第二十四話 焼きたての香りと小さなお姉ちゃん
ツキが嬉しそうに黒い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、食欲をそそる香ばしい匂いの元へと小走りで向かっていく。
ルナとサンもその後ろをトコトコとついていき、三匹の幼体たちはそれぞれに鼻先をひくひくさせたり、翼をぱたぱたと動かしたりしながら、期待に満ちた表情を浮かべていた。
静たちがツキの後に続いて角を曲がると、そこには活気あふれる二つの屋台が並んでいる。
左側の屋台から香ばしく焼き上げられた生地の匂いと、香ばしいハム、濃厚なチーズ、とろりとした卵の旨味が混ざり合った【食事焼き】の食欲をそそる香りが漂ってくる。
右側の屋台から瑞々しい春果実の甘酸っぱい香りと、黄金色の蜜の優しい甘さが広がる【甘味包み】の幸せな匂いがふわりと漂っていた。
静は二つの屋台を見比べながら、思わず目元を緩めて笑ってしまう。
「……うわぁ、食事の香ばしい匂いと、甘い良い匂いが両方漂ってくるね。どっちもすごく美味しそうだなぁ」
「静様、こちらは【食事焼き】ですね。手軽で腹持ちも良いので、忙しい商人さんや冒険者さんたちの間で大人気だと聞いたことがあります」
セリナが感心したように頷くと、フォルティナも興味深そうに目を細めた。
「片手で持って手軽に食べられる軽食は本当に便利そうですね。活気ある街らしさが溢れている気がします」
「こちらは【甘味包み】ね。サン、美味しそうだからって、あまり前に出すぎてお店の邪魔をしちゃダメよ?」
フレイアの言葉に肩の上のサンは「ぴぴっ!」と元気よく返事をしながら、甘い香りに誘われるように羽をパタパタと揺らしていた。
ツキは左側の屋台の前でぴたりと座り込むと、静を見上げて「にゃ……」と少し控えめに鳴いてみせた。その尻尾は期待に満ちて「ゆらゆら」と激しく揺れている。
静はツキの前にかがみ込み、目線を合わせて優しく語りかけた。
「ツキ、どっちの屋台のものが食べたいかな?」
するとツキは左の屋台と右の屋台をキョロキョロと交互に見比べ、前足をちょいと左へ向けたかと思えば、すぐに右へもちょいと伸ばしてみせた。
どちらもあまりにも美味しそうな匂いがするため、決めかねて迷っているようだ。
セリナが思わずくすっと微笑む。
「ふふ、どちらも魅力的で迷ってしまいますよね」
「春の街らしい賑やかな屋台ですもの。両方とも購入して、みんなで少しずつ分けていただくのも良いかもしれませんね」
フォルティナの柔らかで優しい提案に、静は苦笑しながら懐から財布を取り出した。
「そうだね……じゃあ、両方買っちゃおうか!」
静の言葉を聞いた瞬間、ツキの黒い尻尾が一気にぶんぶんと激しく振り振られたのだった。
◆◆◆
静たちはまず、出来立て熱々の【食事焼き】を受け取った。
屋台の主人が手際よく鉄板で薄く焼き上げた生地の中には、旨味たっぷりのハム、トロリとした卵、濃厚なチーズ、そして彩り鮮やかなほうれん草がぎっしりと包み込まれている。
静が紙包みをみんなに手渡すと、セリナたちも嬉しそうに受け取った。
静が一口ふわりとかじりつくと、香ばしい生地の食感と具材の濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
「……うわ、これ本当に美味しいね! 生地がモチモチしていて具材とよく合っているよ」
「本当ですね……! 生地の香ばしさととろけるチーズが絶妙で、とても温まります」
セリナが目を輝かせると、フォルティナも上品に一口頬張り、思わずうっとりと頬を緩めた。
「まあ……! 片手で手軽にいただけるのに、お肉の旨味と濃厚な卵が本格的で本当に美味しいです。フォルツの街の屋台でも試してみたいお味ですね」
「ふふ、この手軽さと濃厚さは癖になるわね。ハーブの効いたハムが良いアクセントになっていて美味しいわ」
フレイアも満足そうに頷きながら楽しそうに味わっている。
静が感嘆の声を上げていると、足元からツキがちょいちょいと前足で静のズボンの裾を引っ張った。
「にゃ……」
「あはは、分かってるよ。熱いから気を付けてね」
静が微笑みながら一口大に小さくちぎって渡してあげると、ツキはそれを自分が食べるのではなく、ルナの前へとそっと前足で押し出した。
「くぉん!」
ルナは嬉しそうにしっぽをふりふりと振りながら、静が小さく冷ましてあげた【食事焼き】を小さな口でちょこんと咥え、嬉しそうにもぐもぐと味わう。
続いてツキは、サンがついばみやすいように、一番柔らかい生地の部分を前足で選び取り、静を見上げて「にゃあ」と鳴いた。
「サンには俺の手からあげるね。はい、どうぞ」
静が指先で持った生地を差し出すと、サンは「ぴぴっ!」と嬉しそうに鳴き、ちょんちょんとつつきながら美味しそうに食べ進めた。
その光景を見守っていたフォルティナが、胸の前で手を重ねて微笑む。
「ふふっ、ツキは本当に優しくて頼もしいお姉ちゃんですね」
「ルナもサンも、ツキを頼りにしているみたいで本当に嬉しそうね」
フレイアも頼もしく頷いた。
ツキは二匹がそれぞれ大満足で食べ終えたのを確認してから、ようやく自分の分の【食事焼き】を前足で押さえ、ぱくりと口に運んだ。
「にゃっ……」
あまりの美味しさに目を細め、尻尾がゆらゆらと幸せそうに揺れる。
◆◆◆
続いて右側の屋台で購入した【甘味包み】を受け取る。
こちらはしっとりと薄く焼き上げた生地の中に、旬の甘酸っぱい春果実と黄金色の甘い蜜がたっぷりと包まれた優しい甘さの一品だ。
静が一口食べると「……んんっ! これも甘くて果汁がジューシーで美味しいなぁ!」と目を丸くさせた。
「ふふ、甘酸っぱい果実と蜜の優しい甘さが広がって、なんだか幸せな気分になりますね」
セリナが和やかに微笑むと、フォルティナも甘味包みを口に運び、ぱっと表情を華やがせた。
「果汁がとってもジューシーで、生地のモチモチ感と合わさってとても美味しいですね」
「食後のデザートにもぴったりね。お茶にもすごく合いそうなお味だわ」
フレイアも感心したように味わっていた。
ツキも【甘味包み】のフルーティーな香りに目を輝かせ、またしても左右の味わいにうっとりとしている。
静は笑いながら【甘味包み】も小さくちぎり、ツキ、ルナ、サンの順番で優しく口元へ渡してあげた。
サンは甘い蜜の香りに「ぴぴっ!」と翼を揺らし、ルナはご機嫌にしっぽをふりふり、ツキは満足そうに目を細めて喉を「にゃあ〜」と鳴らしていた。
◆◆◆
美味しい屋台料理を全員で堪能し、食べ終えたところで静がぽつりと呟いた。
「……これ、フィアに言ったら、絶対に『私も食べたかったー!』って羨ましがるよね」
セリナが楽しそうに笑う。
「ふふ、フィアさんなら間違いなく大喜びで飛びつきますね」
「アリアさんも、この香ばしいお肉とチーズの組み合わせはきっと気にいると思います」
フォルティナが頷くと、フレイアも【甘味包み】の可愛らしい紙包みを見て微笑んだ。
「ミレイアやリーナも、この甘酸っぱい春果実のスイーツは好きそうね。せっかくだから、お屋敷のみんなへのお土産に少し多めに買っていきましょうか」
「うん、そうしよう! すごく美味しかったし、もし食べきれなくても温かいまま空間の彼方に収納しておけば、いつでも美味しく食べられるしね」
方針が決まった静は、両方の屋台の主人に向かって爽やかに声をかけた。
「すみません! こちらの【食事焼き】と【甘味包み】を、それぞれ二十個ずつ包んでもらえますか?」
主人は威勢よく頷き、目を丸くした。
「あいよ、お兄さん! 毎度あり! 数が多いから少しだけ待ってておくれよ!」
主人は手際よく次々と鉄板で生地を焼き上げ、出来立ての温かい【食事焼き】と【甘味包み】をたっぷりと紙包みに詰めて渡してくれた。
静はそれらを受け取ると、人目につかないようにそっと空間の彼方へと大切に収納した。
足元のツキやルナ、サンも、「お屋敷に帰ったらまたみんなで美味しく食べられるかも?」と察したように、嬉しそうに鳴き声を重ねていた。
「よし、これでみんなにも喜んでもらえるといいね!」
美味しいお土産をたっぷりと確保した一行は、春の心地よい風と甘い香りが漂うセレニアの街を散策しながら、合流場所である中央広場へと向かって足取りも軽やかに歩き出していった。




