第二十一話 小さな優しさと頑固職人との再会
第二十一話 小さな優しさと頑固職人との再会
大道芸人の華やかな演目を楽しみ、再びバルドランの工房へと向かって歩き出したその時だった。
セリナの隣をトコトコと歩いていたツキが、突然足を止めて「にゃっ!」と短く声を上げた。
ツキは後ろを振り返ると、フォルティナの足元にいたルナと、フレイアの肩に乗っていたサンに視線を送り、まるで「ついておいで」と手招きするようにして、パッと脇道の小さな路地へと駆け出していった。
「あれ? ツキ、どうしたの?」
静たちが慌てて後を追いかけると、路地の一角に春限定の甘味を売る小さな屋台が佇んでいた。
店先には小指ほどの大きさに丸められた、『焼き蜜団子』が小皿に山盛りに整えられている。香ばしく炙られたお団子に絡められた蜜の照りが、春の陽光を受けてきらりと輝き、甘く香ばしい匂いがふわりと漂っていた。
ツキはお店の前で足を止め、静をじっと見上げて「にゃ……にゃにゃ……」と、珍しく少し甘えるような、けれど控えめな声を出した。
静が屈み込むとツキはルナとサンを振り返り、二匹が目を輝かせてお団子をじっと見つめているのを確認した。それから再び静の方へ向き直り、お願いするようにもう一度「にゃ」と鳴いてみせた。
その仕草はまるで、「この子たちに美味しいお団子を食べさせてあげたいの」と頼んでいるかのようだった。
「あはは、なるほどね。ツキはお姉ちゃんとして二人におやつを買ってあげたかったんだね」
静は思わず目元を緩め、苦笑しながら店主に声をかけた。
「すみません、この焼き蜜団子を少しいただけますか?」
「はいよ! 可愛いお客さんたちだねぇ。すぐ準備するよ」
店主は優しく微笑み、出来立ての温かいお団子を小さな紙袋に詰めて渡してくれた。
静がその袋を開け、ツキの目の前にそっと置いてあげると、ツキは「にゃ」と小さく鳴いてルナとサンを呼び寄せた。
「くぉん!」
ルナは嬉しそうにしっぽをふりふりと振り、静が紙袋から出してあげたお団子を小さな口でそっと咥え、嬉しそうにもぐもぐと味わい始める。
続いてツキは小さなサンがついばみやすいように、少し小ぶりなお団子を前足でちょいと選び取ると、静を見上げて「にゃあ」と鳴いた。
「サンには俺の手からあげたらいいのかな? はい、どうぞ」
静が指先でお団子を小さくつまんで差し出すと、サンは「ぴぴっ!」と大喜びで声を上げ、静の指からちょんちょんと突きながら美味しそうに食べ始めた。
その微笑ましい様子を見守っていたフォルティナが、感銘を受けたように胸の前で手を重ねた。
「ツキ……本当に優しくて頼もしいお姉ちゃんですね」
フレイアも頼もしく頷き、優しく微笑む。
「サンも本当に嬉しそうだわ。ツキ、ありがとうね」
「ふふ、静様。買って差し上げて本当に良かったですね」
セリナが頬を緩めると、ツキは二匹がそれぞれ大満足でお団子を味わっているのをしっかり確認してから、ようやく自分の分の小さな団子を前足でちょんと押さえ、口へと運んだ。
「ぱくり」と小さなお口で頬張ると、あまりの美味しさに目をつむり、満足そうに「にゃっ……」と喉を鳴らした。
「にゃあ〜」
ツキの黒い尻尾が、ご機嫌にゆらゆらと揺れる。
静はその愛らしい姿を見て、温かく微笑んだ。
「ツキ、偉いねぇ。ちゃんとルナとサンに先にあげてから食べたんだね」
ツキは誇らしげに胸を張ると、静の足元にすり寄って「にゃ」とお礼を伝えるように体を擦り付けた。
ルナはしっぽをふりふり振ってご満悦、サンはフレイアの肩の上で嬉しそうに羽をパタパタと揺らし、三匹はとても幸せそうな表情を浮かべていたのだった。
「静様、こんなに美味しそうなお団子でしたら、アリアさんたちの分も買っていきましょうか」
セリナの提案に、静も「そうだね」と頷き、追加で焼き蜜団子を多めに包んでもらうことにした。
「お土産にも良さそうですし、屋敷のみんなにも味わってもらいましょう」
店主は「毎度あり!」と朗らかに笑いながら、手際よく団子を包んでくれた。
◆◆◆
ちょっとしたおやつタイムを終えた一行は、裏通りを抜けて本来の目的地であるバルドランの工房へと到着した。
工房の近くまで来ると、風に乗ってふわりと独特の香ばしく濃厚な『醤』の香りが漂ってくる。
見やれば以前静たちが訪れた時よりも工房や併設された店舗への人の出入りが格段に増えており、大勢の商人や地元の客で賑わっていた。バルドランの期待していた通り、あの特製『醤』の評判が街や近隣にまでしっかりと広がっているのが一目瞭然だった。
「すごいわね、以前来た時よりもずっと活気があるじゃない」
フレイアが感心したように周囲を見渡すと、フォルティナも嬉しそうに頷いた。
「これなら領主館の食堂のフレンツが言っていた通り、評判を聞きつけた行商人たちがこぞって買い求めに来ているのも頷けますね」
静たちは賑わう店舗の入口を抜け、忙しそうに荷箱を運んでいた店員に声をかけた。
「すみません、本日はバルドランさんはいらっしゃいますか?」
店員は静たちの姿を見ると、丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ! 親方ですね? ええ、奥の仕込み場で作業をされていますよ。少々お待ちください、すぐに呼んでまいります!」
店員が奥へと駆け込んでいき、しばらくすると仕込み場に通じる重厚な扉が開いた。
そこから現れたのは、腕まくりをした体格のいい男——バルドランだった。
手についた汚れを布で拭いながら出てきたバルドランは、静たちの顔を見るなり、少し驚いたように眉をひそめた。
「ふん……誰が来たかと思えば、お前たちか」
相変わらずぶっきらぼうな口調ではあったものの、その眼差しや口元の緩みには、静たちの訪問を心から歓迎し、喜んでいる雰囲気が滲み出ていた。
「バルドランさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
静が柔らかく笑いかけると、バルドランは腕を組んで鼻を鳴らした。
「ふん、元気に決まってるだろう。それより、また『醤』の補充か?」
「はい、実はもう底をつきそうで……。それに、フォルティナさんの居る領主館でもすっかり評判になっているみたいで」
「ほう?」
バルドランはフォルティナへちらりと視線を向けた。
「領主様のところの料理人が、うちの醤を気に入ってくれてるって話は聞いてるぞ。フレンツとかいったか」
「はい、まさにその方です。バルドランさんの醤のおかげで、領主館の食卓もより豊かになっています」
フォルティナが丁寧に頭を下げると、バルドランは照れくさそうに顎の無精髭を撫でた。
「……そうか。まあ、味の分かる奴に使ってもらえるなら、こっちとしても悪い気はしないな」
そっけない言葉の端々に滲む職人らしい誇りに、静たちは思わず顔を見合わせて微笑んだ。




