第八話 繋がる加護と見落とされた言葉
朝食が終わり、アリアたちが大樹の北側への探索準備を進めている頃。
静はキッチンで、アリアたちが探索の合間に手軽に食べられるよう、おにぎりを握っていた。
香ばしいおかか、塩気の効いた梅、軽く炙った魚のほぐし身。具材を変えながら、手際よくひとつずつ形を整えていく。ふっくらと温かなおにぎりを竹皮の包みにいくつかずつ並べると、冷めないうちに空間の彼方へと丁寧に仕舞い込んでいった。
「よし、これくらいあればみんなで十分食べられるかな」
最後の包みを収めたところで、静はふと思い立ち、自身のステータスメニューを開いた。
アリアたちの身支度が整うまで、まだほんの少し時間がある。何気なく透明な画面に並ぶ項目を眺めていると、ふと見慣れない文字が目に留まった。
「あれ……?」
転移機構の欄に、見覚えのない項目がひとつ増えていた。
『《転移機構・拡張II》』
「なんだろう、これ……」
以前、転移機構が拡張された時と同じように、静は指先でその項目をそっと選んでみる。すると、ステータス画面の上にふわりと淡い光の注釈が浮かび上がった。
『条件:星の守りの所有者座標』
『星の守りの所有者がいる場所を基準として、自身が転移可能』
『※同行不可』
「ん……?」
静は浮かび上がった注釈を、もう一度じっくりと読み返した。
「これって……俺が行ったことのない場所でも、星の守りを持っている人のところなら、行けるってこと?」
思い浮かんだのは、今まさに出発の準備をしているアリアたちの姿だった。
探索先が思ったより遠くなったり、帰りが遅くなったりした時。今までは迎えに行こうにも、自分が一度その場所へ足を運んでいる必要があった。
けれど、この機能なら——行きは自分一人でも、向こうでみんなと合流してしまえば、帰りはいつもの転移で一緒に帰ってこられる。
「……お迎えに使えそうだなぁ」
静は胸の奥でふっと温かな納得を覚えながら、そっとステータス画面を閉じた。
◆◆◆
しばらくして、準備を整えたアリアがリビングからキッチンへ声をかけてきた。
「静、準備も出来たことだし、大樹の根元まで送ってもらえるかしら?」
「いいよ。じゃあ、みんな集まって」
静が声をかけると、アリア、リーナ、ミレイア、フィアの四人が、それぞれの幼体を連れて静の周りへ集まってきた。
あかねはアリアの足元で「きゅきゅ」と尻尾を振り、小さなもふもふの翼をぱたぱたさせている。ミレイアの腕の中のルゥも「くぅ!」と鼻を鳴らし、フィアの肩の上のハルは「ひゅん」と小さく風を揺らした。リーナの足元ではマルがまんまるの体を揺らし、「ぷぷぅー!」と得意げに床をぽむぽむ叩いている。
みんな揃っての探検という名のお散歩は久しぶりだと分かっているのか、幼体たちは朝から大はしゃぎだった。
「ふふ、みんな張り切っているわね」
ミレイアが腕の中のルゥを撫でながら微笑むと、フィアも「ハルなんて、昨日の夜からそわそわしてたもんね♪」と楽しそうに笑った。
静はリビングの脇で見守るセリナへ、優しく微笑みかけた。
「じゃあセリナ、みんなを送ってくるから、ちょっと待っててね」
「はい、静様。お気をつけていってらっしゃいませ」
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。一瞬の心地よい浮遊感のあと、一行は大樹の根元に広がる緑地へと立っていた。
◆◆◆
静たちの姿が消え、しんと静かになったリビングで、セリナは足元にちょこんと座るツキへ微笑みかけた。
「さてと、ツキちゃん。静様が戻られたら、エナさんのところへ一緒に行きましょうね」
エナの胸元で揺れるペンダントには、ツキの瞳の形に光る結晶が収まっている。それを知ってか知らずか、ツキは「にゃん!」と誇らしげに胸を張り、お姉ちゃんらしくしっかりと頷いてみせた。
一方その頃、木漏れ日が優しく降り注ぐ大樹の根元。
「それじゃあ、帰りたくなったら連絡板で教えてね。転移も新しくなったみたいだし、いつでも迎えに行くから」
「ええ、ありがとう。用事が済んだら連絡するわね、静」
アリアはいつもの調子で頷き、腰の剣帯を締め直した。
「了解。あっ、これお昼にでも食べてね」
静は何もない空間から竹皮の包みを取り出し、アリアへと手渡した。手のひらにじんわりと伝わる温もりに、アリアの表情がふっと緩む。
「あら、お弁当まで用意してくれたの? まだ温かいわね。ありがとう」
「具はいくつか変えてあるから、選んで食べてね。じゃあ、気をつけて」
静は軽く手を振ると、柔らかな光の粒子とともに屋敷へと戻っていった。
光がスッと消え去った直後。
手帳に今日の探索予定を書き込んでいたリーナの羽根ペンが、ぴたりと止まった。
「……ん? ちょっとアリア。今……静、何か気になること言っていなかったかしら?」
「え? 帰りたくなったら迎えに来てくれるって言っていたけれど……」
アリアがきょとんとして振り返ると、ミレイアも指先を顎にあてて思い返す。
「そうねぇ……確か『転移も新しくなった』とか、そんなことを言っていた気がするわね?」
ハルを肩に乗せたフィアも、「うん、言ってたよ♪」と軽い調子で頷いた。
「言っていたわよね!? 私もうっかり聞き流しかけていたけれど……『転移が新しくなった』って、一体どういうことなの!?」
リーナが手帳から顔を上げて詰め寄ると、アリアは思わず苦笑いを浮かべた。
「ええと……まあ、静のことだから、また何か増えたのかもしれないわね。……って、私もすっかり流しそうになっていたわ」
普段から静の規格外な日常に慣れきっているアリアは、額を押さえて小さくため息をついた。
「前に転移が拡張された時も、静は朝ごはんの話みたいな顔で言っていたのよね……」
リーナは記憶を辿るように遠い目をしてから、手帳の余白に『転移・再拡張? 帰宅後確認』と几帳面に書き込んだ。
「もう、帰ったらしっかりと問いたださないといけないわね」
ぱたん、とリーナが手帳を閉じる。その足元で、マルが「ぷぅ?」と首を傾げて見上げていた。
アリアは苦笑しつつも、腰の剣に手を当てて仕切り直す。
「ふふ、聞くのは帰ってからにしましょう。とりあえず気を取り直して、大樹の北側の調査へ出発するわよ!」
「「「おー!」」」
あかねが「きゅきゅー!」と元気に先頭へ躍り出ると、ルゥ、ハル、マルも「くぅ!」「ひゅん♪」「ぷぷぅー!」と楽しそうに後に続く。ハルの起こした小さな風が、どこからか甘い花の香りを運んできた。
上級冒険者と幼体たちの賑やかな探索隊は、木々の緑が輝く大樹の北側へと、意気揚々と歩みを進めていくのだった。
◆◆◆
柔らかな光の粒子とともに、静が屋敷のリビングへと帰ってきた。
「セリナ、ツキ、ただいま」
「おかえりなさいませ、静様」
「にゃ」
窓辺で待っていたセリナが優しく微笑み、足元のツキも誇らしげに短く鳴いて迎えてくれた。
「それじゃあ、フォルツへ向かおうか」
「はい!」
エナに会えるのが心から嬉しいのだろう。セリナは、ぱっと花が咲くような笑顔で頷いた。
静が再び右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。静とセリナ、そしてツキの姿は、光とともにリビングから消えていった。
次の瞬間、三人の耳に届いたのは、朝の市場へ向かう人々の足音と、どこかの店先から響く呼び込みの声。
活気あふれるフォルツの街が、今日も変わらず三人を迎えてくれていた。




