第六話 在り方に触れる一日
礼拝堂から戻ってきたセリナの足取りは
ほんの少しだけ慎重だった。
応接の間に戻りフォルティナたちの前に立つ。
その表情には確信と不安が入り混じっていた
「……確実に、届いたかどうかは分かりません」
そう前置きしてから、セリナはフォルティナに向き直る。
「それでも……祈りのあと
神託を受けた時と似た感覚を感じました」
「神気、というほど強いものではありませんが……
"聞かれた"ような気が……しました」
断言しない言い方だった。
希望を押し付けず期待を煽らない。
ただ自分が感じたことをそのまま伝えている。
フォルティナは思わず背筋を正した。
(……この方は)
祈る側でありながら、結果を自分の手柄のように語らない。
フォルティナは静かに一歩前へ出た。
「……ありがとうございます、セリナさん」
声に自然と力がこもる。
「私たちの抱えている問題は
本来、あなたにお願いするべきことではありません」
一度言葉を切る
「それでも……祈っていただけたこと
そして、ここまで真摯に向き合ってくださったことに――」
深く頭を下げた
「心から、感謝します」
セリナは一瞬、驚いたように目を見開き
それから少し困ったように微笑んだ。
「……そんな、大げさなことでは……」
「困っている人がいるなら、祈るのは、当然のことですから」
その言葉にフォルティナは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
(……ああ)
(だから、この人たちは)
そこで、静が穏やかに声を挟んだ。
「セリナ、前に話してたよね」
「教会にいた頃みたいに炊き出しとか
誰かの役に立てることが出来たらいいな、って」
セリナは、はっとしたように静を見る。
「……覚えていてくださったんですね」
「もちろん」
静はごく自然にそう言った。
「もし良ければなんですが……」
「フォルツの街で、一角を借りて炊き出しや
簡単な無料の治療をすることは出来ないですか?」
フォルティナは思わず瞬きをする。
「それは……」
頭の中で反射的に行政の段取りが浮かぶ。
教会との調整
既存の治療院への配慮
前例の確認
だが――
「……個人的な慈善活動としてであれば」
そう口にしてからフォルティナは
少しだけ声を柔らかくした。
「問題ありません」
「むしろ……ありがたい話です」
その本音が自分でも意外だった。
フォルツには確かに医療が行き届かない地域がある。
炊き出しを必要とする人々もいる。
「街へ行く際の立場は?」
フォルティナの問いに静はすぐ答える。
「僕は、病気療養中の商人」
「セリナは、僕の専属治療師」
「《ルミナ・ヴェール》の四人は、専属護衛」
「それなら、目立たないと思う」
フォルティナは小さく息を吐き、思わず微笑んでいた。
「……ええ。問題ありません」
(この方たちは……)
(権力を使わず、信仰も掲げず、それでも人のために動く)
胸の奥で、尊敬と感謝が静かに重なる。
フレイアもそのやり取りを黙って見ていた。
(……これは)
(間違いなく、敵に回してはいけない人たちね)
心の中ではっきりとそう結論づける。
◆◆◆
少し空気が和らいだところで、静が提案した。
「せっかく、ここまで来たことだし……もし、数日滞在が可能であれば」
フォルティナが静を見る。
「屋敷コアの支配エリア内なら、危険はないので」
「このエリアを"知る"という意味でも」
「近くの遺跡や、湖、滝なんかを見て回るのも
悪くないと思うんだけど……どうですか?」
問いかけは柔らかく、強制の色は一切なかった。
フォルティナの表情がぱっと明るくなる。
「……よろしいのですか?」
「ええ」
静はあっさりと頷く。
「正式な話はその後でいいと思う」
「今は、まず"来た場所を知ってもらえたら"」
その言葉に、ォルティナは胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。
(……配慮、なのですね)
冒険者に憧れていた、あの頃の自分が
ほんの少しだけ肯定されたような気がした。
ツキの耳がぴくりと動いた。
「……にゃ?」
何かを察したようにフォルティナの足元をちょろちょろと回り始める。
「にゃ、にゃぁ」
――任せて、と言わんばかりに。
その後ろをあかねが一生懸命ついて回る。
「みゅ、みゅ~」
ツキの動きを真似しながら、小さな翼をぱたぱたと動かす。
ミレイアは肩をすくめながら苦笑した。
「……案内役、みたいね」
フォルティナが思わず笑うと、静も頷いた。
「頼もしいでしょ」
その光景があまりにも自然で、温かくて
フォルティナは心の底から思った。
(……ここは、本当に良い場所だ)
◆◆◆
夕方
食卓には昨日までとは明らかに違う料理が並んでいた。
ふわとろのオムライス
湯気の立つミネストローネ
香ばしい唐揚げ
フォルティナは言葉を失った。
一口、口に運び―― そのまま、動きが止まる。
「……」
味がどう、と説明しようとした思考が、すべて途中で途切れてしまう。
温かくて、やさしくて、それでいて――
はっきりと美味しい。
「……これは……」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
ミレイアも、同じだったらしい。
一口食べたまま目を伏せ小さく息を吐く。
「……参ったわね」
「ええ……」
フォルティナは、静かに頷く。
言葉を探してもどれも今の感覚には追いつかない。
(……ああ)
(だから、なのか)
理由は分からない
理屈も知らない
けれど――
「納得」だけは、胸の奥にすとんと落ちた。
その様子を横目で見ながら、ミレイアは内心で小さく肩をすくめる。
(……これは)
(誤解されても、仕方ないわね)
その言葉を口にすることはなかった。
今はただ、この食卓の空気を壊したくなかったから。
その時
ツキが唐揚げの匂いに反応して、そわそわと身を乗り出す。
「……にゃ」
あかねも、真似をするように
「みゅ~」
その様子にフォルティナは思わず小さく笑った。
「……平和、ですね」
静は穏やかに答える。
「そうだね」
「……まだ、あるよ」
その一言で、場にゆっくりとした時間が戻ってきた。
食事が進む
会話が弾む
笑い声が起こる
フォルティナはこの時間がずっと続けばいいのに、と思った。
領主としての責任
訪問の目的
それらは確かに重い
今はこの温かな食卓を
ただ楽しみたかった。
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