第一話 小さな庭師と楽しみな予想
セレニアへの賑やかなお出かけから一夜が明け、お屋敷にはいつもの穏やかで温かな朝が訪れていた。
朝食を全員で美味しく終えたあと、アリアがハーブティーを一口飲んでから、静に向かって声をかけた。
「そういえば静、この間バイトンさんの勧めで冒険者ギルドの競売に出した、大樹の薬草や果実のことなんだけど……そろそろ競売の期間が終わったと思うから、私とフィア、ミレイア、リーナでフォルツに行って様子を見てくるわね」
「あ、そうだね! すっかり忘れていたよ。結果がどうなったか気になるし、よろしく頼めるかな?」
「ええ、任せてちょうだい。用が済んだら連絡板で呼ぶわね」
アリアが頼もしく頷くと、フィアも「どんな結果になってるか楽しみ〜♪」と嬉しそうに跳ねた。
今回は街へのちょっとした買い出しと確認ということもあり、あかね、ルゥ、マル、ハルたち幼体組はお屋敷の庭でお留守番をすることになった。
「それじゃあ、フォルツまで送っていくね」
静が右手を軽くかざすと、ふわりと柔らかな光の粒子が静とアリアたち四人を優しく包み込んだ。心地よい浮遊感ののち、光がさらりと収まった瞬間には、一行の姿はフォルツの街の人の気配がない物陰へと一瞬で移動していた。
「ありがとね、静。用が終わったらすぐ連絡するわ」
「うん、気をつけてね」
アリアたちを見送った静は、再び右手を軽くかざして光の粒子に包まれ、一瞬でお屋敷の庭へと転移で戻ってきた。
お屋敷の広大な庭からは、元気なお留守番の幼体たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
「ぷぷぅー!」「くぅ」「きゅきゅー!」「ひゅん♪」
「あはは、みんな元気に遊んでいるね。……よし、セレニアで買ってきたおやつでも持って行ってあげようか」
静はキッチンでお皿に一口サイズのおやつを取り分けると、リビングのテラスから日当たりの良い庭へと足を踏み出した。
庭の中央にある大きな樹の木陰では、あかねとハルが追いかけっこをし、その少し離れた花壇の脇でマルとルゥが仲良く土いじりをしていた。
……のだが。
マルのすぐ隣に、見慣れない『小さな人影』がある。
「みんな、おやつを持ってきたよー……って、ん? ……んん!?」
静は手に持ったお皿と花壇の脇を交互に見比べ、思わず二度見をした。
そこにいたのは、間違いなく大樹の三層目・晶石の庭園で出会った、あの『晶石ゴーレム』だった。
身長三十センチほどで、まんまるな身体に短い手足がついた小さく可愛らしい姿。透明感のある琥珀や水晶の小さな欠片が集まった身体は淡く輝き、顔にあたる部分には二つの光の粒が「ぽわっ」と温かく灯っている。
「えっ……!? どうしてここにいるの!? っていうか、大樹の三層目からどうやってここまで来たの!?」
静が驚いて声を上げると、晶石ゴーレムは静の声に気づいて「てくてく」と歩み寄り、全身を「こてん」と斜めに傾けてみせた。体の中で透ける光が「ポワポワ」と柔らかく揺らめいている。
何を尋ねても答えが返ってこず、ただ首を傾げるばかりのゴーレムを前に、静が困惑していると、静かな足音とともにセリナとツキがやってきた。
「静様、どうされたのですか? ……あらあら? 晶石ゴーレムさん、どうしてここにいらっしゃるのですか?」
セリナも目を丸くして驚き、その隣に立つツキも「にゃにゃ?」と不思議そうに黒い尻尾を揺らして首を傾げた。
「分からないんだよ……。気づいたら庭でマルたちと遊んでいて。……でも、大樹の三層目からここまで普通に歩いてくるなんて無理だよなぁ」
静は腕を組んでうーんと唸ったが、晶石ゴーレムがまったく悪びれる様子もなく、ポワポワと光を揺らめかせながら嬉しそうにお屋敷の庭を見渡している姿を見て、すぐに力を抜いて苦笑した。
「……まあ、いっか! 害があるわけでもないし、ここに居たいならゆっくりしていってね」
静はふと、晶石ゴーレムの姿を見つめた。
「……でも、ここまで来たってことは、大樹に戻る場所とか、大丈夫なのかな?」
そう問いかけると、晶石ゴーレムは一度だけ大樹のある方角へ身体を向けた。
けれど、すぐに視線を戻す。
その小さな身体が向いた先には、花壇と畑、そして穏やかな風に揺れる庭の草花があった。さらにその先には、静たちが暮らすお屋敷がある。
晶石ゴーレムはしばらく庭を見渡したあと、マルの隣まで「てくてく」と歩いていく。
そしてマルが土を整えている姿をじっと眺めると――。
「ぽわっ」
身体の中の光が嬉しそうにひときわ明るく輝いた。
「……ここがいいの?」
静が尋ねると晶石ゴーレムは答える代わりに、小さな身体をちょこんと上下に揺らした。
「そっか」
静は思わず笑みを浮かべる。
「じゃあ、しばらくここにいようか。うちの庭、広いからね」
「ぽわぁ……」
晶石ゴーレムの身体から、柔らかな光がふわりと広がった。
その様子を見ていたセリナも、嬉しそうに微笑む。
「きっと、このお屋敷が気に入ったのですね」
「そうみたいだね」
静はそう言って、晶石ゴーレムの小さな頭をそっと撫でた。
静はお留守番のあかねたちにおやつを配り、晶石ゴーレムには「遠くから来てお腹が空いたかい?」と、空間から自然に小さめの魔力結晶を取り出して差し出した。
ゴーレムが小さな手を伸ばして「ぽすん」と結晶を受け取ると、ひんやりとした結晶を抱え、体の中の光を「ぽわ……」と温かく発光させた。心なしかとても嬉しそうに身体をゆすっている。
しばらく静たちがその様子を見守っていると、マルが花壇の固い土を短くて丸い前足で「ぽむぽむ」と丁寧に叩き始めた。
それを見た晶石ゴーレムも、すぐにマルの隣へ「てくてく」と歩いていく。
そして、小さな手を土へちょこんと当てると――。
「ぺち、ぺち」
マルの動きを真似するように、土を丁寧に叩き始めた。
「ぷぷぅ!」
マルが嬉しそうに鳴く。
すると晶石ゴーレムも
「ぽわっ」
と身体の中の光を明るく輝かせた。
マルが少しだけ横へ移動すれば、ゴーレムもその隣へ。
マルが別の場所の土を整えれば、ゴーレムも後をついていく。
いつの間にか二人は並んで、花壇の土を少しずつ柔らかく整えていた。
「ふふっ……」
セリナが口元に手を添えて微笑む。
「もうすっかり仲良しですね」
「本当だね。マルも嬉しそうだ」
静も笑いながら二人を見つめる。
やがて晶石ゴーレムは、周囲に落ちていた枯れ葉や小さな雑草にも気づいたらしい。
一枚ずつ器用につまみ上げては、一箇所へ丁寧に集め始める。
「ぷぷぅ!」
「ぽわっ」
小さな声と柔らかな光が、朝の庭に重なっていった。
◆◆◆
一方その頃、静に転移で送ってもらったアリア、フィア、ミレイア、リーナの四人は、活気に満ちたフォルツの冒険者ギルドへと到着していた。
重厚な扉を開けて中へ入ると、掲示板前で賑わう冒険者たちの視線をくぐり抜け、受付カウンターへと向かう。
「あら、アリアさん! 皆様いらっしゃいませ!」
受付にいた顔なじみの受付嬢サーシャがアリアたちの姿を見るなり、パッと表情を明るくさせた。
「サーシャさん、こんにちは。この間の競売の件で立ち寄ったんだけど……」
アリアがそう切り出すと、サーシャは心得たとばかりに深く頷いた。
「はい! 支部長のバイトン様から『アリアさんたちがお越しになったら、すぐに別室へご案内するように』とお言付かりしております。あいにくバイトン様は現在執務室におりますので、すぐにお呼びしてまいりますね。どうぞこちらの応接室へ!」
サーシャに案内され、四人は重厚な応接室のソファへと腰掛けた。
サーシャが丁寧にお茶を淹れて退室したあと、扉が閉まるのを確認したアリアが、苦笑いを浮かべながら呟いた。
「やっぱり……こうなるわよね」
「まぁ、あの大樹で採れた希少な薬草や果実を競売にかけたんだもの。支部長が直接対応するレベルの、なかなか良い金額になったんじゃないかしら?」
リーナが手帳を閉じながらクスリと微笑むと、ミレイアも優しく目を細めた。
「ふふっ、競売の結果を聞いたら、きっと静も驚くでしょうね」
「え〜? 静ならきっと『へぇ、それはすごいねぇ』って、いつもみたいにのんびり笑うくらいだよ♪」
フィアが足をゆらゆらさせながら無邪気に笑う。
四人は和やかに会話を弾ませながら、支部長・バイトンが部屋へやってくるのを楽しみに待つのだった。




