閑話 賢王の静かな決断
王都ルミエール
白亜の城の奥にある円卓の間
炎輝聖殿
地晶大殿
そして観測の女神ルーナフィリスの神託
報告書が静かに並び、重い沈黙が場を支配していた。
窓から差し込む光が羊皮紙の上に影を落としている。
「……確認する」
穏やかな声が落ちる
ルシエル・ルミエール王
五十代半ば
柔らかな眼差しの奥に揺るがぬ判断力を宿す賢王
「焔守護竜は"守るため"に在る」
「"カレート・ハン・バーグ"は災厄ではない」
「そして――観測の聖女の祈りは、女神に届いた」
視線が円卓を巡る。
集められた重臣たち、神官たち、そして軍の代表
誰もが緊張した面持ちだ。
「これを……どう見る」
慎重論が上がる
教会への配慮
他国の動向
過剰接触の危険
「神託が災厄ではないと告げても、それが真実とは限りません」
「空白地帯の主――その存在は依然として未知です」
「観測の聖女が神意を届けられるという事実、各国が黙っていられない情報です」
声が重なる
不安、懸念、そして恐れ
王は最後まで聞いた
誰の意見も遮らず、急がず、ただ静かに
やがて口を開く
「世界を壊すのは、神託ではない」
「恐れに任せた判断だ」
空気が定まる
「フォルツ領主は現在、空白地帯に向かっている」
側近の報告に王は頷く
「最短でも二週間は戻らぬ見込みです」
「ならば待とう」
一部がざわめく
「しかし陛下――」
「待つ」
王は穏やかに、しかし明確に繰り返す
「ティーナは軽率な判断をしない」
「見て、考え、自分の言葉で持ち帰る子だ」
その言葉は私情ではない評価
「この件はフォルツの報告を最優先とする」
「それまでは動かぬ」
短い命令だが方針は決まった。
重臣たちはそれ以上何も言わなかった。
賢王の判断を信じるしかない。
◆◆◆
王の脳裏に過去の情景がよぎる。
まだ王子だった頃
隣に立っていたのはフォルツ前領主
智将と呼ばれた己の右腕
ある日その男が少女を連れてきた。
「この子がいずれフォルツを背負う」
幼いフォルティナ
まだ十にも満たぬ少女
「フォルティナ・フォルツです」
緊張しながらも、視線は逸らさなかった。
小さな手を握りしめ、背筋を伸ばしている姿が印象的だった。
その後の政務見学の日
「フォルツを継ぐ者として、どう思う?」
王子の問い
少女は一瞬迷いそして小さく言った。
「……やっぱり、私には無理かもしれません」
場がわずかに凍る。
前領主は何も言わなかった。
王子も責めなかった。
だが、その後――
フォルティナ付きの侍女が控え室で
上役から小言を受けているのを耳にした。
「緊張をほぐせなかったのではないか」
「教育が足りないのではないか」
その言葉を聞いた瞬間、フォルティナは走った。
扉の前で立ち止まり、小さく息を吸いそれから中へ入る。
まだ涙をこらえきれない目のまま、まっすぐ顔を上げた。
「違います」
声は震えていた
「……あれは、私の言葉です」
侍女が驚いて首を振るが、フォルティナは続けた。
「誰も悪くありません」
「私が弱かっただけです」
ぽろりと涙が零れる。
それでも視線は逸らさない。
「だから……叱るなら私を叱ってください」
室内は静まり帰る
そこへいつの間にか立っていた前領主が口を開いた。
「叱る必要はない」
低く落ち着いた声
「弱さを認めることは、恥ではない」
そして王子へと目を向ける。
ルシエルは静かにフォルティナを見ていた。
泣きながらも逃げず、誰かを庇おうとした少女。
「……ティーナ」
王子は柔らかく呼ぶ
「無理かもしれない、と思うのは悪くない」
「だがな」
一歩近づき
「それを他人のせいにしなかったのは……立派だ」
フォルティナは袖で涙を拭った。
まだ幼い顔
だがその目には確かな意志があった。
前領主は静かに言った。
「陛下、これが私の後継です」
王子は小さく頷く
その瞬間、彼は理解していた。
この子は失敗を他人に押しつけない。
泣きながらでも、責任から逃げない。
その時確信した。
――この子は背負える。
――いつか、立派な領主になる。
◆◆◆
円卓の間へ意識が戻る。
会議は終わり、王は側近のみを残した後
「もしティーナが友誼を結んできたのなら」
声を落とす
「王国はそれを支える」
「他国や教会がどう動こうともな」
側近が息を呑む
「利ではない」
王は続ける
「世界を壊さぬ選択をした者を守る。それが秩序だ」
側近は深く頭を下げた
「承知いたしました」
◆◆◆
夜
王は窓辺に立ち
「……ティーナ」
穏やかな声
「良い縁を結んできなさい」
「それがこの国の未来になるかもしれない」
星が静かに瞬く
賢王は焦らない
信じるべき者を知っているから
静かな決断はすでに下されていた。
世界がどう動こうと、この国はフォルティナの判断を信じる。
それが賢王ルシエル・ルミエールの答えだった。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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