閑話 神は応え声は揺れる
その祈りは確かに――届いた
観測の女神ルーナフィリスは、いつもよりほんのわずかに目を見開く
(……これは)
人の祈りが神域へ届くこと自体は珍しくない。
だが今回のそれは質が違った。
澄み切っていて、歪みがなく、何より――
観測を必要としない祈りだった。
(セリナ……)
聖女セリナ
自らを誇示せず
神に問いを投げつけることもなく
ただ「届くならば、届けたい」と願った祈り
ルーナフィリスはほんの一瞬、静かに息を整えた。
(……大きいわね)
事の大きさに驚きがなかったわけではない。
それでも同時に理解もあった。
(空白地帯の主と共にある理由がよく分かる)
祈りを受け取ったまま、ルーナフィリスは視線を巡らせる。
問題になっているのは、三つ
そのうち一つはすでに解決している
――観測の聖女について
これは《ルミナ・ヴェール》の判断もあり
人の側でも「正しい配置」として受け止められている。
問題は残りの二つだった。
◆◆◆
「……フレアリア」
名を呼ぶと、火属性神フレアリアが少し弾んだ気配で姿を現した。
「なに、姉さん?」
どこか機嫌が良さそうなのは、隠しきれていない。
紅の髪が、柔らかく揺れている。
「あなたの神託について確認したいの」
フレアリアは首を傾げ、あっさりと言った。
「え?ああ、あれ?」
『炎晶の焔守護竜が、生まれた』
『それは、争いのために在らず』
『探すな、呼ぶな、害するな、ただ、知れ』
「あの子が生まれて、嬉しかったから伝えただけよ?」
悪びれもなく、むしろ当然のように
「争わせる気も、誰かに探させる気もないし」
「ただ、"そういう存在が生まれた"って知らせただけ」
ルーナフィリスは、静かに頷いた。
(やはり)
「問題はないわ。ただ――」
「"焔守護竜"という言葉が、人の側で少し先走った解釈をされたようね」
フレアリアは一瞬考え、それから肩をすくめた。
「まあ……それは、ありそう」
人は、神の言葉に意味を求めすぎる。
そして過剰に解釈する。
「じゃあ、"守護を行う存在として生まれた"それだけでいいわね?」
「世界を陰ながら見守る。それ以上でも、それ以下でもない」
「うん、それでいいと思う」
あっさりと合意が取れた。
「姉さん、それならすぐに神託を出すわね」
フレアリアは集中し、真剣な表情で紡ぐ。
『炎晶の焔守護竜はただ"守るため"に生まれた。争いを求めず、誰の敵にもならない。その在り方こそ、静かなる守護の証である。』
「よし!これで大丈夫!姉さん、あとは任せたわね」
フレアリアは一仕事終えた、といった様子でその場を後にする。
それを見て苦笑しながらも、ルーナフィリスはもう一柱を呼ぶ。
◆◆◆
「……ルートミア」
少し間があり、土属性神ルートミアが現れる。
その表情はどこか困惑している。
土色の瞳がわずかに揺れていた。
「……聞いている」
声に微妙な戸惑いが混じっていた。
「私は……神託など行っていない」
「……分かっているわ」
ルーナフィリスは即答する。
「あなたが発したのは、ただの"思念"ね」
ルートミアは小さく頷いた。
「……あの時の食事が……とても美味しかった」
「力と力が混ざり合って、調和して……」
「素直に"良い"と思っただけ」
それが人の側では――
『カレート・ハン・バーグは、最凶の存在』
になってしまった。
「……なぜ、そうなる」
ルートミアは本気で困っており、その表情には珍しく感情が浮かんでいる。
「それは……」
ルーナフィリスは少しだけ言葉を選ぶ。
「"神託"という言葉に、人が重みを乗せすぎただけ」
沈黙
神の何気ない感想が人の世界では
「神託」として受け取られる。
それは仕方のないことだ。
だが今回はその誤解が大きすぎた。
しばらくして、ルートミアがぽつりと言った。
「……誤解は……解いた方がいい」
「ええ、お願いするわ」
「……新たに神託を行う」
ルートミアの提案に、ルーナフィリスは静かに了承した。
内容は短くていい
明確で、だが断定しすぎない言葉
人が受け止められる形で
ルートミアはゆっくりと言葉を紡ぐ
『……案ずるな』
『神の声は……時に、揺れる』
『カレート・ハン・バーグは……災厄ではない』
『力が混ざり……ひとつになる……調和のしるし』
「……それでいい」
ルーナフィリスはその言葉を静かに受け取った。
(十分ね)
これで人の世界の混乱は少しずつ収まるだろう。
◆◆◆
祈りは届いた。
誤解は整えられ、神は世界を導かない。
ただ壊れないように見守る。
人が壊さないように、少しだけ――手を添えるだけ。
ルーナフィリスは再び視線を人の世界へ向けた。
空白地帯の奥。祈りを捧げる少女と
その傍らにある"在り方"を思いながら
(セリナ……あなたの祈りは、確かに届いたわ)
その想いは言葉にはならない。
だが確かに伝わるだろう。
光は静かに流れ、神域は再びいつもの静けさへ戻っていく
フレアリアの神託
ルートミアの訂正
それらはやがて人の世界へと降りていく。
世界を揺るがした二つの神託
その真意がようやく正しく伝えられる
ルーナフィリスは小さく微笑んだ。
(静……あなたの作る料理が、こんなにも世界を混乱させるなんてね)
それは誰にも聞こえない独り言
だがその声には確かに、温かさが滲んでいた。
神域の時間はゆっくりと流れている
人の世界とは違う速度で
確かに繋がっている
祈りを通じて
想いを通じて
そして――料理を通じて
ルーナフィリスはもう一度だけ人の世界を見つめた。
(……また、届けてくれるかしら)
次はどんな料理が神域に届くのか
そんなことを考えながら、女神は静かに微笑んだ。
イメージソングを作成してみました。
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物語の方も順調に書き進めていますので宜しくお願い致します。
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カクコムでも先行掲載しています。
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