶を口にした。
「……増えているわね」
◆◆◆
香りの『届き方』が変わった。
それは力を誇示した結果ではない。
祈りを積み上げたからでもない。
ただ――日常の手つきが整ってきただけ。
ミラシアが、どこか楽しそうに言う。
「準備しているみたいね」
「忙しそう!」
フレアリアは嬉しそうに頷く
「でも楽しそうだよね」
ウィスティアが続ける
ルートミアは短く
「……良い」
五柱は誰の準備かを理解している。
誰のための鍋で、誰のための甘さなのか。
けれど、それを重く扱わない。
重く語ればそこに意味が生まれる。意味は望まぬ鎖を呼びやすい。
ルーナフィリスは視線を伏せたまま言う。
「善意の準備ね」
干渉はしない。
けれど見守ることはできる。
それが今の距離。
◆◆◆
ミラシアが首を傾げる。
「お礼、必要かしら?」
フレアリアはすぐに首を振る。
「いらないでしょ。向こうが『やりたい』からやってるんだもん」
「そうね」
ミラシアはくすっと笑う。
「命じたわけでも、奪ったわけでもないものね」
ウィスティアはカップの縁を指でなぞる。
「でも……少し嬉しいことがあってもいいかも」
「嬉しいこと?」
フレアリアが身を乗り出す。
ウィスティアは風のように曖昧に微笑む。
「焼き過ぎないとか……転ばないとか……」
「ちょっとだけ追い風が吹くとか」
ルートミアが小さく頷く
「ささやかな支え」
ミラシアも同意する
「鍋の湯気が逃げないように、風を少し弱める……とかね」
フレアリアは目を輝かせる
「火加減は任せて!」
「余計なことしないで」
ウィスティアが即座に突っ込んだ。
ルーナフィリスは何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ目元を柔らかくした。
許すでもなく、命じるでもなく。
『余計なものを足さない』という選択。
◆◆◆
その時、また新しい気配が届いた。
温かく、優しい。
それは、鍋の湯気の向こうにある誰かの手つき。
ミラシアが目を細める
「いい循環ね」
ルーナフィリスが頷く
「ええ、与えるものと、受け取るもの」
「その間にあるものが世界を保つ」
フレアリアが菓子をもう一つ取る
「で、次は何が届くと思う?」
ウィスティアが笑う
「当てるの、難しいって」
ルートミアは短く
「……待てばいい」
ミラシアが肩をすくめる
「待つのも、悪くないわ」
ルーナフィリスは茶を置き、白の庭園に漂う風を一度だけ受け止める。
(静……セリナ……)
声にしない名
けれどその想いはきっと、届くべきところにだけ届く。
お茶会はいつものように続いていった。
重くならない。
ただ、静かに。
善意が世界へ混ざっていくのを見守りながら。
イメージソングを作成してみました。
もし興味を持って頂けましたら、曲を聴きながら読んでくれたら嬉しいです。
物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
https://suno.com/@10monoshin8
カクコムでも先行掲載しています。
もし続きが気になって読んでいただける方が居たら下記のページでお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/822139842423376578




