第十五話 風わたる草原と泥だらけの宝探し
新しく開いた回廊の部屋へと足を踏み入れた一行は、まずは静かにお昼休憩をとることにした。
「みんな、お腹が空いたんじゃない?先にお昼ご飯にしようか」
静が手元で空間を軽く撫でると、事前に作り置きして収納してあった豪華なお重の重ね箱や温かいお茶のセットが、空間の彼方からさらりと取り出された。
「やった! 静のお手製お弁当だー♪」
フィアが真っ先に歓声を上げ、アリアたちも和やかにシートを広げる。静が重箱の蓋を開けると、彩り鮮やかなおかずと、大樹で収穫した食材を使ったおむすびが綺麗に並んでいた。
「ふふ、やっぱり静様の作られるお弁当は見た目も華やかで、心が温まりますね」
セリナが嬉しそうに目元を緩めると、ツキも膝の上で「にゃあ」と満足そうに喉を鳴らす。
「本当ね。こうして探索の合間に美味しいものを食べられるなんて、冒険者冥利につきるわ」
フレイアがサンドイッチを美味しく頬張り、フォルティナも穏やかな笑顔で一口口に運んだ。
「静さんのお料理は、いつでも身体の芯から元気が湧いてきますね」
賑やかな会話と笑顔が絶えないお昼のひとときはあっという間に過ぎ、全員が満足そうにお茶を飲み干した。
◆◆◆
「よし、お腹いっぱいになったことだし、回廊を通って次の大枝に行ってみようか」
静が立ち上がって声をかけると、フィアがぴょんぴょんと跳ねた。
「さんせーい! また何か面白いものがあると良いね♪」
「いつものことだけど、私たちが先頭を進むわね。フレイアさんは殿をお願いできるかしら?」
アリアが長剣を整えて尋ねると、フレイアは頼もしく頷いてみせた。
「ええ、任せておいて! まあ、危険なものは何も無いと思うけれどね」
「フレイ、頼りにしていますよ」
フォルティナが楽しそうにフレイアに声をかけると、一行は一列になって回廊の通路を進み、隣の大枝の出口へと向かった。
回廊の出口に到達すると、まずはフィアが先行してひょっこりと外へ顔を出した。だが、すぐにクルリと振り返って戻ってきた。
「フィア、すぐに戻ってくるなんてどうしたの? 何かあったの?」
アリアが少し警戒して手元の柄に指をかけると、フィアは目を丸くして首を振った。
「えっとね、危ないものは何もないみたい? 言葉で言うより見てもらった方が早いから、みんなちょっと来てみて!」
フィアに促され、みんなで順番に出口を抜けると、そこに広がっていたのは先ほどの晶石ゴーレムたちの集落や結晶の森とはまったく異なる、どこまでも広々とした大枝の風景だった。
青空の下、心地よい風がそよぎ、瑞々しい草が一面に波打つように揺れている。周囲には小さな鳥がさえずり、愛らしい小動物たちが毛繕いをしているくらいで、見渡す限りは静かなただの草原にしか見えなかった。
静は首を傾げ、ぽつりと呟いた。
「……あれ? 何もない? ここ、ただの綺麗な草原なのかな……?」
その呑気な言葉を聞きながらも、後ろから出てきたエルフ組の三人が、ほぼ同時に「はっ」と息を呑んだ。
「ミレイア……あれ、見える……?」
「ちょっと待って……あの独特な葉の形と、青みがかった茎……」
「……嘘でしょう。あれって……上級魔法薬に使う貴重な素材じゃない……!?」
三人の様子に、静はきょとんとして振り返った。
「えぇ……? どの草のこと……?」
リーナが指差す先には、静の目にはそこらへんに生えているただの雑草にしか見えない、細く地味な草が群生している。
ミレイアはさらにその隣に生える別の草を見て、サファイア色の瞳を限界まで丸くしていた。
「エルフの深い森でさえ、めったに見つからない貴重な薬草よ……。どうしてこんな大樹の上で、雑草みたいに普通に群生しているの……?」
フレイアも興奮を隠しきれない様子で、周囲の緑を見渡した。
「この草原……全部、珍しい魔法植物の宝庫じゃない……!?」
「えぇ……? 俺には本当に、ただの緑の草にしか見えないんだけど……」
静がぽかんとしたまま呆然としていると、今度はセリナが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「静様! あの辺りの草は、教会で重宝される病気治療の貴重な薬草ですね。あっ、あそこの小さな丸い葉は、お料理の風味付けに使えるハーブ類ですよ!」
「えぇ……? セリナまで……本当に……?」
「はい! 近づくと、とっても甘くて良い香りがしてきますよ!」
セリナが満面の笑みで頷くのを見て、静は足元の草を見つめ直した。
「ただの草っぱらじゃなかったんだ……。すごいなぁ」
植物に詳しくないアリアとフィアも、静とまったく同じように「へぇ〜、ただの草に見えるのにねぇ」と顔を見合わせて感心していた。
その時、リーナの足元にいたマルが「ぷぷぅ!」と元気よく声を上げ、幼体たちを引率するようにトコトコと草原の一角へと歩き出した。
「きゅ!」「くぅ!」「ひゅん!」「くぉん!」「ぴぴっ!」「にゃ!」
「え? みんな、どうしたの?」
静たちの呼びかける声に応えるように、幼体たちがマルの後を一斉に追いかけていく。
マルが一見するとただの雑草が茂っている場所で足を止めると、小さな手で地面の土を「ぽむぽむ」と叩き始めた。
「マル、何か見つけたの?」
リーナが手帳を抱えて近づくと、あかねやルゥ、ルナたち幼体が一斉に前足で土を掘り返し始めた。
しばらくすると——。
マルが土の中から、大人の顔ほどもある大きなサツマイモに似た丸々とした芋を、両手で「よいしょ!」と誇らしげに持ち上げた。
「ぷぷぅ!!」
ドヤ顔で胸を張るマルを見て、静は目を丸くした。
「え? 芋? こんな大樹の上の草原に生えているんだ!」
持ち上げられた芋を見て、ミレイアが教えてくれる。
「静、その芋はフォルツの周辺でも良く自生している種類で、庶民の間では一般的に『草芋』と呼ばれているわね」
「そうね、正式な学名は別にあるみたいけれど……ちょっと私も正確な名前までは知らないわね」
リーナがクスクスと笑うと、セリナも懐かしそうに手を打った。
「静様、その草芋ですが、煮ても焼いても美味しくて、色んなお料理に使えるのでとっても便利なんですよ」
「へぇ、そんなに万能なんだ。……よし、お屋敷に帰ったらみんなで色々作ってみようか!」
静の提案に、フィアが待ってましたとばかりに跳び上がった。
「やったー! ここで採れたお芋なら絶対に美味しいやつだよ! 静、たくさん作ってね♪」
「あはは、じゃあみんなで美味しいお芋掘りをしようか。お屋敷に帰ったら、温かいごはんと甘いおやつを作ってみせるよ」
「「「おー!!」」」
静の言葉で、全員で芋掘り大会が始まった。
アリアやフィアたちは、日頃からお屋敷の畑で静の手伝いをしていることもあり、慣れた手つきでワイワイと手際よく土を掘り起こしていく。
「見てアリア!フィアのほうが大きいの獲れたー!」
「甘いわねフィア、私の掘ったやつなんて二股に分かれてて倍の大きさがあるわよ!」
誰が一番大きいのを掘れるか、誰がたくさん穫れるかを競い合いながら、賑やかな笑い声が草原に響き渡る。
一方、領主であるフォルティナは、普段の執務では決してやることのない『土に触れての芋掘り』に、目をキラキラと輝かせていた。
静のお手伝いとして屋敷の畑で少し収穫を経験した程度だった彼女にとって、広大な自然の中での芋掘りは何もかもが新鮮で楽しい時間だった。
「お芋というのは、こうやって土の感触を確かめながら掘り出すのですね……! 静さんのところに来ると、今まで知らなかった楽しいことばかりで本当に幸せです」
服の袖を少し捲くったフォルティナが嬉しそうに語ると、隣で手伝っていたフレイアが優しく微笑んだ。
「そうね、普通の貴族や領主様は一生芋掘りなんて経験しないものね。でも、自分で汗を流して掘り出したお芋は、きっと飛び切り美味しいわよ?」
「ふふ、そのお芋を静様に教えてもらいながら、みんなで一緒に調理するのもとっても楽しいですよ」
セリナも並んで土を掘りながら、楽しそうに言葉を重ねる。
足元では幼体たちも「一番美味しいお芋を見つけるんだ!」と言わんばかりに、夢中になって前足を動かしていた。
空を飛ぶサンは自分で穴を掘ることができないため、上空から「ぴぴっ!」と鳴いて「ここに大きなお芋があるよ!」と場所を教え、フレイアに掘ってもらっては嬉しそうに羽をパタパタと広げていた。
こうして、サツマイモによく似た甘い草芋だけでなく、途中でジャガイモや里芋にそっくりな様々な種類の芋もどっさりと掘り出された。静はそれらを自然な手つきで空間の彼方へと収納していった。
芋掘りが一段落した頃、ミレイアが周囲の草むらを見渡して声をかけた。
「ねぇ静、お芋も大収穫だったけれど、さっきの薬用素材になる魔法植物も少し摘んでいかないかしら?」
「いいわね、エルフの森でも滅多に見られない貴重な品だから、少し持って帰って研究や保存をしてみたいわ」
リーナが提案すると、フレイアが苦笑いを浮かべながら付け加えた。
「ただし……かなり貴重なものばかりだから、外部には絶対に出さないでね?」
「ふふ、静様。病気治療に使える薬草も、お屋敷の診療所でエナさんたちのために使えそうですから少し欲しいですね。あとは、お夕飯に使える香ばしいハーブ類もいくつか摘んでいきましょう」
セリナのおねだりに、静は温かく頷いた。
「そうだね。ここに住んでいる小動物や小鳥たちの暮らしに影響が出ないように、採りすぎない程度に少しだけ分けてもらおうか」
「さんせーい! 小動物たちがお腹を空かせたら可哀そうだもんね♪」
フィアも賛同し一行は自然への感謝を込めながら、必要な分だけ丁寧にハーブや薬草を摘み取っていった。




