第十一話 琥珀の森と小さな足音
踊り場での和やかなおやつ休憩を終えた一行は、気持ちも新たに再び螺旋階段を登り始めた。
壁面を彩る発光苔の光に導かれながら歩を進めていくと、次第に次の階層へと続く出口の気配が近づいてくる。
「静、いつものことだけど、まずは私たちが先に出るわね」
「さっと周囲の確認をしてくるから、ちょっと待っていてね」
アリアとフィアが手早く装備を確かめると、手帳を抱えたリーナがどこか期待に満ちた目で階段の先を見上げた。
「不気味な気配はないけれど、未知の場所へ足を踏み入れるのは魔術師として興味が惹かれるわね」
「リーナ、好奇心もいいけれど、警戒は怠らないでね」
ミレイアが優しく釘を刺すと、静は穏やかに頷いた。
「うん、みんなよろしくね」
アリアは出口へ足を踏み出す前に、静達の周りに居る幼体たちへ振り返った。
「あかね、皆で私たちが戻るまで静達を守っていてね」
自分たちに大切な役割があるのが誇らしいのか、幼体たちもそれぞれ元気よく声を返した。
「きゅ!」「くぅ!」「ぷぷぅ!」「ひゅん!」「くぅん!」「ぴぴっ!」
それを見届けセリナの肩に乗ったツキも、任せてと言わんばかりに「にゃ!」と可愛らしく胸を張った。
◆◆◆
アリアたちが三層目への出口へと消えてから数分後、アリアがひょっこりと顔を出す。
「静、危険はないのだけれど……ちょっと驚くかもしれないわ」
どこか不思議そうなアリアの案内を受け、静たちが三層目の出口から一歩外へと踏み出すと、そこには今までとはまったく異なる幻想的な世界が広がっている。
ひんやりとした清らかな空気が頬を心地よく撫でる。二層目の木漏れ日や柔らかな緑とは違い、ここでは光そのものが透明な結晶に反射し、淡い虹色となって揺らめいているようだ。
「……綺麗……」
フォルティナが思わず息を呑む。
目の前に広がっていたのは、大樹の大枝の上とは思えないほど神秘的な情景だった。周囲には光を受けて黄金色に輝く大小さまざまな琥珀の塊が、あちこちに転がっている。塊の内部には光の粒が閉じ込められているかのように、見る角度によって美しい光彩を放っていた。
その先には巨大な水晶のような透明な柱が森のように整然と立ち並び、光を反射して辺りを静かに煌めかせていた。
「……ここ、本当に大樹の上なの……?」
フレイアが呟いた吐息は、結晶の森の静寂の中へ美しく吸い込まれていく。セリナが足元にある琥珀の塊へそっと手をかざすと、そこに残る清らかな気配を感じ取って目元を緩めた。
「静様、この大きな琥珀の塊ですが……微かに神気のような温かな気配を感じます」
ツキやあかねたちも琥珀を珍しそうに覗き込み、匂いを嗅いだり、小さな前足でつんつんと触ってみたりと、さまざまな反応を見せていた。
そんな幻想的な空気に包まれる中、静だけはどこか呑気に周囲を見渡していた。
「今までと違って、なんだかすごく綺麗な場所だね。また何か美味しそうなものがあるといいんだけどなぁ」
その言葉にアリアが思わず吹き出す。
「静……あなたって、どんなに素晴らしい景色を見ても、どこへ行っても食べ物のことを考えているのね。フィアと同じかも」
静のあまりにもブレないマイペースぶりに、セリナやフォルティナ、フレイアも楽しそうにクスクスと笑い声を弾ませた。
そこへ周辺の様子を調べていたフィアやリーナ、ミレイアたちが戻ってくる。
「静、この周囲は琥珀みたいな塊がゴロゴロ落ちているだけみたいだよ?」
「でも、普通の琥珀とは組成が違う感じがするわね」
「この大樹の樹液が何年もかけて固まったのかしら。少し持って帰って解析してみたいわね」
それぞれが興味深く観察を続けていた、その時。
ツキが足元にあった小さな琥珀の塊を口に咥えると、「ポリポリ」とまるで硬いお煎餅でも食べるように美味しそうにかじり始めた。それを見たあかねも真似をして「きゅ、きゅ」と小気味よい音を立てて頬張り、ルゥも「くぅ」と鼻先で転がしながら控えめに一口かじってみる。マルは大きめの琥珀を両手で抱えて「ぷぷぅ」と満足げに齧りつき、ハルは小さな欠片をふわりと空中で咥えて「ひゅん」と機嫌よく味わっていた。ルナとサンも興味津々に近づき、「くぅん」「ぴぴっ」と鳴きながら仲間に混ざって琥珀をつついている。
「ちょ、ちょっとみんな、それは食べものじゃないよ!?」
静が慌てて止めようとするが、幼体たちはお構いなしにおいしそうに咀嚼している。焦る静に対し、ツキは「にゃにゃ」と「大丈夫だよー」と言わんばかりにのんきに鳴いて返事をした。
「あれ……? この琥珀って、ツキたちにはおやつみたいなものなのかな?」
不思議そうにする静にリーナとフレイアがなるほどと頷いた。
「静、この子たちは空白地帯の特殊個体のようだから、神気や魔力が宿っているものを自然と口にしているのかもしれないわね」
「そうね。私も冒険者時代、魔力が豊富な結晶や樹液を好んで食べている特殊個体を見たことがあるわ」
「へぇ、そういうこともあるのか……ツキ、それなら食べてもいいけれど、あんまり食べ過ぎると夜のご飯が食べられなくなるよ?」
静が優しく言聞かせると、ツキはハッとしたように目を見開いた。口に咥えていた琥珀をポトリと地面に落とし、静を見上げて「にゃ……」と少し気まずそうに鳴いた。それ以上は食べようとせず、すっと静の肩へと飛び乗ると、ご機嫌取りのように頬へ擦り寄ってきたのだった。
「あはは、分かってくれたならいいんだよ」
静が肩のツキを撫でて笑った、その時——
前方の透明な結晶の柱の奥から、小さな影がいくつもゆっくりと歩いてくるのが見えた。
アリアが即座に手にする長剣の柄に指をかけ、凛とした姿で静たちの前に立つ。
「静、気をつけて! さっきまでいなかった何かが、こっちに向かってくるわ!」
煌めく水晶の森の奥から、『てくてく』と可愛らしい足音を響かせ、小さな住人たちが姿を現し始めた——




