第七話 祈りが届いたという事実
――その日
世界は三度、神の気配を知った。
◆◆◆
ルミエール王国最大の神殿
《炎輝聖殿》
白い石で組まれた神殿の最奥
神託の間では数名の聖女たちが静かに祈りを捧げていた。
炎属性神フレアリアを祀るこの場所は
常よりも熱と光に満ちているはずだった。
その瞬間――
空気が変わる
燃えるような熱ではない
圧倒的でありながら、どこまでも澄み切った神気が神託の間を満たした。
「……っ」
祈っていた聖女の一人が息を呑む。
周囲にいた神官たちも、膝を折りそうになるほどの気配を感じ取っていた。
そして――
火属性神フレアリアからの神託が
明確な言葉となって降りた。
『炎晶の焔守護竜はただ、"守るため"に生まれた。
争いを求めず、誰の敵にもならない。
その在り方こそ、静かなる守護の証である。』
それはかつて同じ《炎輝聖殿》で告げられた
「焔守護竜」という存在を指す言葉だった。
だが今回は違う。
恐怖も、警告も、未来予知もない。
その存在の"意味"だけが静かに示されていた。
大神官は即座に理解する。
これは解釈を急ぐ類の神託ではない。
「……記録を」
短く指示を出し続けて言葉を重ねた。
「教会中央監察局へ。王国上層部へも速やかに報告を」
神託は世界の問題
それが教会の役目
◆◆◆
同時刻――
グランヴェル帝国最大の神殿
《地晶大殿》
土属性神ルートミアを祀るこの神殿の奥深くで、一人の聖女が祈りを捧げていた。
かつて『カレート・ハン・バーグは最凶の存在』
という不可解な"神託"を受け取ってしまった聖女である。
それ以来、彼女は毎日祈っていた。
あの神託の意味を理解するために
そして、世界の平穏を願って
「女神ルートミア様……この地に生きるすべての者が無事でありますように
どうか平穏の加護をお授けください」
その瞬間
地晶大殿の空気が重く、そして澄んだ。
床に刻まれた紋様が淡く光り、神殿全体に神気が満ちていく。
今回は聖女だけではない。
周囲に控えていた神官、神殿騎士たちにまで
はっきりと"神の存在"が感じられた。
そして――
土属性神ルートミアからの神託が降りる。
『……案ずるな。
神の声は……時に、揺れる。
カレート・ハン・バーグは……災厄ではない。
力が混ざり……ひとつになる……調和のしるし』
聖女はその場に崩れ落ちそうになりながらも
震える声で必死に神官へ伝える。
感動と、感謝と、安堵をすべて混ぜたような声で。
神官は即座に状況を理解し命じる。
「中央監察局、帝国上層部へ同時に報告を」
神託はもはや一国の問題ではなかった。
◆◆◆
教会中央監察局
世界各地の神殿からほぼ同時に緊急報告が届いた。
炎輝聖殿からの神託
『炎晶の焔守護竜はただ"守るため"に生まれた――』
地晶大殿からの神託
『……案ずるな。神の声は……時に、揺れる――』
すでに対応に追われていた監察官たちの空気が一段重くなる。
「一致している……」
「いずれも"脅威ではない"という方向だ」
「だが……」
言葉は続かなかった。
その時
空間そのものがわずかに"歪んだ"
誰かが声を上げるより早く
その場にいたすべての聖人・聖女が同時に跪く
観測の女神ルーナフィリスからの神託――
『観測の女神ルーナフィリスが告げる。
我が愛しき者より、祈りは確かに届いた。
案ずるな、世界を脅かす影は在さない。
平穏は保たれている』
その中枢に集められた者たちは、誰一人として
すぐに言葉を発することができなかった。
観測の女神ルーナフィリス
その神託が
焔守護竜と"最凶の存在"という二つの案件を
同時に裏付けたという事実
それ以上に――
「……"我が愛しき者より、祈りは確かに届いた"」
誰かが、震える声でその一節を繰り返した。
「これは……」
「観測の女神の"聖女"が
【確実に神意を届けている】という宣言に等しい」
室内がざわめく
「前例が……ありません」
「いえ、正確には"数百年単位で失われていた前例"です」
各国から派遣された高位聖職者、王国・帝国の代表者たちが
次々と言葉を投げ合う。
「観測の聖女が、特定の勢力――"空白地帯の主"と行動を共にしている」
「それを女神自身が"肯定した"とも取れる」
「待ってください」
別の者が声を上げる
「女神は"肯定"も"命令"もしていない」
「ただ"祈りが届いた"と告げただけだ」
「それが問題なのです!」
声が強まる
「届くという事実自体が、権威であり、力であり、象徴だ!」
「各国が黙っていられると思いますか?」
「王権と教会の均衡はどうなる!」
一部の者は、露骨な危機感を隠さなかった。
「このままでは"観測の聖女"を、各国が囲い込もうと動き出す可能性がある」
「いや、すでに動き始めているでしょう」
「空白地帯の主――あの存在と直接交渉を試みる国が出ても不思議ではない」
空気が重く沈む
ここにいる誰もが分かっていた。
下手に動けば世界の均衡が崩れる。
それでも動かなければならない理由も
確かに存在している。
沈黙の中、中央監察局の代表が静かに口を開いた。
「……では、問いを整理しましょう」
視線が集まる。
「我々は……観測の女神ルーナフィリスの神託に"従う"べきか」
「それとも、"解釈"の範囲で留めるべきか」
「そして――」
「空白地帯の主と、その傍らにいる観測の聖女に、接触すべきか否か」
その言葉が落ちた瞬間、再び、激しい議論が始まった。
「接触すべきだ!」
「いや、危険すぎる!」
「敵意はないと示されている!」
「それは"今は"だ!」
「観測者案件は、そもそも"介入しない"ことが原則のはずだ!」
「だが今回は規模が違う!」
声を荒げる者もいれば、沈黙を貫く者もいた。
信仰、政治、恐怖、秩序
あらゆる思惑が交錯した末――
結果はひとつだった。
――これまでと、変わらない判断
「観測者案件として凍結」
「空白地帯の主、ならびに観測の聖女への直接的な接触は行わない」
「相手からの意思表示があった場合のみ、対応する」
不満の気配は確かに残った。
だが同時に、安堵の空気もわずかに流れる。
「……今は……それしかない」
「世界を壊さないための選択だ」
誰かがそう呟く
観測の女神ルーナフィリスは、世界を導くことを望んでいない。
ただ、壊れないように――見ているだけなのだ。
その意志を、人の側もまだ踏み越えるべきではない。
こうして
世界を揺るがした三つの神託は
"制御された情報"として整理され、ひとまずの静けさを取り戻す。
その判断が後に何をもたらすのかを知る者は
まだ誰もいない。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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