第一話 誠意を携えて、境界へ
応接室には朝の光が柔らかく差し込んでいる。
窓から見える街並みはいつもと変わらない穏やかさを保っていが
そこで交わされる言葉は、次第に現実的な重さを帯びていく。
「正式訪問となる以上――」
フォルティナは背筋を正し静かに切り出した。
「侍女を一名、執事を一名。それに最低限の護衛を付けるべきでしょうか」
領主として、ごく自然な判断だった。
若く就任して間もないとはいえ、彼女はフォルツを代表する存在
公的な訪問であれば、それに相応しい格式と体裁が必要になる。
同席していた家臣たちが小さく頷く
「危険を考えれば、護衛は必須です」
「空白地帯は未知の領域。何が起こるか分かりません」
「それに、フォルティナ様が単身で向かわれるなど……」
家臣たちの懸念はもっともなものだった。
責任ある立場の者が、未知の場所へ最小限の護衛で向かうなど
通常では考えられない。
フォルティナは一度目を伏せ、ゆっくりと首を振った。
「……いいえ」
静かな否定
「今回の訪問は力を誇示するためのものではありません」
家臣たちが息を呑む
「誠実に、空白地帯の主と向き合うための訪問です」
フォルティナの声は、少しだけ震えていた。
しかしその言葉には確かな意志がある。
「大勢を連れて行けば、それだけで"警戒すべき存在"になってしまう」
声は落ち着いているが
その内側で彼女が必死に踏みとどまっていることは
誰の目にも明らかだった。
「身の回りのことは、自分でします」
「侍女も執事も、今回は必要ありません」
「しかし、フォルティナ様――!」
声を上げかけた家臣を制するようにフレイヤが一歩前に出た。
「……護衛については、私が同行します」
その一言で、空気が変わる。
「私は冒険者ギルドのギルドマスターです」
フレイアははっきりと言う
「実力も、状況判断も、保証できます」
家臣たちの視線がフレイアに集まる。
冒険者ギルド・ルミエール本部のギルドマスター
その名はこの地でも知られている。
実力者であり、的確な判断力を持つ人物として
フォルティナはフレイアを見る。
「フレイアさん……二人で行きましょう」
フォルティナははっきりと言った。
「余計な人数は、いらない」
その言葉はフォルティナの覚悟を否定せず、支えるものだった。
ややあって、年配の家臣が深く息を吐く
「……分かりました」
「ですが、せめて空白地帯の入口まで」
フォルティナは一瞬迷い、それから小さく頷く
「……そこまでは、お願いします」
それが双方にとっての妥協点
領主としての立場と、訪問の意図を両立させる
ぎりぎりの線引き。
◆◆◆
話題は自然と贈答品へ移る。
「宝石や貴金属も考えましたが……」
フォルティナがそう言うと、フレイアは静かに首を振った。
「たぶん、喜ばれません」
「……そう、ですか?」
フォルティナは少し驚いた様子だった。
通常、正式な訪問であれば、価値の高い品を贈るのが礼儀とされている。
「ええ。価値の高いものより
『あなたの街を知ってほしい』という気持ちが伝わるものの方がいい」
フレイアは続ける
「フォルツや、その周辺で採れる特産品
それは『敵意がない』という、いちばん分かりやすい言葉になります」
フォルティナは、はっとしたように目を見開き、ゆっくりと頷いた。
「……確かに……
それなら私の街をそのまま届けられますね」
「はい」
フレイアはわずかに微笑んだ。
「それで十分です」
少し間を置いてから、フレイアは付け加える。
「……私も一度だけですが
《ルミナヴェール》を通じて、空白地帯の主と会ったことがあります」
フォルティナの瞳が揺れる
「詳しいことは話せません」
フレイアは言葉を選びながら続ける
「でも――少なくとも、話の通じない相手ではありませんでした」
その言葉にフォルティナの胸の奥が、ほんの少し軽くなった。
(……話が通じる)
それだけでどれほど救われることか。
未知の存在と対峙する恐怖はまだ消えない。
しかし対話の可能性がある。
それだけで少しだけ前を向ける。
◆◆◆
夜
執務室に残ったフォルティナは一人、窓の外を見つめていた。
街は眠り、静かな灯りだけが点々と続いている。
(……どうして、私なんだろう)
何度も浮かぶ問い
怖い
不安だ
泣きたくなるほど、責任は重い。
叔父から領主の座を継いでまだ日も浅い。
経験も足りない。
もっと適任者がいたはずだ。
それでも――この街を代表するのは自分の役目
(逃げない)
そう決めた瞬間、胸の奥で続いていた震えが少しだけ静まった。
「……フレイアさんが、いてくれる」
その事実が今の彼女にとって、何よりの支えだった。
一人ではない
背中を預けられる人がいる
それだけで、どれほど心強いことか
フォルティナは深く息を吐いた。
(明日から、始まる)
窓の外の街をもう一度見つめる。
この街を守るため
この街の未来のため
そして、自分自身が領主として成長するため
フォルティナは静かに拳を握った。
◆◆◆
翌朝
二人は実用的な装備を整えていた。
空白地帯までは馬車
その先は徒歩
マジックポーチには一週間以上の野営を想定した物資
食料、水、医療用品、防寒具
どれも長期の旅を前提としたものだ。
(……本当に、遠征ね)
フォルティナは小さく息を吐き、それでも視線を前に向ける。
「迎えが来るとは限りませんから」
フレイアの言葉にフォルティナは頷いた。
「はい。それでも行きます」
誠実に向き合うために、贈答品も慎重に選ばれた。
フォルツの特産品
蜂蜜、乾燥果実、織物、陶器
どれもこの街の人々が丁寧に作り上げた誇るべき逸品
「準備は整いました」
執事が告げる
フォルティナは深く息を吸い、そして頷いた。
「行きましょう」
フレイアも頷く
「ええ」
二人は並んで歩き出した。
空白地帯へと続く道へ
街の人々が静かに見送る。
噂が先行し、何があったかと不安そうな顔もあれば
女神に祈るような表情もある。
フォルティナはその視線を一身に受けながら、前を向いた。
(……必ず、やり遂げて帰ってくる)
その決意だけを胸に二人は街を後にした。
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