第十三話 黄金の樹蜜と小さな晶石の庭師たち
案内役の晶石ゴーレムたちに導かれ、透明な水晶の柱が美しく煌めく森の奥へと進んでいくと、やがて周囲の空気にふわりと甘く芳醇な香りが漂い始めた。
「……ん? なんだかすごく甘くて良い匂いがしてこない……?」
静が鼻先をひくひくと動かし、不思議そうに水晶の森の奥へと視線を巡らせる。
そこはあるのは水晶の柱に囲まれた広々とした開けた空間。その最奥にある大樹の厚い表皮の割れ目から、とろりとした黄金色の樹液が、ゆっくりと雫となって滴り落ちていた。
粘度の高いその樹液は、まるで上質なメープルシロップのように光を照り返して琥珀色に煌めき、結晶の塊で出来た庭にある池のような広さの場所へと絶え間なく流れ込み、たっぷりと溜まっている。
池の縁には樹液があふれ出さないよう小さな水路のような溝が丁寧に彫られており、あふれた分はそちらへと静かに導かれていく仕組みになっていた。誰の手によるものか分からないが、まるで職人が丹精込めて作った庭園設備のような緻密さだ。
「すごい……甘い匂い! これ絶対、美味しいやつだよ!」
フィアが瞳をキラキラと輝かせ、吸い寄せられるようにトコトコと駆け寄っていった。
樹蜜が滴る場所の周辺では、先ほど静たちを案内してくれたゴーレムたちとは少し見た目の異なる小ぶりな晶石ゴーレムたちが、何体も忙しそうに働いていた。
樹液の周りをきれいに掃除したり、溢れて固形化し、透明な琥珀となった塊を丁寧に手で取り出して集めたりしている。中には自分の背丈よりも大きな琥珀の欠片を、仲間二匹がかりで「よいしょ、よいしょ」と言うように体を揺らしながら運んでいる姿もあり、その懸命な様子に静たちは思わず頬を緩めた。
「ふふ、みんな一生懸命働いていて可愛らしいですね」
セリナが目を細めて見守ると、一体のゴーレムが体勢を崩して転びそうになり、慌てて別の一体がすかさず体を支えてやる場面もあった。息の合った連携ぶりに、フォルティナも思わず小さく拍手を送る。
「本当にこの場所を大切に守っている庭師さんたちなんですね」
近くでは、まだ幼いのか少し体の小さなゴーレムが、大きな仲間の後をよちよちと追いかけながら見よう見まねで作業を手伝おうとしていた。うまく持ち上がらない小さな琥珀のかけらを何度も抱え直す姿に、フォルティナが思わず「頑張って……!」と小さく声援を送る。やがて小さなゴーレムが無事にかけらを所定の場所へ運び終えると、周りの大きなゴーレムたちが体をぽわぽわと輝かせて褒めるように囲んだ。
「まあ……まるで、小さな子が仕事を覚えていくところを見ているみたいですね」
セリナがほのぼのとした様子で目を細める。
静もその甲斐甲斐しい作業風景を覗き込み、少年のように目を輝かせた。
「ここって、大樹の樹液が自然と濃縮されているみたいだね。甘くてすごく良い匂いもするし……なんだか美味しく食べられそうな気がするよ!」
「やっぱり静もそう思うよね♪ 絶対に美味しいよー!」
嬉しそうに頷くフィアと静の様子に、後ろから追いついたアリアたちが思わず笑い声をこぼした。
「まったく……どこへ行っても静とフィアは食べ物のことには目がないんだから」
「ふふ、でも本当に甘くて芳醇な香りが漂っていますね」
セリナが目元を和ませると、足元のツキやあかねたち幼体も、とろりとした樹蜜の甘い香りに誘われてそわそわと身体を揺らし始めていた。
「ちょっとだけ、味見してみてもいいかな」
静が案内役のゴーレムへ視線で問いかけると、ゴーレムは「ぽわ」と光を灯して頷くように体を傾けた。それを了承の合図と受け取った静は、指先をそっと樹蜜の池へ浸し、ひとしずくをすくい上げて舐めてみる。
「……っ、甘い! でもただ甘いだけじゃなくて、ふわっと爽やかな後味もあるよ。これはすごく良い素材になりそうだ」
「私にも味見させてちょうだいな」
フレイアも指先で少しだけすくって口に運び、深緑の瞳をぱちくりと瞬かせた。
「あら……本当だわ。上品な甘さで、これなら王都の高級茶葉にもよく合いそうな風味ね」
「私も味見していい?」
アリアも興味津々に指先を伸ばし、樹蜜をひとしずく口に含む。
「ん……確かに美味しいわ。少し華やかな香りがする気がするわね」
「不思議ね。同じ大樹から採れる恵みなのに、層によって違うなんて」
リーナも興味深そうに手帳へ何やら書き記しながら、小さく頷いた。
すると樹蜜を整えていた小さなゴーレムの一体が、固まったばかりの手のひらサイズの綺麗な琥珀の塊を抱えてトコトコと歩み寄ってきた。転ばないよう気遣うように、ツキたちの目の前へそっと差し出してくれる。
「にゃ!」
真っ先に受け取ったツキが誇らしげに一鳴きすると、あかねも「きゅきゅー!」と負けじと自分の分をねだるように前足を伸ばした。ルゥは「くぅ!」と鼻先で転がすようにして受け取り、マルは「ぷぷぅー!」と両手でしっかり抱え込む。ハルは「ひゅん!」と羽を膨らませて空中でくるりと一回転し、ルナとサンも「くぉん!」「ぴぴっ!」とそれぞれ嬉しそうに駆け寄ってきた。
思いがけないプレゼントに幼体たちが大歓声を上げ、ゴーレムにお礼を言うように鳴き「ポリポリ」「カリカリ」と琥珀を美味しそうに咀嚼し始めた。その幸せそうな表情に、見守る皆からも温かな笑顔がこぼれ出す。
「さすがに固まった琥珀の塊は私たちじゃ無理そうだけど……静、この溜まって濃縮されている樹液なら料理に使えそうかしら?」
手帳を開いたリーナが興味深そうに尋ねると、静は少し顎に手を当てて考えた。
「んー、大樹の樹液が純粋に濃縮されたものみたいだし、一度火を通してしっかり加熱してあげれば、きっとすごく美味しいシロップになると思うよ」
「まあ……以前、黄金の紅葉の渓谷で見つけて煮詰めて作った、あの特製シロップのようですね」
セリナが懐かしそうに思い出して手を打つと、フィアが「あーっ!」と大声を上げた。
「あの甘くてトロッとしたおいしいシロップだよね! また食べたいなぁ!」
『甘くておいしい』というフレーズを聞き逃さなかったフレイアが、深緑の瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
「それは素敵な話ね! 静さん、ぜひ少し分けてもらいましょうよ」
「ええ、本当に素敵ですわね。美味しいシロップがあれば、紅茶やお茶請けの焼き菓子にもすごく合いそうです」
フォルティナも領主館での慌ただしい執務の合間に楽しむティータイムを思い浮かべ、とても嬉しそうに頬を緩める。アリアも腕を組んで悪戯っぽく口角を上げた。
「いいわねぇ。静、お屋敷に戻ったらまたあの美味しい焼き菓子を作ってくれるかしら?」
「そうね、ふわふわのケーキなんか焼いてくれても嬉しいわ」
ミレイアが提案すると、フィアも「美味しいものなら何でも大歓迎だよー♪」と大はしゃぎする。
「パンケーキにたっぷりかけるのも美味しそうよね」
「私はやっぱり、紅茶に少し垂らして楽しみたいわ」
ミレイアとフレイアがそれぞれ楽しそうに希望を口にすると、静も指折り数えながら嬉しそうに笑った。
「じゃあ、パンケーキと紅茶用、それとお菓子にも使えるように、少し多めに分けてもらおうかな」
その賑やかなやり取りに、セリナがクスクスと可愛らしく笑った。
「ふふっ、みなさんも静様のことは言えませんね。でも、たくさん作ってお屋敷のお土産にすれば、フォルツの街にいるエナさんたちもきっと跳び上がって喜んでくれそうです」
「あはは、確かにエナたちにも食べさせてあげたいね。それじゃあ、持って帰っておやつを作るのは確定だね。とびきり美味しいものを工夫して作ってみようか!」
静が腕をまくって頼もしく微笑むと、幼体たちも言葉の意味を理解したのか、「きゅ!」「くぅ!」「ぷぷぅー!」「ひゅん!」「くぉん!」「ぴぴっ!」と大喜びでお互いにじゃれ合い始めたのだった。
案内役のゴーレムたちも、この賑やかな一団をすっかり気に入ったのか、樹蜜の周りをてくてくと嬉しそうに回りながら、体の光をぽわぽわと明滅させ続けていた。
「そういえば、この樹蜜も少し多めに持って帰って、女神様へのお供えにも使わせていただこうか」
静がふと思いついたように呟くと、セリナも嬉しそうに頷いた。
「はい、きっと喜んでいただけると思います。今日は小さな庭師さんたちとも出会えましたし、大樹には本当に驚きが尽きませんね」
ミレイアの腕の中で満足そうに琥珀を食べ終えたルゥも、「くぅ」と一つ鳴いて小さくお腹をさすってみせる。
「あら、ルゥもすっかり満足したみたいね。今度はお屋敷でも、このゴーレムさんたちの話をたくさん聞かせてもらいましょうか」
ミレイアが微笑ましそうにルゥの頭を撫でると、リーナも手帳にゴーレムの姿を丁寧に書き写しながら、満足げに微笑んだ。
「今日だけでも、記録しておきたいことが盛りだくさんだわ。まさか大樹の中に、こんな穏やかな暮らしを営む子たちがいるなんてね」
「本当に。静さんと一緒だと、毎回予想もしない発見があって飽きませんね」
フォルティナも楽しそうに笑うと、静は照れくさそうに頭をかいた。
「あはは、俺もこんなに色々な発見があるとは思わなかったよ。さて、樹蜜もしっかり分けてもらったし、そろそろ次に進んでみようか」
静の言葉に幼体たちもゴーレムたちに名残惜しそうにしながら、元気よく次の探索へと歩き出すのだった。




