第七話 小さなお見送りと次の芽吹き
晶石ゴーレムのコロンがお屋敷を訪れた日の夜。
美味しい夕食を堪能したあとも、コロンは庭やリビングでツキにあかね、マルたち幼体組と楽しそうに戯れていた。
やがて夜も更けると、すっかり遊び疲れた幼体たちがリビングのラグの上で身を寄せ合い、まるでひとつの大きなお団子のようになってすやすやと眠り始めた。
ツキだけはすぐには輪に加わらなかった。眠るあかねの頭をそっと舐めて毛並みを整え、ルゥやマルの寝相を鼻先で直し、ハルの尻尾がラグからはみ出していないかまで確かめて回る。そうしてみんなの寝息が落ち着いたのを見届けてから、ようやく団子の端にくるりと丸くなった。
そのすぐ傍らでは、コロンがちょこんと丸い身体で座っていた。眠る幼体たちのそばで、体内の光を「ポワポワ」と優しく明滅させている。
ツキは片目だけを開けてコロンを見ると、「にゃ」と小さく一声鳴いた。
コロンの光が、それに応えるように「ポワ」とひとつ瞬く。
まるで、今夜は二人で幼体たちを見守っているかのようだった。屋敷の穏やかな空気に溶け込むようなその温かな光は、幼体たちの心地よい寝息をやさしく包み込んでいた。
◆◆◆
翌朝
柔らかな朝日が差し込む中、静は朝食の準備のために裏の畑へと足を運んでいた。足元には、いつものようにツキがとことことついてきている。
朝露の降りた新鮮な野菜を丁寧に収穫していると、畝の間を見回っていたツキがふと顔を上げ、耳をぴんと立てる。少し遅れて後ろから「てくてく」と可愛らしい足音が近づいてきた。
振り返ると、コロンが小さな身体を揺らしながら歩いてくるところだった。
コロンは静の足元まで来ると、小さな手でちょんちょんとズボンの裾に触れ、体内の光を「ポワポワ」と揺らめかせながら、片手を「ふりふり」と小さく振ってみせた。
「ん? どうしたの?……もしかして、大樹に帰る挨拶に来てくれたのかな?」
静がその場にしゃがみ込み、コロンの目線に合わせて優しく問いかける。
コロンは言葉を発しないものの、首を「ちょこん」と上下に小さく振り、体内の光を嬉しそうに揺らめかせて「そうだよ」と答えるような仕草をした。
「そっか。昨日はいっぱい遊べて楽しかったかい?」
コロンが「ポワワ」と光を明滅させて大きく頷くと、静はふわりと表情を緩めた。
「また来たくなったら、いつでも遊びに来ていいからね。そうだ、お土産にこれを持っていきなよ」
静が何もない空間へ手をかざすと、手のひらにいくつかの小さく輝く魔力結晶が現れた。それをコロンの前へと優しく差し出す。
コロンは小さな手で大切そうに結晶を受け取ると、胸元へ抱え込んだ。そして静に向かって一度頭を「こてん」と斜めに傾けてお礼を言うと、そのまま「てくてく」と花壇の脇にある小さな祠へと歩いていった。
その隣を、ツキが当然のような顔で並んで歩いていく。
祠の前まで来ると、ツキはコロンの丸い頭にちょこんと鼻先を寄せ「にゃ」と短く鳴いた。『またね』とでも言うようなその仕草に、コロンの光がぽうっと一段明るく灯る。
コロンがもう一度だけ静とツキへ片手を振り、祠の中に小さな足を踏み入れると、ふわりと柔らかな光の粒子が立ち昇り、その姿はスッと大樹の三層目へと消えていった。
ツキは光の粒が消えきるまでじっと祠を見つめていたが、やがて尻尾をぴんと立てて静のもとへ戻ってきた。
「ツキ、お見送りありがとう。お姉ちゃんは大変だね」
静が頭を撫でると、ツキは「にゃ!」と誇らしげに胸を張ってみせた。
◆◆◆
収穫した野菜を両手に抱えてキッチンへ戻った静は、いつものようにセリナと並んで朝食の下ごしらえを始めた。ツキは窓辺の日だまりに陣取り、二人の手元を眺めながらゆったりと毛づくろいをしている。
「そういえばね、さっきコロンが大樹へ帰っていったよ。ツキが祠の前までお見送りしてくれてね」
包丁でトントンと小気味よく野菜を刻みながら静が告げると、セリナは窓辺のツキに目をやり、愛おしそうに目を細めた。
「そうなんですね。ツキちゃん、ちゃんとお見送りしてあげたんですね。コロンもツキたちと本当に楽しそうに遊んでいましたし、またいつでも遊びに来てくれると嬉しいですね」
「そうだね。コロンなら、あの祠を通ってまた来られるみたいだし、次に来るのをみんなで楽しみに待っていようか」
「はい、静様」
ふたりで微笑み合いながら手際よく準備を進め、温かな朝食を完成させていく。
やがて身支度を整えたアリア、フィア、ミレイア、リーナがリビングへ集まり、全員で賑やかに食卓を囲んだ。
香ばしい焼きたてのパンとスープを味わいながら、アリアがふと思い立ったように口を開いた。
「静、今日からまた調査の続きをしようと思っているのよ」
「調査?」
静がスープのカップを置いて首を傾げると、となりのリーナが手帳を開きながら補足した。
「ええ。今回は大樹のあるエリアを、少し北側に進んで調べてみようと考えているの。そろそろ北側も暖かくなってきた頃だし、珍しい魔法植物や素材が見つかるかもしれないでしょう?」
「フォルツのギルド支部長のバイトンさんも、競売の結果がすごく良かったから、もし余分な素材が入ったら流してほしいとおっしゃっていたものね。ちょうど良い機会だわ」
ミレイアが上品に微笑むと、フィアがずいっと身を乗り出して目を輝かせた。
「もしかしたら、すっごく美味しい食べ物が見つかるかもしれないよ♪」
四人が楽しそうに次の探索計画を話し合っていると、その会話を聞いていたあかねたち幼体組が、そわそわと落ち着きなく動き始めた。
前回のレナードとの外縁部調査ではお留守番だったあかねは、アリアの足元に駆け寄ると「きゅきゅー!」と『今度は一緒に行く!』と言わんばかりに力強く尻尾を振った。
それを見たセリナが、くすっと可愛らしく微笑む。
「アリアさん、あかねたちがすごく一緒に行きたそうにしていますよ」
アリアは自分のブーツにすり寄ってくるあかねを見下ろし、「もう、しょうがないわね」と苦笑交じりに膝を折った。
「この間はお留守番してもらったものね。よしよし、今日は一緒に行こうか」
「きゅきゅ♪」とあかねが大喜びで跳ね回ると、フィアも肩の上でハルを撫でながら声を弾ませた。
「やったー! ハル、今度は一緒に行けるよ♪」
「ひゅん!」
ハルも嬉しそうに背中の小さなもふもふの翼をパタパタさせて、フィアの周りの空気をふわりと弾ませる。
ミレイアも膝の上のルゥを優しく抱き上げ、「ふふっ、ルゥも一緒に行きましょうね」とロップイヤーのような耳を優しく撫でてやった。ルゥは「くぅ!」と甘えた声を上げてミレイアの胸元に顔を寄せる。
一方、リーナの足元では、もふもふの毛皮を揺らしたマルが「ぷぷぅー!」と鼻を鳴らし、小さな手でリビングの床を「ぽむぽむ」と叩いて楽しそうにしていた。
「マルは……もちろん行く気満々なのね」
リーナが呆れつつも嬉しそうにマルの頭を撫でてやると、マルは誇らしげに胸を張ってみせた。
そんな大騒ぎの中、ツキだけは静の椅子の脇で行儀よく座り、はしゃぐ弟妹たちを一歩引いたところから穏やかに見守っている。
幼体たちの賑やかな様子を和やかに眺めていた静が笑いかける。
「それじゃあ、大樹の北側エリアの途中まで送っていくよ。帰る時は、いつものように連絡板で教えてね」
「ええ、助かるわ。お願いね、静」
「あ、静様。アリアさんたちを送り届けたあと、私はまたエナさんのところへ仮設診療所の手伝いに行って来てもよろしいでしょうか?」
セリナが少し上目遣いに静に尋ねると、静は即座に優しく頷いた。
「もちろんいいよ。エナもセリナが来てくれたらすごく心強いだろうしね」
すると、それまで静かに座っていたツキがすっと立ち上がり、とことことセリナの足元へ歩み寄った。そしてセリナを見上げて、「にゃ」とひとこと鳴く。
「ツキちゃん……一緒に来てくれるんですか?」
セリナが目を丸くすると、ツキはもう一度「にゃ」と答え、当然とばかりにセリナの足元にちょこんと座り直した。
「ははっ、ツキはセリナの付き添いを買って出てくれたみたいだね。じゃあツキ、セリナのことをよろしくね」
「にゃ!」
誇らしげに胸を張るツキに、セリナは「ありがとうございます、ツキちゃん。心強いです」と嬉しそうに微笑んで、その小さな頭を優しく撫でた。
「……それじゃあ、俺はバルドランさんから貰った『醤』を使って、何か新しい試作品でも作ってみようかな」
静の言葉に、真っ先に反応したのはやっぱりフィアだった。
「えっ!? 試作品!? 静、美味しいのが出来たら絶対に残しておいてね!? 帰ってきたら一番に食べるから!」
フィアが身を乗り出して猛アピールすると、あかねやルゥ、ハル、マルたちも「きゅきゅ!」「くぅ!」「ひゅん♪」「ぷぷぅー!」と『ボクたちの分も残しておいてね!』と言わんばかりに一斉に鳴き声を上げた。
少し遅れて、セリナの足元からも「……にゃ」と控えめな、けれどしっかりとした一声が上がる。
「あはは、ツキもか。分かった分かった。みんなの分もちゃんと作っておくからね」
静が和やかに笑うと、お屋敷のリビングには温かな笑い声が広がり、今日という新しい一日が賑やかに動き始めるのだった。




