第二十二話 深まる味わいと広場のハプニング
バルドランに案内され、工房に隣接する賑やかな店舗へと足を踏み入れた静たち。
棚にはズラリと大小様々な壺や瓶が並べられており、店内には芳醇で濃厚な『醤』の香ばしい匂いが漂っていた。
「すごいですね、以前来た時よりもお客さんがずっと多くなっていますね」
静が店内を見渡して感心すると、バルドランは組んだ腕を解き、鼻を鳴らした。
「ふん、多少なりとも味が分かる奴がこの街にも増えてきたってことだろうよ」
「ふふ、あの醤を使ったお料理を食べたら、ファンになってしまう方が増えるのは当然ですよ」
セリナが素直な感想を述べて嬉しそうに微笑むと、バルドランはどこか照れくさそうに頭を掻いた。
「そっ……そうか。まあ、お前達にそう言われるなら、悪い気はしねえがな」
ぶっきらぼうな口調で嬉しさを誤魔化すバルドランに、フレイアがくすりと笑みを漏らす。
ふと棚の陳列を見つめていた静が、瓶の色の違いに気づいて目を輝かせた。
「それにしても……バルドランさん、醤の種類を増やしました? 以前来た時よりも、香りや色の違うものがいくつかあるみたいですね」
「あっ、本当ですね! 私も見ていて気になりました。どんなお味なんでしょうか?」
セリナも興味津々で覗き込むと、バルドランは自信深げに胸を張った。
「ああ。この辺りは冬場が冷え込むからな。赤辛子や香辛料を仕込んだ辛口の奴や、仕込む豆の種類を変えて深みを出した奴を新しく増やしたんだ」
「おお! それはいいですね! ピリッと辛みがある醤も絶対に美味しいですよ。セリナ、今回は何種類か買っていこうか」
「はい、静様! お料理に合わせて使い分けたり、いくつか組み合わせて使ったりしたらとっても楽しそうですね」
静とセリナが弾んだ声で話していると、後ろで商品を眺めていたフォルティナとフレイアも楽しそうに歩み寄ってきた。
「それは素敵ですね。領主館の食堂にも、ぜひ色々と購入していきたいです」
「いいわね。ティナ、私はあの辛口の醤がすごく気になるわ。お肉料理やスープにアクセントとして使えそうだし、あれも買っていきましょう」
二人は棚の瓶を手に取りながら、和気あいあいと選び始める。
そんな静たちの様子を満足そうに眺めていたバルドランは、ふと思い出したように店の奥へ向かうと、小さな小瓶を二つ手にして戻ってきた。
「おい、あんちゃん。これも持っていけ。いま新しく試作している奴だが、食ってみたらまた感想を聞かせてくれ」
「えっ、いいんですか? 嬉しいなぁ。……ん? この香り、何かハーブ系が入っていますか?」
小瓶の木栓を抜いて軽く香りを確かめた静が尋ねると、バルドランは「ほう」と感心したように目を丸くした。
「よく分かったな。爽やかな香味野菜とハーブを漬け込んだ特製だ」
「ハーブ系の醤ですか! お肉のソテーにもお魚料理にもぴったり合いそうですね」
セリナが期待に胸を躍らせていると、バルドランはもう一つの小瓶をフォルティナへと差し出した。
「そっちの嬢ちゃんも、持っていきな」
「まあ、私にまで……ありがとうございます。領主館のフレンツにお渡しして、みんなで大切に味わわせていただきますね」
フォルティナがそう言って深々と感謝を伝え、満面の笑みを向けた。
普段は領主として『高嶺の花』と称されるほどの息を呑む美貌を持つフォルティナが、心からの喜びに顔をほころばせた瞬間、その圧倒的な眩しさにバルドランは一瞬言葉を詰まらせ、思わず顔を赤らめた。
「おっ、おう……気にすんな」
視線を泳がせながら短く返すのが精一杯なバルドランの様子を見て、後ろにいたフレイアが面白そうに目を細めた。
「ふふ、フレンツさんもきっと飛び上がって喜びそうね」
「ええ、次の行商を待たずに試作品まで手に入ったと知ったら、絶対に驚きますね」
店主が気を利かせて、味見用に小さく切ったパンをいくつか差し出してくれる。静はさっそく辛口の醤を少しつけて口に運んだ。
「わっ……ピリッとした後に、じんわりとした旨味が広がるね。これは絶対にお肉料理に合うよ」
「私はこちらのハーブ入りの方も気になりますね……あ、爽やかでとても美味しいです」
セリナも別の一枚に手を伸ばして味わい、満足そうに目を細める。フォルティナとフレイアも順番に味見をしては、「これはスープに」「これは焼き物に」と、それぞれ使い道を思い描いて楽しそうに盛り上がっていた。
こうして少しの雑談を交わした後、バルドランは作業へ戻るために工房の奥へと消え、静たちは試作品の小瓶と複数種類の醤をたっぷりと購入し、満足感いっぱいで店を後にした。
◆◆◆
「今回は色んな種類の醤が手に入って大収穫だったね。どんな料理に合わせようか、今から楽しみだよ」
静が買い込んだ荷物を大切に抱えながら微笑むと、セリナも嬉しそうに頷く。
「はい! お屋敷の皆さんも、新しい味付けにきっと大喜びしますね」
「ふふっ、静さんがとっても楽しそうで私も嬉しいです。また何か新しい美味しい料理ができたら、ぜひ教えてくださいね」
「そうよ静さん、私たちにも絶対に食べさせてちょうだいね?」
フォルティナとフレイアが楽しげに言葉を交わしながら、春の温かな風が吹き抜ける通りを歩いていく。
道すがら、色とりどりの春の花を売る花屋や、出来立ての焼き菓子の甘い香りを漂わせるパン屋の前を通り過ぎるたびに、四人はつい足を止めては顔を見合わせて笑い合った。
「セレニアは本当に素敵な街ですね。フォルツにはない賑やかさがあります」
フォルティナがしみじみと呟くと、フレイアも同意するように頷く。
「そうね。たまにはこうして違う街の空気を吸うのも、良い気分転換になるものね」
様々な商店や賑やかな露店が立ち並ぶ大通りを進み、開放的な中央広場の近くまで差し掛かった時のことだった。
広場の一角では、地元の子どもたちが楽しそうに追いかけっこをして駆け回っていた。
ところが、その中の一人の幼い女の子が足を取られ、地面へ勢いよく転んでしまった。
「うわぁぁん! 痛いよぉ……っ!」
広場に響く、女の子の痛切な泣き声。見れば膝を擦りむいてしまったのか、起き上がれずにシクシクと涙を流している。
それを見た静が心配そうに足を止めた。
「あっ……あの女の子、大丈夫かな? 結構な勢いで転んでいたよね」
静が声を上げるよりも早く、セリナの瞳に優しい決意の光が宿った。
「静様、ちょっと見てきますね!」
「あ、セリナ!」
セリナは迷うことなく、真っ直ぐ女の子の元へと走り出した。
「にゃ!」
ツキがセリナの足元から飛び出し、心配そうに真っ先に女の子の元へ駆けていく。フォルティナの足元にいたルナも「くぉん!」と声を上げ、セリナの後を追う。フレイアの肩にいたサンも「ぴぴっ!」と声を上げ、セリナたちを追うように、頭上を小さく旋回しながら羽ばたいていった。
「フォルティナさん、フレイアさん、俺たちも行きましょう!」
「ええ、行きましょう!」
静たちも頷き合い、泣いている女の子と駆け寄るセリナたちの後を急いで追いかけるのだった。




