第二話 小さな祠と芽生える繋がり
「たいへんお待たせいたしました」
重厚な応接室の扉が開き、フォルツ支部長バイトンが入室してきた。
フォルツ支部長バイトンは手元の書類をテーブルに広げると、アリアたちに向かって穏やかな笑みを浮かべ、丁寧な説明を始めた。
◆◆◆
「――以上が、今回の競売結果となります」
説明を終え、提示された金貨の額を見たアリアたちは、思わず顔を見合わせた。
「なるほど……私たちが思っていたよりも、ずっと大きな金額になったわね」
「でしょうな」
フォルツ支部長バイトンは苦笑しながら深々と頷いた。
「特にあの空白地帯で採取された薬草や果実の品質の高さはもちろんのこと、『どこで採取されたものなのか』という稀少性の点でも極めて高く評価されました。今回の落札者の中には、今後も同様の素材を手に入れたいと強く希望している薬師や研究者もおります」
「今後も……ですか?」
ミレイアが尋ねると、フォルツ支部長バイトンは少しだけ表情を改め、真面目な顔つきになった。
「ええ。ただし、私どもとしても皆様に無理をしてまで採取に行っていただきたいとは考えておりません。あの場所がどれほど特殊で危険な場所なのかは、重々承知しておりますからな」
「それはそうね」
アリアも頷く。
「私たちが空白地帯に行くのも、必要だから採りに行っているわけじゃないものね」
「はい。ですが――」
フォルツ支部長バイトンは一枚の書類を静かにテーブルの中央へ置いた。
「もし今後、皆様がかの場所を探索される中で、手元に余分に採取された素材がございましたら……今回と同じように、こちらで責任を持って取り扱わせていただくことはできます」
書類に目を落としていたリーナが、知的な瞳を上げて問いかけた。
「つまり、通常の冒険者向け市場へ無造作に流すのではなく、ギルド側で需要のある適切な人物へ慎重に仲介する、ということかしら?」
「その通りです」
フォルツ支部長バイトンは頷いた。
「希少すぎる素材ほど、扱いを誤れば市場の混乱や良からぬ争いを招きます。ですが、皆様からお預かりした品であれば、出所も品質も確かです。本当に必要としている信頼できる薬師や研究者へ、慎重に渡すことができるでしょう」
アリアはしばらく考えを巡らせたあと、静かに口元を緩めた。
「分かったわ。今後そういう素材が手に入ったら、静に相談してみるわね」
「ありがとうございます」
フォルツ支部長バイトンは心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「では、今後ともよろしくお願いいたします」
こうして、空白地帯で偶然手に入れたものを競売に出しただけだったはずの小さな縁は、お互いの信頼のもと、少しずつ新しい繋がりへと形を変え始めていたのだった。
◆◆◆
応接室を出て冒険者ギルドを後にしたアリアたちは、フォルツの街の賑やかな通りを和やかに歩いていた。
「……ねぇフィア、あなた支部長の説明を聞いている時、途中でちょっと寝そうになっていたでしょう?」
リーナがジト目で覗き込むと、フィアは「そっ、そんなことないよ!?」とキョロキョロしながら挙動不審に尻尾を振った。
「ふふっ、しょうがないわよ。フィアは難しい交渉事や書類の話はあまり得意じゃないものね」
ミレイアがくすくす笑うと、アリアも楽しそうに肩をすくめた。
「まあ、いいんじゃない? その代わりフィアは野営の準備や探索では私たちよりずっと頼りになるし、まさに適材適所よ」
「そうそう、適材適所! 探索とか調査なら任せておいてよ♪」
「まったく、調子が良いんだから」
四人は弾んだ笑い声を響かせながら、陽光の差し込む街並みを進んでいくのだった。
◆◆◆
一方その頃、お屋敷の広大な庭では――
あかねたちにおやつをあげ終え、庭の様子をのんびり眺めていた静が、ふと花壇の端に見慣れない物体があることに気づいた。
「あれ? あんなの無かったと思うけど……いつの間に出来たのかな?」
静が首を傾げながら近寄っていくと、後ろからセリナとツキも興味津々でついてくる。
花壇の脇の木陰にひっそりと佇んでいたのは、静の膝ほどの高さのごく小さな石造りの祠だった。
「これって……大樹にあった祠に雰囲気が似ている気がするけれど……?」
「そうですね。少し小さめですが、あの大樹の祠にとてもよく似ている気がしますね」
セリナはそう言いながら、小さな祠にそっと手をかざしてみせた。
「……神気とも魔力とも違う様な、不思議な気配がします。リーナさんやミレイアさん、フレイアさんたちなら、何かお分かりになるかもしれませんね」
ツキも「にゃ?」と不思議そうに黒い尻尾を揺らした。
小さな祠の中には何も入っていない小さな空洞になっている。
すると後ろの方から、「てくてく」と可愛らしい足音が聞こえてきた。
振り返ると、晶石ゴーレムが小さな身体を揺らして歩いてくるところだった。
ゴーレムは静の足元まで来ると、小さな手でちょんちょんと静のズボンの裾を触り、顔を上げた。体内の二つの光の粒が「ポワポワ」と温かく揺らめいている。
晶石ゴーレムは静の足元から離れると、小さな祠へ向かって「てくてく」と歩いていき、そのまま祠の中へ小さな身体を踏み入れる。
『ぽわっ』
祠の奥で淡い光がふわりと揺らめき、晶石ゴーレムの姿がすっと消えていく。
「……えっ?」
静が目を丸くして祠を覗き込むが中には何もない。
「どういうこと……?」
セリナも驚いたように祠を見つめていると、数秒もしないうちに――
『ぽわっ』
再び淡い光が揺らめき、晶石ゴーレムが祠の中から「てくてく」と姿を現した。
まるで何事もなかったかのように静たちを見上げ、頭を「こてん」と斜めに傾けてみせる。
「…………」
静はしばらく祠と晶石ゴーレムを交互に見つめた。
それを見ていたツキが興味を惹かれたように「にゃあ」と声を上げ、自分も祠の中へトコトコと足を踏み入れてみた。
……が、何も起こらず
ツキはそのまま祠の裏側へ通り抜けてしまう。
「にゃ……?」
首をかしげて戻ってくるツキを見て、静はハッと手を打った。
「もしかして……君、この祠から大樹の三層目に行ったり来たりできるの?」
問いかけると、晶石ゴーレムは答える代わりに、体内の光を「ポワポワ」と嬉しそうに揺らめかせ、小さな身体をちょこんと上下に揺らしてみせた。
「静様、どうやらそのようですね。ツキが入っても何も起きませんでしたし、もしかすると、この晶石ゴーレムさんだけが通れる特別な祠かもしれないですね」
「にゃにゃ!」
セリナの言葉に、ツキも「きっとそうに違いない」と言わんばかりに可愛らしくお返事をしたのだった。




