第九話 大枝の恵みの湯気立つごちそう
上層へと続く新たな螺旋階段を前に、静はゆっくりと空を見上げた。
「時間的にもちょうどいいから、今日の探索はここまでにして、明日また登ってみようか」
「そうですね。そろそろお屋敷に戻って、今日みんなで収穫したキノコやタケノコで夕食の準備をしましょうか」
セリナが穏やかに微笑むと、フィアが待ってましたとばかりに両手を上げた。
「さんせーい! 静、美味しいものをたくさん作ってね♪」
「はいはい、腕によりをかけて作ってみるよ。セリナも手伝ってくれる?」
「はい! もちろんです、静様」
嬉しそうに頷くセリナの横で、フォルティナとフレイアもパッと表情を輝かせた。
「静さん、私もお手伝いしますね!」
「もちろん私も手伝うわよ? 色々と教えてちょうだいね、静さん」
「フォルティナさんもフレイアさんも、頼りにしていますね」
和気藹々と笑い合い、一行は静の周りへと自然に集まった。静が右手を軽くかざすと、ふわりと柔らかな光の粒子が全員を包み込み、心地よい浮遊感ののちに視界が慣れ親しんだお屋敷のリビングへと切り替わる。
屋敷に到着した一行は、各自手際よく作業を分担し始めた。アリアたちは今日使った籠や網、道具類を水場へと運び丁寧に片付けていく。
リビングの大きめのクッションの上では、一日中元気に駆け回って疲れたのか、ツキにあかね達、ルナやサンたちが一つの大きな「もふもふの団子」のように寄り添い合い、すやすやと心地よい寝息を立て始めていた。
キッチンへと向かった静、セリナ、フォルティナ、フレイアの四人は、調理台の上にずらりと並べられた新鮮な食材を前に、腕を組んで思案し始める。
ここで静はふと思い立ったように、キッチンにいるフレイアと、リビングにいたリーナへ声をかけた。
「ねぇ、二人ともちょっといいかな? タケノコとか山菜って『アク抜き』をしないと苦くて食べられないんだけど……何か良い魔法とかあったりする?」
尋ねられたリーナは首を傾げ、苦笑いを浮かべた。
「静、その『アク抜き』っていうのはどういう工程をするものなのかしら? それが分からないと、魔法の当てはめようがないわよ」
「そうね、調理の工程を具体的に教えてくれたら、代用できる魔法があるかもしれないわ」
フレイアの言葉に、静は記憶を掘り起こしながら説明する。
「ん〜、簡単なイメージだと、タケノコを皮付きのまま米ぬかとかと一緒に茹でたあと、一晩水に浸けて『えぐみ』とか『苦み』を抜く感じなんだよね。こっちで言う渦巻草も同じような感じだと思うよ」
「『えぐみ』や『苦み』を取り除くのね……。調合で使う抽出系か、中和系の魔術かしら?」
思考を巡らせるリーナに、フレイアがハッと手を打った。
「リーナ、『えぐみ』や『苦み』って、見方を変えれば微小な『毒素』のようなものでしょう? それなら『解毒魔法』なんかはどうかしら?」
「いいわね! 体に害を及ぼす成分として明確にイメージして『解毒魔法』を作用させれば、一瞬で取り除けるかもしれないわ。セリナ、やってみられる?」
「『解毒魔法』ですか? もちろん使えますけれど……お料理で使ったことは一度もありませんね。ふふ、やってみます!」
楽しそうに盛り上がる三人の様子に、フォルティナは感心したように目を輝かせた。
「魔法ってお料理にも使えるのですね。なんだかとても便利で面白そうです!」
「考え方次第で色んな使い方ができるんだね。俺も魔法が使えたら良かったんだけどなぁ」
羨ましそうにつぶやく静をよそに、リーナとフレイアが鍋でタケノコと渦巻草を茹で上げ、セリナがそこへ優しく手をかざした。
水面が淡い緑色の光に包まれ、食材から僅かに混ざっていた雑味や苦みの気配が、すーっと消え去っていく。
「静、何だかすごく上手くいきそうよ!」
「何でも試してみるものねぇ」
「静様! 『アク抜き』が出来たみたいです。確認していただけますか?」
嬉しそうなセリナの声に応じ、静は茹で上がったタケノコの皮を剥いて、一口サイズにスライスしてみた。みずみずしく美しい白黄色。さっそく静が口へ運んで噛みしめる。
「おっ……すごい! ちゃんとアクが抜けてる! このタケノコ、歯ごたえも良くてかなり美味しいよ。みんなも食べてみる?」
静が人数分を切り分けて差し出すと、みんなで次々に試食した。
「まぁ! サクッとした素晴らしい食感と、素朴で優しい甘みが素敵ですね」
セリナが感動に目を細めると、リーナも驚きに目を丸くする。
「すごいわね……タケノコって、こんなに美味しかったの!?」
「確かに美味しいわねぇ。これが静さんの料理でどう変化するのか、ますます楽しみになったわ」
「初めていただきましたが、食感も風味も本当に素晴らしい食材なのですね。このままでもとても美味しいです」
フォルティナも絶賛し、キッチンのボルテージは一気に高まった。
◆◆◆
そこからは、大樹の二層目で収穫した恵みをふんだんに使った、豪華な夕食づくりが始まった。
静とセリナが手際よく食材を切り分け、フォルティナとフレイアも野菜の下処理や火加減の調整を一生懸命に手伝う。
出来上がったメニューは、目にも鮮やかなご馳走ばかりだ。
・アク抜きしたタケノコと渦巻草、旨味たっぷりの『森香茸』を贅沢に炊き込んだ『特製炊き込みご飯』
・体調を整える『清癒茸』、体力を養う『金糸茸』、ぷるんとした『水雫茸』、みずみずしい『水根草』にたっぷりの野菜を合わせた『至高の薬膳スープ』
・『森香茸』と新鮮な野菜を香ばしく炒め、『紅炎茸』でピリッと芳醇な辛みを効かせた『彩り炒め』
・アリアたちが捕まえた立派な川魚と大きな赤エビの『香草塩焼き』
・デザートには、フィアたちが採ってきた『風渡茸』を弱火でじっくり炙り、マシュマロのようにとろける甘さを引き出した『炙りキノコの甘味』
静が一番綺麗に仕上がった炊き込みご飯と塩焼き、出来立てのスープを丁寧にお盆へと並べると、セリナは微笑んでそれを受け取った。
その足元には、すっかり目を覚ましたツキが当然のように寄り添い、トコトコと後をついて歩き始める。
廊下を抜け、静かな澄んだ空気が漂う礼拝堂へと足を踏み入れると、窓から差し込む淡い光が床に美しい影を落としていた。
セリナはお盆を抱えて祭壇の前に優しく膝をつき、目を閉じる。ツキも隣でお座りをし、額の黒晶を微かに淡く明滅させていた。
「女神ルーナフィリス様。本日も大樹の素晴らしい恵みと、大切な仲間たちとの温かな時間をありがとうございます。静様と一緒に心を込めて作ったご馳走です。どうぞお召し上がりください」
穏やかな感謝の報告が終わると、お盆の上の品々がふわりと柔らかな光の粒子に包まれた。
胸の奥がじんわりと温かくなる感覚とともに光がすーっと引き、料理は跡形もなく消え去っている。
無事にお届けできたのを確認し、ツキが満足そうに「にゃん」と短く鳴いた。
◆◆◆
礼拝堂から戻り片付けを終えたアリアたちも食卓につき、全員が揃ったところで賑やかな夕食が始まった。
「それじゃあ、みんな今日もお疲れ様でした。いただきます!」
「いただきます!」
大きな掛け声とともに、一斉に料理へと手が伸びる。
「美味しいー! この炊き込みご飯、タケノコがシャキシャキして最高だよ!」
フィアが頬を膨らませて大絶賛すると、アリアも香ばしく焼けた赤エビを頬張って幸せそうに目を細めた。
「この赤エビも身がプリプリでたまらないわね。フィアとハルが頑張って追い込んでくれたおかげよ」
「きゅ!」とあかねが胸を張れば、ミレイアもスープを味わいながら温かく微笑む。
「スープも優しいお味で身体の芯から温まるわね。ルゥが見つけてくれた水根草も、すごく良いアクセントになっているわ」
「くぅ!」とルゥも誇らしげに鼻を鳴らす。
「この炙った風渡茸も面白いわね! 熱を通すと本当にお菓子みたいに甘くてトロトロになるのね」
フレイアが驚くと、サンも「ぴぃ!」と嬉しそうに羽を膨らませた。
「私たちが採った清癒茸や金糸茸も、こんなに素晴らしいスープになるなんて……本当に夢のような夕食です」
フォルティナがルナを抱きかかえながら感無量といった様子で呟くと、ルナも「くぅん」と満足そうに喉を鳴らした。
「そういえば、マルが見つけてくれた黒宝茸はどうするの?」
フィアが思い出したように尋ねると、リーナが手帳を閉じてどこか意味深に微笑んだ。
「あれは今日はお預けよ。あれほどの品を気軽に使ってしまうのはもったいないもの。今度、みんなでゆっくり味わえる特別な機会に使いましょうか」
「ぷぷぅ!」
マルも「賛成!」と言わんばかりに元気よく鳴き、リーナの膝に頭を擦り寄せた。
自分たちのパートナーが手に入れてくれた食材の美味しさと手柄を、誰もが誇らしく自慢し合い、笑顔で称え合う。
採れたての恵みの美味しさと、大切な仲間たちの温かな笑い声が、夜の静かな屋敷の中にいつまでも心地よく響き渡るのだった。




