第十六話 草むらの祠と小さな見張り番
サツマイモの様な草芋やハーブ、貴重な魔法植物の採取が一通り落ち着いた頃、手帳を抱えたリーナが満足そうに息を吐いて草むらから立ち上がった。
「静、魔法植物の採取はこれくらいで十分だわ。種類も豊富だし、お屋敷に帰ってからの研究や調査が本当に楽しみね」
「そうね、保存用もバッチリ確保できたから、急に調合が必要になっても問題なさそうね」
ミレイアがサファイア色の瞳を和ませて同意すると、フレイアが思わず苦笑いをこぼした。
「ふふ、これほど貴重な魔法植物の素材が急に必要になる時なんて……そうそうあったら困るわよ?」
エルフ組の楽しげなやり取りに混ざり、セリナも摘み取った薬草の籠を愛おしそうに抱えて、静の隣へと寄り添った。
「静様。ここは病気治療に使える薬草やハーブの種類が本当に豊富で素晴らしいですね。これなら、お屋敷のみなさんはもちろん、フォルツの街の方々が体調を崩された時でも、すぐにお薬を準備して差し上げられそうです」
自分たちのことだけでなく、自然と街の人々の健康まで思い遣るセリナらしい言葉に、静も心が温かくなり柔らかく目元を緩めた。
「それは良かったよ。薬草の株もいくつか根っこごと掘り起こしてみたから、後でお屋敷の畑に植えて増やせないか試してみようか」
「まぁ、静様! ありがとうございます。お屋敷の畑で増やせたら、さらに安心できますね」
セリナが満面の笑みで喜ぶと、リーナが足元のマルを見下ろして微笑んだ。
「薬草の栽培なら、マルが得意そうね。以前もお屋敷の庭で瑠璃星草や星霞草の面倒をよく見てくれていたものね」
名前を呼ばれたマルは待ってましたとばかりに、「ぷぷぅー!」と誇らしげに胸を張り、短い前足を「ぽむぽむ」と打ち鳴らしてみせた。
「きゅきゅ!」「くぅ!」「ひゅん!」
あかねやルゥ、ハルも「自分たちも手伝うよ!」と言わんばかりに元気よく声を重ねる。その時の様子を知らないルナとサンは、「何の事だろう?」と不思議そうに首を傾げ、「くぉん?」「ぴぴっ?」と愛らしく鳴いていた。
そんな静たちの会話を聞いていたフォルティナが、胸の前でそっと手を重ね、深々と頭を下げた。
「セリナさん、静さん、フォルツの領民のことまで気にかけてくださり、本当にありがとうございます。もしもの時には頼らせてくださいね」
「静さんとセリナさんのその温かいお気持ち、とても有り難いわね」
フレイアも優しく微笑みながら、深く感銘を受けていた。
(……こんなにも自然に誰かの平穏や無事を一番に考えられるなんて……やっぱりセリナさんは街の人々から『自由聖女』と慕われるだけの理由があるわね)
フォルティナもまた、穏やかな笑顔の輪の中に身を置きながら、密かに胸の奥で自問していた。
(本当に……静さんの周りにいらっしゃる方は優しい方ばかりですね。私もフォルツの領主として、そして一人の仲間として、この温かな輪の一員になれているのでしょうか……)
◆◆◆
収穫したお芋やハーブ、道具類の後片付けが手際よく終わると、静がみんなを見渡して声をかけた。
「さて、そろそろ先に進んでみようか。この大枝の奥にも、また次の場所へ繋がる仕掛けがあるかもしれないしね」
「そうね、また不思議な場所があるかもしれないわね。……あ、静。今度は一人で勝手に石板に触っちゃダメよ? 何が起きるか分からないんだから」
少し心配そうに注意するリーナに、静は苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「ごめんごめん、今度はちゃんとみんなが追いつくまで待つよ」
和やかに笑い合いながら、一行は再び大樹の表皮沿いに向かって歩き始めた。
見渡す限りの草原を風が吹き抜け、沿道には色鮮やかな見たこともない美しい野花が咲き誇っている。空には鮮やかな羽を持つ小さな小鳥たちが楽しそうに群れをなして飛んでいた。
「わぁ、見てアリア! あっちに真っ赤なお花が咲いてるよ!」
「本当ね。風も爽やかで、なんだかただのお散歩をしている気分になってくるわね」
アリアとフィアが楽しそうに会話を弾ませる中、足元や上空では幼体たちが思い思いに草原を満喫していた。
「きゅきゅー!」
「くぉん!」
あかねとルナが草むらを縦横無尽に駆け回り、どちらが速いか競い合うように楽しそうにはしゃいでいる。上空ではハルとサンが風に乗って優雅に円を描き、「ひゅん!」「ぴぴっ!」と声を掛け合いながら空中散歩を楽しんでいた。
マルは通りがかる花畑の周りを、土の状態を確かめるように「ぽむぽむ」と小さな手で叩いて回り、ルゥは途中で見つけた小さな水たまりに首を傾げ、「くぅ?」と不思議そうに水面を覗き込んで遊んでいる。
「にゃ!」
そんな賑やかな妹や弟たちの姿を見ながら、セリナの肩に乗ったツキが、少し先へ進みすぎたあかねたちに向けて「遠くへ行き過ぎたらダメだよ」とお姉ちゃんらしく短く鳴いて呼び止めていた。
「ふふ、ツキはお姉ちゃんとして本当に頼もしいですね」
セリナがツキの頭を優しく撫でると、ツキは誇らしげに「にゃあ」と喉を鳴らした。
◆◆◆
少し先行して周囲の様子を見ていたフィアが、パッと表情を輝かせて戻ってきた。
「静! やっぱりあったよ! 奥の方に祠みたいなものがあるのを見つけたよ!」
「本当? 見つけてくれてありがとう、フィア」
フィアの先導で草むらをかき分けて進むと、大枝の端に近い背の高い草木の陰に、古めかしい石造りの祠が静かに佇んでいた。
これまで目にしてきた祠と同じように、長い年月誰も立ち入らなかったためか、全体が蔦や苔、背の高い草むらに覆われている。
「よし、みんなで周りを綺麗に掃除しようか」
静の言葉で全員が手分けをし、祠を覆っていた蔦や苔を丁寧に除けていく。
アリアが力任せに絡みついた太い蔦を引き剥がし、フィアとハルは屋根の上に積もった枯れ葉を身軽に払い落とした。リーナとミレイアは魔法で古い石材を傷つけないよう丁寧に苔を溶かし、フレイアとフォルティナも慣れない手つきながら一生懸命に草を引き抜いていく。
「マル、そっちの根っこもお願いできる?」
セリナが優しく声をかけると、マルは「ぷぷぅ!」と張り切って土に絡んだ根を掘り起こし、あかねやルゥも小さな手足で協力する。ルナとサンも周囲に散らばった枯れ枝を運んでは、達成感いっぱいの様子で「くぉん!」「ぴぴっ!」と鳴いていた。
「みんな、ありがとう。おかげでだいぶ綺麗になったね」
静が満足そうに祠を見渡すと、すっかり綺麗になった祠の古い扉に手をかけ、そっと引き開けた。ひんやりとした静謐な空気が溢れ出す。
その内部には一層目や二層目と同じように静かに佇む『休止中のエリアコア』が浮遊していた。
「やっぱり、ここにもあったわね」
リーナが興味深そうに覗き込むと、アリアも感心したように頷いた。
「大樹の各層にはこうしてエリアコアがあるみたいね。次の場所へ繋がる大切な目印なのかもしれないわ」
静も屈み込んでエリアコアを覗き込み、興味津々に手を伸ばそうとした――が、その手をぴたりと止めた。
「あ、リーナ。ちゃんとみんなが揃うまで待ったよ」
「ふふ、偉いじゃない。それじゃあ、みんなで一緒に確認しましょうか」
全員が集まったのを見届け、静がそっとエリアコアへ触れる。
すると淡い光がふわりと灯り、祠のすぐ近くの表皮が「さらり」と消失する。
「わぁ、今度はどんな景色が広がっているんだろう」
フィアが目を輝かせて覗き込もうとすると、フォルティナがくすりと笑った。
「ふふ、フィアさんも本当に静さんと変わらず好奇心旺盛ですね」
「もう、フォルティナさんまで!」
フィアが頬を膨らませると、周りからどっと笑い声が上がる。
足元では幼体たちも新しい扉の向こうを覗き込もうと、思い思いに前足を伸ばしたり、翼を広げたりしていた。ツキだけは落ち着いた様子で、静の隣にちょこんと座り、まるで「次はどこに行くのかな」と楽しみにしているかのように、じっと壁の奥を見つめている。
「よし、今日はこのあたりで一区切りにして、続きはまた今度にしようか。せっかくだから、屋敷に戻って採れたてのお芋で夕飯を作ろう」
静の提案に、フィアが真っ先に両手を挙げて賛成した。
「さんせーい! お芋料理、楽しみ!」
幼体たちも「きゅ!」「くぅ!」「ぷぷぅー!」「ひゅん!」「くぉん!」「ぴぴっ!」「にゃ!」とそれぞれに元気よく声を上げ、和やかな雰囲気のまま一行は帰る準備を始めた。




