第三話 境界の内と外、迎えに行く理由
夜明けの空はまだ薄く群青を残してい居る中
簡易野営地ではすでに騎士たちが静かに動き始めている。
鎧の擦れる音、馬の鼻息、火を落とす音
すべてが控えめで、しかし緊張を孕んでいた。
フォルティナは外套の襟を整えながら、深く息を吸う。
「……では、行ってまいります」
そう告げる声は領主としての落ち着きを保っていた。
その内側では心臓が早鐘を打っている。
手のひらは、じっとりと汗ばんでいた。
護衛隊長が一歩前に出て、深く頭を下げる。
「どうか、お気をつけて。ご無事の帰還を、心よりお待ちしております」
執事もまた、控えめながら切実な声で続けた。
「この地を治められてからまだ日も浅い中……どうか、ご自愛くださいませ」
フォルティナは一瞬言葉を探し、それから小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。……必ず戻ります」
約束のようなその言葉に、騎士たちが一斉に胸に手を当てる。
その横でフレイアは静かに周囲を見渡していた。
警戒は解かないが、過剰にもならない。
長年、境界と危険の間を歩いてきた者の立ち姿だった。
「行きましょう、ティナ」
その一言でフォルティナの肩の力がわずかに抜ける。
二人は並び、空白地帯へと静かに歩き出した。
◆◆◆
境界を越えた、その瞬間
フレイアははっきりと「違い」を感じ取った。
(……これは)
森は森だ、木々も、土も、風も、確かに自然のはずなのに
魔力の流れが、どこか整いすぎている。
荒れていない、自然が「あるべき位置」に固定されているような
奇妙な感覚
フレイアは足を止めず、しかし全神経を研ぎ澄ませる。
(やはり……ここは普通の土地じゃない)
背後で、フォルティナが小さく息を吐いた。
「……思ったより、静かですね」
その声には不思議そうな色が混じっている。
「空白地帯には危険な魔物が多くいると聞いていましたが……
今のところ、何も出ません」
フレイアはすぐには答えなかった
(……アリアたちの話)
《ルミナ・ヴェール》が語っていたこと
静の支配エリアでは強力な魔物が発生しないという話
(もしかして、これが……)
だが、推測だけで判断するには早い
「……だからこそ、油断しないで」
フレイアは低く告げる
「何も出ない、という状況そのものが異常よ」
その声音に、フォルティナは背筋を正した。
(……これが)
無駄な言葉はない
恐怖を煽ることも、安心させすぎることもない
(これが元最上級冒険者……)
アリアたちよりも、さらに上
全冒険者の中でも、ほんの数名しか立てない領域
その理由が今なら分かる気がした
慎重に進むこと、数時間
地形がわずかに変わり始め、木々の種類や密度が変わり
空気の質も少しずつ変化している。
「……この辺りにあるはずよ」
フレイアの声が低くなる。
アリアたちから聞いていた地点
支配エリアコアのある場所
その時だった。
空気が震え、周囲の魔力が一気に収束し
前方に――高度な転移魔法陣が展開される。
「下がって!」
フレイアは即座にフォルティナを背後に引き寄せる。
剣に手を掛け、視線を固定する。
敵意か、迎撃か
だが――
現れた気配は驚くほど静かだった。
◆◆◆
同じ頃。
空白地帯の奥、静の屋敷ではいつも通りの朝が流れていた。
礼拝堂ではセリナが静かに祈りを捧げている。
柔らかな光が差し込み、空気が澄んでいく。
窓から差し込む朝日が祭壇を優しく照らしていた。
屋敷の外では静が畑から朝食用の野菜を収穫していた。
「今日は、いい感じだな」
隣ではツキが草むらを嗅ぎ回り、あかねがそれを真似して小さく跳ねる。
「にゃ、にゃ」
「警戒、というより散歩だね」
静が苦笑する。
朝食を終え、いつものようにマップを開いたときだった。
「……あれ?」
端の方、フォルツ側の支配エリアコア近く
青い光点と黄色い光点、二つが並んでゆっくりと動いている。
「誰だろう……」
セリナが覗き込み、はっと息を呑む
「……もしかして、フレイアさん?」
「青はそうかも。でも……黄色は?」
アリアたちにも声をかけるが、誰も心当たりがない。
光点の進路を見る限り、屋敷方向へ向かっている。
「敵意は……なさそうだね
でも、タイミング的に……」
最上級緊急事態、フレイアが呼び戻された、あの件が頭に思い浮かぶ
「……迎えに行こうか」
静がそう言うと、アリアたちは即座に首を振った。
セリナが心配し
「待ってください。万が一があります」
アリアも言いかける
「静が直接出る必要は――」
「大丈夫」
静は穏やかに笑う。
「一人なら、何かあってもすぐ戻れる。それに……フレイアさんなら
迎えに行きたい」
その言葉にアリアたちは視線を交わし、ため息をついた。
「……分かりました。でも、無理はしないで」
「もちろん」
静はステータスを開き、屋敷コアをの転移を選択する。
光が収束し世界が一瞬、折り畳まれた。
◆◆◆
展開された魔法陣の中心に、静は立っていた。
「……フレイアさん?」
声をかけられた瞬間、フレイアは息を吐いた。
「……ええ、静さん」
剣から手を離し、姿勢を戻す。
背後でフォルティナが固まっている。
(この人が……)
空白地帯の主
見た目は驚くほど普通の青年
だが、足元から伝わる感覚がそれを否定していた。
魔力の流れ、空気の質
すべてが「この人を中心に回っている」ように感じられる。
静が状況を一目で把握し頷く
「正式訪問……かな?」
フレイアが簡潔に説明する。
「教会中央監察局と王国の連名で。
こちらはフォルツ領主のフォルティナ=フォルツ=リーネ様」
フォルティナは一瞬遅れて深く頭を下げた。
「は、初めまして……」
静は少し考え、それから柔らかく微笑んだ。
「それなら、ここでは話すより、まず屋敷へ行きましょうか」
その言葉に、フォルティナの胸が大きく跳ねる。
(この空白地帯の中にある屋敷……)
静が転移を行った次の瞬間――
世界の"格"が変わる
空気・魔力・安心感
そして神聖な気配……
(……これは)
フォルティナは思わず息を呑む。
ここには神殿の様な神聖な気配に支配されている。
それも、極めて上位の形で……
フレイアは気後れしているフォルティナを見て、わずかに苦笑する。
「……やっぱり……そうなるわよね」
そんな二人を見て、不思議に思いながら静が話しかけた。
「話は屋敷の中でゆっくりしましょう」
二人の対応次第で、世界の行く末が決まる……
その覚悟で屋敷へと入っていく。
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