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観測者に見守られる屋敷で生きることにした ~静は世界を支配しない~  作者: 灯乃しんわ
第八章 静かな理解と選ばれた距離

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第五話 神託の重みと人の願い

応接の間には窓から差し込む朝の光が静かに満ち、テーブルの上に柔らかな影を落としている。


昨夜の緊張はわずかにほどけているが、この場で語られる内容が軽いものではないことは誰もが理解している。


フォルティナは背筋を正し、静と向かい合った。


「改めて、本日はお時間をいただきありがとうございます」


静は小さく首を振る。

「いえ,、事情を聞く必要があると思っていました」


その言葉にフォルティナはわずかに息を整えた。


「今回の訪問理由は……空白地帯そのものではありません」


そう前置きしてから、フォルティナは慎重に言葉を重ねていく。


教会中央監察局

各国の上層部

神殿と聖女、そして神託


一つ一つ、丁寧に説明していく。

声は落ち着いているがその内容の重さは明らかだ。


横でフレイアが必要な点だけを簡潔に補足した。

感情を交えず、事実だけを積み上げていく。


静は終始、口を挟まずに聞いていた。

視線を逸らすこともなく、相手の言葉を受け取っている。


すべてを聞き終えた後、静は一拍置いてから口を開いた。


「……分かりました、フォルティナさんの言葉を信じましょう」

それから穏やかに続ける。


「そもそも、敵意のある人はこの支配エリアに入れません」


フォルティナは、その言葉に小さく目を見開いた。


「ここに居る時点で、信用するに値すると思っています」


それは条件でも取引でもなく、ただの事実の提示だった。

フォルティナは、深く頭を下げる。


「……ありがとうございます」


領主としてではなく、一人の人間としての感謝が滲んでいた。


◆◆◆


話題は次へ移り


「それと……礼拝堂で祈っていた女性のことですが」


フォルティナは少しだけ言葉を選んだ。


昨日見たあの神聖な光景

あの女性のこと


「彼女は『観測の女神ルーナフィリスの聖女』です」


《ルミナ・ヴェール》の四人――

アリア、リーナ、ミレイア、フィアも静かに頷く。


この件については、すでに方向性が定まっていた。

観測の女神の聖女は空白地帯の主と共にあることが最善であると


「この点については、教会側も『解決済み』として扱っています」


フォルティナはそう説明し、話を続けた。


「問題は……残りの二つです」


まず語られたのは火属性神フレアリアの神託


「『炎晶の焔守護竜が、生まれた』」


フォルティナの声が、静かに響く。


「『それは、争いのために在らず』」


「『探すな、呼ぶな、害するな、ただ、知れ』」


静は、黙って聞いている。


次に――


「そしてもう一つ」


フォルティナは、少し躊躇してから言った。


「『カレート・ハン・バーグは、最凶の存在』」


一瞬、室内の空気が止まった。

静はほんの一瞬だけ瞬きをする。


「……え?」


(それって……カレーとハンバーグの組み合わせが、最高に美味しいって意味じゃ……?)


内心でそう考え、静は思わず冷や汗をかいた。


その横で――

フレイアもまた同じ結論に辿り着いていた。


(……やっぱり、そうよね)


あの夜の食事

セリナがお供えをした、あの料理。


現実逃避するようにフレイアは咳払いを一つする。


「真面目な話よ、静さん」


「……はい」


どう受け取ればいいのか分からないまま、静は続きを促した。


「これらの神託が、現在、各国の上層部を混乱させています」


フォルティナの声音には、隠しきれない疲労が滲んでいた。


「『焔守護竜』の存在。そして、『最凶』とされる未知の存在」


「二つの神託が同時期に降りたことで、世界は混乱しています」


沈黙が落ちる。

その中でフレイアがゆっくりと口を開く。


「……セリナ」


名を呼ばれ、礼拝堂にいた女性が顔を上げる。


「前に、あなた……神託を通して、簡単なやり取りができたって聞いたわ」


セリナは少し考えてから小さく頷いた。


「……はい」


明確な言葉ではなかったが、確かに何かが伝わった。そんな経験があった。


「お願いがあるの」


フレイアの声は静かだが真剣だった。

「もう一度、観測の女神ルーナフィリス様へ、祈りを届けてほしい」


セリナの表情がわずかに強張る。


「神託の真意を……正しく伝え直してほしいの」


フォルティナも、深く頭を下げる。


「無理なお願いだとは承知しています」

「それでも……民の安寧のために、どうか……」


室内の視線が自然とセリナへ集まる。


重い沈黙


セリナは静を見た

静は何も言わない、否定もしない

ただ、穏やかに微笑んでいる


それで十分だった。


「……分かりました」

セリナは静かに答える。


「礼拝堂で、祈ります」

そう言ってゆっくりと立ち上がった。


フォルティナはその背中を見送りながら思う。

この場所は――

神と、人と、そして世界の誤解が交わる場所ではないかと


答えはまだ出ないが、対話は確かに続いている。


◆◆◆


セリナが礼拝堂へ向かい、扉が静かに閉じられた。

応接の間には、再び沈黙が戻る。


フォルティナは窓の外を見つめた。


(……こんな形で、神託と向き合うことになるなんて)


領主として、様々な責任を背負ってきた。

神々の意志を解釈し世界に伝える。

そんな役割を担うことになるとは思ってもみなかった。


「大丈夫よ」

フレイアが静かに言う。


「セリナなら、きっと届けてくれるわ」

その言葉に、フォルティナは小さく頷いた。


礼拝堂の先で捧げられる祈りが、どこまで届くのかは分からない。

それでもこの場にいる誰もが、それが無駄ではないと

なぜか信じていた。


静は小さく息を吐いた。


(カレーとハンバーグが……最凶……)


笑ってはいけない。真剣な場だ。

内心ではどうしても、その誤解の大きさに驚きを隠せなかった。


(……これ、どうやって説明すればいいんだろう?)


世界を揺るがす神託の正体が、一皿の料理だったなんて誰が信じるだろうか。

しかしそれが真実


静はセリナの祈りに期待するしかなかった。


朝の光が少しずつ高く昇っていく。

時間はゆっくりと流れている。

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