第二十六話 温度差のある約束と湯けむりの誘い
フレイアの手は、まだ胃のあたりに置かれたままだった。
返す言葉を探しているのか、それとも頭の中で何かを必死に考えているのか。凛とした横顔だけが、ランプの灯りの下で妙に静かだった。
その沈黙に気づいているのかいないのか、静の頭の中ではもうすっかり別の景色でいっぱいになっていた。
「一度、王都って行ってみたかったんですよね。フォルツやセレニアとはやっぱり雰囲気も違うのかなぁ。市場とか、どんな物が売ってるんだろう……」
麦茶のグラスを両手で包んだまま、静は楽しそうに天井のあたりを見上げた。
(醤みたいに、こっちのまだ知らない調味料とかあったらいいなぁ)
王城がどうとか、大聖堂がどうとか、そういうことは少しも浮かんでこない。静の思い描く王都は、ずらりと並んだ露店と、湯気の立つ屋台や見たこともない食材の山。
(ああ、静さん……もう完全に王都に行く気になってるわね)
フレイアは内心で、深く深く苦笑した。
こういう時に限って、ギルドマスターとしての頭は勝手に動き出してしまう。
(これ、レオンに言うべきかしら。陛下には?……いいえ)
嘘はつかない。伝える必要のないことは、伝えない。
ティナと二人で、ずっとそうしてきたのだ。静さんが『便利になった』と喜んでいる。それ以上のことを、わざわざ書類にする必要がどこにあるだろうか。
そう結論を出した途端、胃のあたりに置いた手がもう一度だけ、そっと動いた。
その様子を眺めながら、アリアたちもそれぞれに静らしいなぁと思っていた。
(あれは絶対に行くつもりの顔ね)
アリアは麦茶をひと口含み、肩をすくめた。
(静、王都の市場でまた美味しいの見つけてくるんだろうなぁ……フィアも行きたいなぁ)
フィアは早くも、まだ見ぬ王都の屋台に思いを馳せて、猫耳をぴこぴこと揺らしている。
(静の『行ったことのある場所』がまた一つ増えるのね。それも王都か……)
リーナは手帳の端を指先でとんとんと叩きながら、遠い目をしていた。
ミレイアだけは固まったままのフレイアの横顔を楽しそうに眺めていた。
(ふふ。やっぱり、言った通りになったわね)
セリナは静の弾んだ声にただ柔らかく目を細めていた。
(静様、本当に楽しそう)
それだけで胸の奥がほんのりと温かくなる。
その隣でフォルティナは嬉しそうな静の横顔を見つめていた。ほんの少しだけ、胸の奥がちくりとする。
(王都見学……私は領地を空けられませんから、ご一緒はできませんね)
けれどフォルティナは、すぐに小さく首を振った。
(……フレイが無事に帰ってこられるなら。それが一番です)
腕の中のルナが「くぉん?」と主人を見上げ、フォルティナは何でもないというように、その頭をそっと撫でた。
皆の温度がこれほどばらばらなのに、静だけはそのどれにも気づいていない。
ソファの端では、エナの手がほんの一瞬だけ止まっていた。
(王都……レナードさんが、お仕事で行ってるところだ)
膝の上の小袋をエナは少しだけ握り直した。フィアに貰った花蜜の飴が、袋の中でころりと小さく転がる。
(……でも、その頃にはレナードさんも、きっとフォルツに戻ってるよね)
隣に座っていたツキだけが、そっとエナの顔を見上げていた。
◆◆◆
やがてフレイアは胃のあたりから手を離し、観念したように小さく息をついた。
「静さん、それじゃあ……帰りはお願いするわね」
そう言ってから、少しだけ悪戯っぽく首を傾げる。
「帰る前に……王都見学でもしてみる?」
「えっ?いいんですか!?」
静の顔がぱっと輝いた。
「うわぁ……すっごく楽しみだなぁ」
いつもの落ち着いた穏やかな笑みとは違う。まるで遠足の前の日の子どものような、くしゃっとした笑顔だった。
アリアたちは思わず、揃って目を丸くした。
(あんな顔の静、珍しいわね)
料理を褒められた時とも、新しい食材を見つけた時とも、また違う。屋敷で暮らす皆でさえ、なかなか見たことのない表情だった。
フレイアは苦笑しながら、それでもどこか毒気を抜かれたように、手元のグラスへ視線を落とした。
「じゃあ、静さん。王都に着いたら、人目のなさそうな所で連絡するわね。……でも、一人で見学するのも心配だから、一度戻って、アリアたちを連れて来てもらえる?」
そう言いながらフレイアはアリアの方へ、ちらりと視線を向けた。
(静さんを一人で王都の市場に放したら、何を見つけて、何を作って、何を配り始めるか……それに王都には大聖堂も中央監察局もあるんだから)
その視線を受けたアリアは、何も言わずに小さくひとつだけ頷いた。
(任せて。目は離さないわ)
二人の間を行き交った無言のやり取りに静はまったく気づかない。
「あっ、そっか。アリアたちやセリナも、王都見学したいよね」
静はぽんと手を打つと、嬉しそうに続けた。
「一度行けばすぐに戻れるから、フレイアさんのお仕事が終わるのを待ってる間に、みんなで観光でもしてようか」
名前を呼ばれたセリナが、驚いたように目を瞬かせた。
「まあ……私もご一緒してよろしいのですか?」
「もちろん。セリナと一緒の方が楽しいしね」
何の他意もない一言だった。けれどセリナの頬はほんのりと淡い桜色に染まっていく。
その横顔をフォルティナはそっと見ていた。ほんの一瞬だけ視線を落とし、それからふわりと微笑み直す。
(……セリナさん、嬉しそう)
同じ人を想う者同士だから、その気持ちはよく分かった。
一方で静の言葉を聞いたアリアたちは、顔には出さずに内心で頭を抱えていた。
(静、絶対に意味が分かってないわよね)
アリアは額に手を当てたくなるのを、どうにか堪えた。
(一人にしておくと、何をするか分からないもの……)
リーナは手帳をぱたんと閉じ、小さく息をつく。
(姉さんの胃のためにも、ちゃんと見ていてあげないとね)
ミレイアはまだ少し遠い目をしているフレイアを気遣わしげに見やった。
そしてフィアは――
(静、王都に行ったら、また何か美味しいの見つけるかなぁ♪)
いつも通りだった。
足元では、幼体たちが何やらそわそわと落ち着かなくなっていた。何の話かは分からない。けれど皆の声の調子から、何か楽しいことがありそうだということだけは伝わったらしい。
「きゅ?」
あかねが首を傾げ、それから「きゅきゅ!」と尻尾を振った。ハルはフィアの周りをくるりと一周し、マルは床をぽむぽむと叩き始める。ルゥは長い耳を揺らして「くぅ」と鳴き、ルナとサンまで、つられたように小さく跳ねていた。
その様子を見下ろしながら、フレイアはふと、嫌な予感を覚えた。
(……まさか、この子たちまで全員連れてくるつもりじゃないわよね)
静の方を見ると、静は「みんなも楽しみなんだね」と嬉しそうに笑っている。
フレイアは何も言わずに、麦茶の入ったコップへ手を伸ばす。その問題は王都に着いてから考えればいい。……たぶん。
◆◆◆
窓の外はいつの間にかすっかり夜の色に沈んでいた。
「フレイ、そろそろお暇しないと。明日は朝一番の出発でしょう?」
フォルティナに声をかけられ、フレイアは「そうね」と名残惜しそうに立ち上がった。
「それじゃあ、上弦の宿まで送りますね。……あ、その前に」
静は何もない空間へ手をかざし、布に包まれたお弁当の包みと、小さな水筒を取り出した。
「フレイアさん、さっき言ってた道中用のです。明日の道中にでも食べてくださいね」
「まぁ! 静さん、ありがとう!」
フレイアが包みを受け取ると、布越しにじんわりとした温もりが伝わってきた。
「焼きおにぎりと、照り焼きと、出汁巻き卵も入れておきました。水筒には麦茶です。あとは、蜂蜜バーも少し」
アリアたちの探索のお弁当用にと、多めに作り置きしておいた新しい『醤』のおかずだった。中にはフレイアが食事の席でしみじみと呟いていた、醤バター焼きおにぎりもしっかりと収まっている。
包みの隙間から、香ばしい蜂蜜の香りがかすかに漂った。フレイアの目元が、ふっと緩む。
(これがあれば、高速魔道馬車の三日間も怖くないわね)
「これで移動の楽しみが出来たわ。本当にありがとう、静さん」
嬉しそうに包みを胸に抱えるフレイアに、静はにこりと笑い、それからフォルティナの方へ向き直った。
「フォルティナさんには、また後で届けますね」
「えっ……私にも、ですか?」
フォルティナは目を瞬かせた。
(もしかして……直接、届けてくださるの?)
「はい。明日のお昼ごろ、人目のない時に呼んでもらえれば、温かいのを直接お届けしますね」
静は何でもないことのように、さらりと答えた。
フォルティナの頬が、ほんのりと染まった。ルナを抱く腕に少しだけ力がこもる。
「……では、楽しみにお待ちしていますね」
腕の中のルナが「くぉん?」と、不思議そうに主人の顔を見上げた。
そのやり取りを横で眺めていたリーナは、手帳を胸に抱えたまま、内心で呆れたように息をついた。
(また静ったら……とんでもないことをサラッと言うのね。普通は、領主様のところへ転移でお弁当を届けたりしないわよ)
呆れているはずなのに、口元はどうしても緩んでしまう。
「え〜、いいなぁ〜」
フィアが羨ましそうに声を上げた。
「静の美味しいお弁当、フィアたちにも届けてよね?」
それを聞いたアリアがきょとんとした顔で口を挟んだ。
「フィア……持って来てもらわなくても、迎えに来てもらえば、美味しいご飯をお屋敷でゆっくり食べられるわよ?」
一瞬、リビングが静かになった。
アリアは自分で言ってから、ふと首を傾げる。
(……あれ?私、今なにか変なこと言った?)
「ふふっ。フィアもアリアも、いつも通りね」
ミレイアが口元に手を添えて笑い出すと、リビングはまた温かな笑い声に包まれた。
その輪の中で、エナはよく分からないまま、こっそりとフィアと同じことを思っていた。
(静さんのお弁当、届けてもらえるなんていいなぁ……)
驚くより先に羨ましくなってしまうあたり、エナもすっかりこのお屋敷に馴染み始めていた。
◆◆◆
帰り支度が始まると、エナの膝の上で丸くなっていたサンが、ぱちりと目を開けた。
「ぴぃ……」
名残惜しそうにひと声鳴くと、サンはぱたぱたと羽ばたいて、エナの頭の上へ移ってしまう。そのまま羽毛をふくらませて、ちょこんと居座った。
「サン、帰るわよ」
フレイアが呼んでも、サンは聞こえないふりをしている。
「わっ……サンちゃん、帰らなくていいの?」
エナが頭の上を見上げようとして、首を傾げる。その拍子にサンがずり落ちそうになり、「ぴっ」と慌ててしがみついた。
するとエナの隣にいたツキがすっと立ち上がった。ソファの背もたれへひょいと飛び乗り、エナの頭の上へ鼻先を寄せる。そして小さな背中をそっと押してやった。
「にゃ」
『またね、でしょ』と言うような短い声だった。
サンは「ぴぃ……」と最後にもう一度だけ鳴くと、ようやくぱたぱたと飛び立ち、フレイアの肩へと戻っていった。
「まったく……ツキちゃんの言うことなら聞くのね」
フレイアが苦笑すると、ルナもフォルティナの腕から身を乗り出し、ツキの脇腹へぐいぐいと鼻先を押しつけた。ツキはそれを、まんざらでもなさそうに受け止めている。
フレイアは肩の上のサンを撫でてから、エナの方へ向き直った。
「エナちゃん。お茶の約束、忘れてないからね。帰ってきたら、一番に寄るわ」
エナはぱっと立ち上がり、胸の前で両手をぎゅっと握った。
「はい!いってらっしゃいませ!」
「ふふ、行ってきます」
フレイアは柔らかく目を細めると、皆に向かって手を振った。
「皆も今日はありがとう。すっかりご馳走になっちゃったわ」
「皆さん、本当にありがとうございました。とても楽しい夜でした」
フォルティナも丁寧にお辞儀をする。
「姉さん、向こうで無理しちゃだめよ」
「気をつけてね、フレイアさん」
「お土産、楽しみにしてるね♪」
「フィア……」
アリアが呆れたように名前を呼ぶと、また小さな笑いが起きた。
静が二人の前に立ち、右手を軽くかざす。空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれ、温かな光が、フレイアとフォルティナ、そしてルナとサンを優しく包み込んだ。
光の粒がすっと溶けて消えると、リビングには少しだけ、静けさが戻ってきた。
◆◆◆
上弦の宿の一室は、窓の外の夜気を映して、ひんやりと静まり返っていた。
光が収まると、フレイアは腕の中の包みを確かめるように抱え直した。
「静さん、今日は本当にありがとう」
それから一拍置いて、少しだけ遠くを見るような目をする。
「……王都に着いたら、連絡するわね」
その声にはまだほんの少しだけ、諦めのような響きが混じっていた。
「はい、待ってますね。お仕事、頑張ってください」
静はまったく気づかない様子で、にこにこと頷いた。
隣のフォルティナが、ルナを抱いたまま一歩前へ出る。
「静さん、ごちそうさまでした。……明日のお昼、お待ちしています」
「はい。温かいうちに届けますね」
フォルティナは嬉しそうに微笑み、それから少しだけ照れたように、腕の中のルナへと視線を落とした。
その様子を横目で見て、フレイアはくすりと笑う。
(ティナったら。……明日のお昼の報告、王都で聞けないのが残念だわ)
「それじゃあ、おやすみなさい」
静が右手を軽くかざし、柔らかな光の粒子に包まれて消えていく。
光が溶けたあとの部屋で、フレイアとフォルティナは顔を見合わせた。
「……フレイ」
「言わないで、ティナ。分かってるから」
フレイアは窓辺の椅子に腰を下ろし、膝の上に乗せたお弁当の包みを、そっと撫でた。
「王都の市場で静さんが何をするのか……今から想像するだけで、胃が痛いわ」
「ふふっ」
フォルティナが堪えきれずに笑い出すと、フレイアもつられたように肩を揺らした。
膝の上の包みは、まだほんのりと温かかった。
◆◆◆
光の粒子とともに静がリビングへ戻ると、皆はそれぞれソファや床でくつろいでいる。
「おかえりなさいませ、静様」
「ただいま。二人ともちゃんと宿に送ってきたよ」
セリナに迎えられ、静は軽く伸びをした。それからソファの端でツキを撫でているエナの方へ目を向ける。
「デザートも落ち着いたし、そろそろお風呂の準備をするね。みんなは、ゆっくりしてて」
「あ、静様。私もお手伝いします」
セリナがすぐに立ち上がりかけると、静は笑いながら手を振った。
「今日は俺がやるから大丈夫。セリナはエナとゆっくりしてて」
「……はい。ありがとうございます、静様」
セリナが嬉しそうに腰を下ろし直すのを見届けてから、静はひとり屋敷の奥へと向かっていった。
湯加減を見て、脱衣所に洗い立てのタオルを人数分重ねておく。湯上がりに飲む冷たい飲み物も、冷却箱で冷やしておかなければ。初めて入るエナが、のぼせてしまわないように。
そんなことを考えながら廊下を歩く静の足取りは、どこか楽しげだった。
一方、リビングでは。
「……お風呂」
ぽつりと呟いたエナが、ぱっと顔を上げた。
「師匠……さっき言ってた『お風呂』って、本当に、このお屋敷にあるんですか!? すごいです!」
デザートの前にセリナから聞いた時は、言葉の意味がうまく飲み込めずにいた。それが今になって、ようやく実感として追いついてきたらしい。
エナの知っているお風呂は、お話の中のものだった。
孤児院では井戸の水を温めて、布で体を拭くのがいつものこと。街には共同浴場もあるけれど、毎日通えるようなものではない。魔法を使える人なら、清浄の魔法で済ませてしまう。
湯船にたっぷりとお湯を張ったお風呂なんて、お貴族様や大きな商家のお屋敷にしかないものだ。
(……やっぱり静さん、お貴族様なんじゃ……)
夕方の勘違いが、一瞬だけぶり返しかけた。
けれどエナは、すぐに小さく首を振った。
(……ううん。静さんだもんね)
光と一緒に宿へ現れて、空白地帯の奥のお屋敷へ連れてきてくれて、口の中でしゅわしゅわ弾ける飲み物を出してくれた人なのだ。お風呂のひとつやふたつ、あってもおかしくない。
そんなエナの百面相を、セリナは優しく見守っていた。
「はい、エナさん。お風呂がありますよ」
セリナはふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「とても広くて、温かいお湯がいつでも湧いているんです。肩まで浸かると、一日の疲れが、すうっと溶けていくようで……」
思い出すように目を細めるセリナの声は、どこか弾んでいた。
「最初に入った時は、みんなびっくりしたのよね」
アリアが懐かしそうに頷くと、リーナも「家で毎日、湯船に浸かれるなんて、この辺りでは珍しいものね」と肩をすくめた。
「フィアなんて、気持ちよくて、のぼせるまで入っちゃったもん♪」
「あれは本当に大変だったわね。フィアがのぼせて、ふらふらになって……」
ミレイアがくすくすと笑うと、フィアは「えへへ」と照れくさそうに猫耳を揺らした。
「エナちゃんも、気をつけるのよ。気持ちいいからって、長く入りすぎないようにね」
「は、はい!」
エナが背筋を伸ばして返事をした、その時だった。
『お風呂』という言葉を聞きつけたのか、ラグの上でくつろいでいた幼体たちが、ぴくりと耳を立てた。
そして一匹、また一匹と、エナの周りへ集まってくる。
「にゃ」
「きゅ」
「くぅ」
「ひゅん」
「ぷぅ」
五匹は揃ってエナを見上げ、それぞれに鳴いた。まるで『一緒に入ろう』と誘っているかのようだった。
「みんな、お風呂が好きなんですか?」
エナが目を丸くすると、セリナがくすりと笑った。
「ええ。皆さん、お風呂が大好きなんですよ」
ツキがエナの室内履きの先を前足でちょん、と叩いた。それから屋敷の奥の方へ、とことこと数歩だけ歩いていき、くるりと振り返る。
『こっちよ』とでも言うように、尻尾がゆらりと揺れた。
それを見たマルが「ぷぷぅー!」と得意げに鳴き、一足先に廊下の方へとことこと駆け出していく。
「マル、まだ準備中よ」
リーナがすかさず抱き上げると、マルは「ぷぅ……」と不満そうに鳴いて、リーナの腕の中でじたばたと短い手足を動かした。
その姿にまたリビングに笑い声が広がった。
エナは師匠の顔を見上げ、それから足元の小さな案内人たちを見下ろした。
あかねが尻尾を振り、ルゥが長い耳を揺らし、ハルが周りをくるりと回って、ふわりと涼しい風を送ってくれる。ツキは廊下の入口で、じっとエナを待っていた。
エナは胸の前で、両手をぎゅっと握りしめた。
「……うん!一緒に入ろうね!」
その元気な声に応えるように屋敷の奥から、ほんのりと温かな湯気の匂いが漂ってきた。




