第十話 友として、領主として伝える言葉
支配エリアコアの外縁から森を抜けると、整然と並ぶ天幕と旗印が見えた。
フォルツ領主家の紋章
野営地で待機していた騎士団がこちらに気づき、ざわめきが広がる。
「領主様!」
副官が真っ先に駆け寄り、深く頭を下げた。
「ご無事で何よりです」
顔を上げた副官は安堵の色を浮かべながらも、少しだけ不思議そうに首を傾げる。
「……ですが、想定より随分とお早いお戻りで
何かございましたか?」
移動で往復十日以上、滞在を含めればまだ戻らないはずだった。
想定していたスケジュールより
明らかに早い帰還
フォルティナは一瞬だけフレイアと視線を交わす。
「問題はありません」
落ち着いた声で告げる
「予定は変更になりましたが、想定内です」
副官はそれ以上踏み込まないが
次に浮かべた表情は、どこか柔らかかった。
「……その」
言いかけて少しだけ笑う
「領主様が、どこか楽しそうに見えましたので」
フォルティナは目を瞬いた
副官は慌てて言い直す
「失礼しました。ただ……」
「良いご縁があったのであれば、それは何よりです」
その声音に、フォルティナの胸がわずかに温かくなる。
「ええ」
短く答える
「良い縁でした」
副官は満足そうに頷く、それだけで十分だった。
言葉にしなくても伝わるものがある。
◆◆◆
フォルツへの帰路
騎士団の馬車の中は静かだ。
外では規律正しく警戒が続いている。
その内側でフォルティナは小さく息を吐いた。
「……大丈夫かしら」
ぽつりと零れ、フレイアが横目で見る。
「何が?」
「報告」
フォルティナは視線を落とす。
「私の言葉できちんと伝えられるかどうか
誤解なく、静たちの在り方を変に大きくせずに……」
ほんの一瞬だけ、領主ではない顔が覗く
「……私が未熟だから、歪んでしまったらどうしようって」
フレイアは小さく笑う
「ティナ」
名前を呼ぶ
以前に交わした約束のまま
「あなたが見たままを話せばいいのよ」
「余計な色をつけなければいい」
フォルティナは弱く笑う
「それが一番難しいのよ」
「立場があるから」
領主として、国を代表する立場として
言葉一つが、大きな意味を持ってしまう。
フレイアは少しだけ身を乗り出し
「じゃあ立場を外して考えてみなさい」
「あなたはどう思った?」
フォルティナは迷わず答える
「……敵ではなかった」
「それどころか、守るべき在り方だった」
フレイアは頷く
「それで十分よ」
「あなたはちゃんと見てきた」
それから少しだけ悪戯っぽく言う
「それに……
「もし何かあったら、私が横で口を挟むわ
最上級冒険者の証言付きよ?」
フォルティナは思わず吹き出す
「それは頼もしいわね」
「でしょう?」
しばらく沈黙が続く
重くはない沈黙
フォルティナは窓の外を見る
流れていく景色
見慣れた森と遠くに見える街道
「……フレイ」
「なに?」
「ありがとう」
短い言葉
政治でも外交でもない
ただの感謝
フレイアは肩をすくめる
「親友に礼はいらないわ」
「……そうね」
フォルティナは目を閉じる。
この関係は役職でも契約でもない。
それがどれほど救いか
(……一人じゃない)
そう思えることが、どれほど心強いか
◆◆◆
フォルツ領主邸へ戻り
書斎で報告の整理をしながら、フォルティナは筆を止める。
「慈善活動の件」
フレイアが椅子にもたれながら答える。
「本気?」
「ええ」
迷いはない
「場所は私が用意する」
「教会や治療院への説明も……私がやる
問題が出れば私が受ける」
フレイアは笑う
「本当に変わったわね、ティナ」
「前はもっと周囲の顔色を見ていたのに」
フォルティナは静かに答える
「……あの在り方を見たから」
「何もしないのは、違うと思ったの」
静たちの姿
誰かのために動くその優しさ
それを見て自分も何かをしたいと思った。
フレイアは頷く
「連絡は私に」
「ギルドマスター用の魔道具があるわ
そこからアリアに繋げば静さんに届く」
フォルティナも自身の魔道具に視線を落とす。
「準備が整い次第、フレイに連絡するわ」
それは政策ではない、善意の延長
だが確実に未来に繋がる動きだった。
◆◆◆
その夜
一人になった書斎でフォルティナは小さく息を吐く。
(……怖くないと言えば、嘘になる)
明日、王都へ転移する
教会中央監察局と王国上層部へ報告
何を言われるか、どう受け取られるか
それはまだ分からない
だが以前とは違う、一人ではない。
「大丈夫よ、ティナ」
フレイアの声が思い出される。
フォルティナは静かに笑った。
友として
領主として
願いを現実へ
それでも胸の奥には温度が残っている。
空白地帯で見たあの穏やかな光
静の優しさ
セリナの祈り
ツキとあかねの無邪気さ
(……あの場所を、守りたい)
その想いが確かにある
フォルティナは報告書に目を落とした。
言葉を選ぶ
慎重にでも正直に
脅威ではないこと
友誼を結ぶ価値があること
そして――守るべき在り方であること
ペンを走らせる
一文字一文字、丁寧に
この報告が未来を変える
それを信じて
窓の外には星が輝いている。
フォルティナはもう一度深く息を吸った。
(……大丈夫)
(私は、見てきた)
(あの場所の温かさを)
それをちゃんと伝える。
友として
領主として
フォルティナは静かにペンを走らせ続けた。
夜はゆっくりと更けていく。
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