第三話 小さな名付けと賑やかなお披露目
競売の報告を終えて冒険者ギルドをあとにしたアリア、フィア、ミレイア、リーナの四人は、フォルツの賑やかな大通りをのんびりと歩いていた。
通り沿いには香ばしい匂いを漂わせる露店や焼き立てのパン屋が並び、人々の楽しげな声が響き渡っている。
「あっ、アリア! あの店、新作のパンが出てるみたいだよ!」
フィアが目を輝かせて指差したのは、木造の可愛らしいパン屋の店頭。焼きたての香ばしいデニッシュパンや、ふっくらと蒸し上げられた肉まんのような熱々の具入りパンがずらりと並んでいる。
「ふふっ、本当にフィアは美味しいものを見つけるのが早いわね」
ミレイアが微笑むとアリアも「それじゃあ、静たちへのお土産も兼ねて色々買っていこうか」と提案する。
四人はお店で焼きたての具入りパンや甘い春果実のパンをたっぷりと買い込むと、まずは自分たちの分として熱々の具入りパンを頬張った。
もちもちとした生地を噛み締めると、中からジューシーなお肉とハーブの旨味が溢れ出す。
「んん〜っ! 熱々でとっても美味しい! 静の料理には敵わないけど、これもなかなかの味だよ!」
「そうね。生地の食感も良いし、この具材の組み合わせは静ならどんなソースでアレンジするかしら」
「静もセリナも、きっと喜んでくれるわね。マルたちには柔らかい果実のパンを小さく分けてあげましょうか」
リーナが手帳を小脇に抱えながら満足そうに頷くと、四人は楽しそうにおしゃべりを弾ませながら、美味しくお土産を仕入れていった。
◆◆◆
その頃、お屋敷の庭では静とセリナ、そしてツキたちが小さな祠と晶石ゴーレムを囲んでいた。
「うーん……大樹の三層目と、この祠が繋がっているみたいなのは分かったけど、毎回『晶石ゴーレム』って呼ぶのも、ちょっと味気ないよね」
静が腕を組んで言った。
「そうですね。すっかり庭の掃除もお手伝いしてくれて、仲良くなりましたもの。何か可愛らしいお名前をつけてあげられたら素敵ですね」
セリナが優しく微笑むと、足元のツキも「にゃあ」と賛同するように黒い尻尾を揺らした。
「よし、じゃあ名前を考えてみようか!」
静は意気込んで、膝丈ほどの小さな晶石ゴーレムを見つめた。
透明感のある琥珀や水晶の欠片、丸い体で首を斜めに「こてん」と傾ける可愛らしい仕草、そしてポワポワと灯る光。
「うーんと……『いしお』……とか?」
静が提案すると、セリナは「ふふっ」と思わず口元を押さえて苦笑いを浮かべた。
ツキも「にゃ……」と何とも言えない微妙な表情で耳を少し伏せ、あかねやマルたちも「きゅ?」「ぷぅ……」と首を傾げている。
「あ、あれ? あんまりかな……? じゃあ、首を傾けるから『コテン丸』とか、光るから『ポワ助』とか……」
さらに繰り出される独特すぎるネーミングセンスに、セリナはついに忍び泣くような笑い声を漏らしてしまった。
「ふふっ、すみません静様……! 静様のお優しさはとても伝わってくるのですが、もう少し……可愛らしいお名前にして差し上げるのはいかがでしょうか?」
「うぅ、やっぱり俺、名前をつけるセンスが無いのかなぁ……。セリナ、何か良い案はあるかい?」
静が困り顔で頼ると、セリナは少し考えたあと、晶石ゴーレムの丸く愛らしい体躯と、コテンと首を傾げる仕草を愛おしそうに見つめた。
「そうですね……丸くて可愛らしくて、転がるようにてくてくと歩く姿から……『コロン』さん、というのはいかがでしょうか?」
その瞬間、ツキが嬉しそうに「にゃん!」と高く鳴き、あかねやハル、マル、ルゥたちも「きゅきゅ!」「ひゅん♪」「ぷぷぅ!」「くぅ」と一斉に大賛成の声を上げた。
「あはは、みんなすごく気に入ったみたいだね! うん、すごく可愛くてぴったりだよ」
静はかがみ込み、晶石ゴーレムと目線を合わせた。
「君の名前は『コロン』だよ。どうかな、コロン?」
問いかけられた晶石ゴーレム——コロンは、体内の光を「ポワワッ!」とひときわ明るく輝かせ、小さな身体を「ちょこん、ちょこん」と上下に跳ねさせて大喜びしてみせた。
静の胸の奥が、じんわりと温かくなった気がした。
隣で見守っていたセリナも、ふと風が優しく吹き抜けたような心地よさを覚え、胸の前でそっと手を重ねる。
(なんだか……お屋敷を包む穏やかな気配が、ほんの少しだけ柔らかく深まったような気がします……)
セリナが優しく目を細めていると、静のポケットの中で連絡板が仄かにぽわんと光を放った。
取り出してみると、アリアからのメッセージが届いている。
【アリア:用事が済んだわ。今フォルツの上弦の宿の一室にいるから、迎えをお願いできるかしら?】
「アリアたちからだね。買い物が終わったみたいだから、迎えに行ってくるね」
「はい、静様。いってらっしゃいませ」
静が右手を軽くかざすと、ふわりと柔らかな光の粒子が静を優しく包み込み、次の瞬間にはフォルツの「上弦の宿」の静かな客室へと転移していた。
◆◆◆
客室で待っていたアリアたちは、光とともに現れた静を見てニッコリと微笑んだ。
「静、ありがとう。無事に用事が済んだわ」
「お帰り、みんな! 何か良いものは買えたかい?」
「ええ、競売の件もすごく上手くいったし、美味しいパンもたくさん買ってきたのよ! お屋敷に帰ったら、みんなで一緒に食べましょうね♪」
フィアが嬉しそうにパンの大きな紙袋を抱えて言った。
「それじゃあ、お屋敷に帰ろうか」
静が再び右手をかざすと、柔らかな光の粒子が全員を包み込み、一瞬でお屋敷の広々とした庭へ戻ってきた。
光が収まり、庭の空気を感じたアリアたちがふと足元へ視線を落とすと——そこには、あかねやマルたち幼体組に混ざって、ちょこんと座っている身長三十センチほどの輝く存在がいた。
「……あら?」
「えっ!? この子……大樹にいた晶石ゴーレムじゃない!? 静、どうしたの!? 可愛いからって、大樹から連れてきちゃったの!?」
フィアが驚いて目を丸くし、身を乗り出して静に尋ねた。
静は苦笑しながら後頭部を掻いた。
「いやいや、連れてきたんじゃないんだよ。今朝、気がついたら庭でマルたちと遊んでいてね……」
「気がついたらって……普通は大樹の三層目からここまで歩いて来られないわよね?」
アリアが思わず苦笑交じりに困惑すると、ミレイアとリーナがコロンの体躯をじっと観察した。
「ん? 何かこの子の雰囲気……大樹で会った時と少し違う気がするわね?」
「そうね。単純な魔力的な気配というよりは……どこか、このお屋敷の空気と馴染んでいるような……」
二人は首を傾げたが、すぐに顔を見合わせてクスリと微笑んだ。
(まあ、静の周囲で起きることだもの……いつものことね)
と、半ば呆れつつもすっかり慣れ切った様子で納得したのだった。
「実はね、この子に『コロン』って名前をつけたんだ。それに……そこの花壇の脇にある小さな祠を通って、大樹の三層目とここを行き来しているみたいなんだよ」
静がそう告げると、アリアたちは「えっ!? あの小さな祠から大樹へ!?」と目を輝かせ、興味津々で庭の木陰へと歩みを進めるのだった。




