第十二話 晶石の案内人と小さな手
透明な水晶の柱が立ち並ぶ森の奥から「てく……てく……」と、軽やかで可愛らしい足音が響いてきた。
「静、来るわ! 全員、警戒して!」
アリアが即座に長剣の柄に手をかけ、静たちの前に身を乗り出す。フィアが軽やかに身を躍らせて側方を固め、リーナとミレイアも指先に魔力を溜めながら静を守るように陣形を展開した。フォルティナの前には、フレイアが凛とした立ち姿で庇うように構える。
緊迫するアリアたちとは対照的に、足元にいる幼体たちは特に警戒する様子もなく、不思議そうに耳や尾を動かして音のする方を見つめていた。
「フレイ、大丈夫でしょうか……」
フォルティナが少し緊張した面持ちで呟くと、フレイアが背中でそっと安心させるように応じた。
「大丈夫よ、ティナ。アリアたちがついているもの。少しだけ、私の後ろにいてちょうだいね」
「ん? なんだか小さくて、すごく可愛い感じの気配がするね?」
静がどこか呑気に呟くと、隣のセリナも瞳を和ませて首を傾げた。
「はい。敵意のような感じは無さそうですが……動物ではないようですね」
やがて煌めく水晶の柱の陰から、トコトコと歩いてくる小さな影が姿を現す。
「え?……ゴーレム……?」
あまりの光景に思わずリーナがポツリと呟いた。
目に入ったのは身長三十センチほどで可愛らしい感じの、まんまるな二頭身くらいの小さなゴーレムだった。
透明感のある琥珀や水晶の小さな欠片が集まってできた丸い体には、短い手足がちょこんと生えている。顔にあたる部分には、ぽわっと温かく灯るふたつの光の粒。歩くたびに、体の中に透ける光がポワポワと柔らかく揺れていた。
静たちと目が合うと、小さなゴーレムは首を傾げるようにして全身を「こてん」と斜めに傾けてみせた。
そのあまりにも愛らしい仕草に、緊張していた幼体たちが一斉に弾けた。
「くぅ!」「ぴぴっ!」「ひゅん!」「ぷぷぅー!」
マルが「ぽむぽむ」と短く前足を打ち鳴らしながらトコトコと近づこうとし、ハルも身を乗り出す。ルゥやサン、ルナたちも興味津々でしっぽや羽を揺らした。
「ちょ、ちょっと待って! 見た目が可愛いからって、まだ完全に安全かは分からないわよ!?」
アリアが制止しようと手を広げたが、当の小さなゴーレムには悪意も警戒心も欠片ほどすらなかった。
「てくてく、てくてく」と可愛らしい足音を響かせて真っ直ぐ歩いてくると、アリアの脇を通り抜け、静の足元でピタリと足を止めた。
そして静を見上げると、嬉しそうに体内を巡る光を「ぽわっ」と一段と明るく輝かせて見せたのだった。
「あ……敵意は無いようね。むしろ……『こんにちは』って挨拶してくれているみたいだわ」
拍子抜けしたようにアリアが長剣から手を離すと、静は和やかに笑ってその場にしゃがみ込んだ。目線を小さなゴーレムと合わせ、そっと優しく手を差し出す。
「こんにちは。君は、ここに住んでいる子なの?」
言葉を理解したのか、小さなゴーレムは短い腕を一生懸命に伸ばすと、静の手のひらの上に、ひんやりとした琥珀の小さな手を「ぽすん」と丁寧に乗せてきた。
その瞬間、ゴーレムの体内の光がふわりと温かな色合いに変わり、より一層「ぽわぽわ」と眩しく揺らめいた。
「まぁ……とっても可愛らしいですね」
その愛くるしい光景に、セリナが胸の前で手を重ね、愛おしそうに目を細める。
隣では警戒を解いたリーナが手帳を取り出し、オレンジ色の瞳を輝かせて熱心に観察を始めた。
「この子たち……大樹の純粋な魔力や琥珀の樹液が長年かけて自然に結晶化し、意志を持った存在かしらね」
隣のミレイアもサファイア色の瞳を和ませ、優しく微笑む。
「ゴーレムというよりは、晶石の精霊に近いかもしれないわね。こんなに小さくて愛らしい子がいるなんて……想像もしていなかったわ」
静は温かな手触りの小さな頭を、指先でそっと優しく撫でてやった。
「なんだか……この層の案内役さんみたいだね。よろしくね、ゴーレムさん」
撫でられて嬉しかったのか、ゴーレムは体を「ふにふに」と揺らして光を明滅させた。
すると、その様子を見ていたのだろうか。周囲の水晶の柱の陰から、「てく」「てく」「てく」と、次々に小さな足音が重なって聞こえてきた。
「わっ、もう一匹……ううん、何匹もいる!?」
フィアが目を丸くして声を上げると、透明な柱の合間から、色合いも大きさも少しずつ違う晶石ゴーレムたちが、次々とひょっこりと顔を覗かせた。淡い青色に光る子、琥珀色が濃い子、少しだけ角ばった体つきの子――どうやら最初の一匹の仲間たちが、静たちの様子を窺いながら集まってきたようだった。
「あかね、行っておいで」
アリアが微笑んで促すと、あかねは待ってましたとばかりに「きゅきゅ!」と駆け出し、青みがかった一匹のゴーレムと鼻先を突き合わせた。ゴーレムが「ぽわ」と光を瞬かせると、あかねも嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振る。
「ふふ、ルゥも行きましょうか」
ミレイアに促されたルゥも、控えめな一匹にそっと近づき「くぅ」と鳴きながら鼻を寄せた。ゴーレムはくすぐったそうに体を「ふるふる」と震わせ、透明な体の中の光を小さく弾けさせる。
マルは自分から真っ先に、一番大きな一匹の前にちょこんと座り込むと、「ぷぷぅー」と誇らしげに挨拶をした。ゴーレムも張り合うように体をぐぐっと伸ばしてみせ、その微笑ましい対決に周囲から笑いが漏れる。
ハルはふわりと宙を舞い、角ばった体つきのゴーレムの周りをくるくると旋回して「ひゅん、ひゅん」と機嫌よく風を送った。ゴーレムは初めて感じる風に戸惑うように体を左右に揺らしていたが、やがて心地よさそうに光を灯し始める。
フォルティナの腕から降りたルナと、フレイアの肩から飛び立ったサンも、それぞれ小さなゴーレムに歩み寄っていった。
「くぅん!」
「ぴぴっ!」
二匹が甘えるように鳴くと、ゴーレムたちも真似をするようにその場で「ぽてん」と体を傾け、まるで挨拶を返すように光を明滅させた。
「こんなに小さな子たちが、こんなにたくさん……。まるで、宝石でできた妖精の集落みたいですね」
フォルティナが胸に手を当て、感嘆したように呟く。
「本当ね。危険がないのなら、この子たちとの触れ合いも今日の良い思い出になりそうだわ」
フレイアも柔らかく目を細めた。
そんな中、最初に静へ手を乗せたゴーレムだけは、まるで自分の役目を誇るかのように、静の足元から離れようとしなかった。
「あはは、静、また妙な子に気に入られちゃったわね」
アリアが肩をすくめて楽しそうに笑うと、フィアもぴょんぴょんと跳ねて追従する。
「可愛いくて良いねー! フィアもあとで撫でさせてねー♪」
「ふふ、頼もしい案内人さんですね」
セリナが微笑ましそうに言うと、ツキもお姉ちゃんぶってゴーレムの少し後ろを、幼体たちを先導するようにトコトコと誇らしげについて歩き出した。
「なんだか、この層の子たちみんなが案内してくれるみたいだね」
静が嬉しそうに笑いかけると、静の足元のゴーレムがくるりと向きを変え、「てくてく」と短い手足を動かして先導するように歩き始めた。それにつられるように、他のゴーレムたちも自分の仲良くなった相手の周りをぴったりとついて歩き出す。
◆◆◆
歩き出してしばらく、水晶の柱の間を縫うように進んでいくと、ゴーレムたちが不意に足を止め、それぞれの体を寄せ合うように輪を作った。
「あら……何をするつもりかしら?」
ミレイアが興味深そうに見守っていると、ゴーレムたちは互いの丸い体をこつん、こつんと軽くぶつけ合い始めた。すると、透明な水晶同士がぶつかる澄んだ音色が、まるで小さな鈴を鳴らすように「キィン、キィン」と美しく響き渡る。
「わぁ……綺麗な音」
フォルティナが目を輝かせて聞き入ると、リーナも興味津々に手帳へ音の様子を書き留めた。
「面白いわね。もしかして、これがこの子たちなりの合図か、挨拶の一種なのかもしれないわ」
「静、まるで演奏会みたいだね!」
フィアが楽しそうに手拍子を添えると、その拍子に合わせるようにゴーレムたちの音色も心なしか弾むように聞こえてきた。足元のあかねやマルたちも、耳を澄ませてうっとりとその音色に聞き入っている。
一頻り澄んだ音色を響かせたゴーレムたちは、満足したように光を柔らかく灯すと、再びてくてくと歩き出した。
「静様、この子たちは本当に穏やかで、心地よい存在ですね」
セリナが微笑みながら呟くと、静も大きく頷いた。
「うん。こんな綺麗な音を聞かせてもらえるなんて、思ってもみなかったよ。……あ、お礼に何か持ってきたお菓子でもあげてみようかな」
静が試しに焼き菓子のかけらを一つ差し出してみると、案内役のゴーレムはくんくんと不思議そうに匂いを嗅いだものの、興味なさそうに「ぽてん」と首を横に傾げた。
「あはは、やっぱりお菓子は口に合わないみたいだね」
「ふふ、その代わり、さっきの琥珀ならきっと大喜びしますよ」
セリナのからかうような言葉に、その場にいた全員がクスクスと笑い声をこぼした。
やがて、結晶の森の先に、ひときわ大きく淡い光を放つ開けた空間が見えてくる。
「静、あそこ……何か特別な場所みたいね」
アリアが目を細めてその光を見つめると、案内役のゴーレムたちが誇らしげに体を弾ませ、その方角を示すように光を強く灯した。
こうして一行は、それぞれに新しい小さな友達を隣に連れながら、晶石ゴーレムたちの導くまま、きらめく第三層の奥へと賑やかに進んでいくのだった。




