第五話 大枝の先触れと頼もしい背中
大樹の源泉で美味しい恵みをたっぷり味わい、お腹いっぱいになった幼体たちもしばらくの食休みを終え、すっかり元気を取り戻していた。
うとうとと惰眠を貪っていた幼体たちも、静の気配に気づいたのか、一匹、また一匹と目を覚ましていく。ツキが真っ先に「にゃ」と伸びをしながら起き上がり、寄り添っていたルナとサンも「くぅん」「ぴぃ」と眠たげな声を漏らしながら身を起こした。あかねは元気よく「きゅ!」と一声鳴いて跳ね起き、ルゥとマルも折り重なっていた身体をほぐすように「くぅ」「ぷぅ」とそれぞれ伸びをする。ハルだけは名残惜しそうに、もう少しだけと言わんばかりに翼を丸めていたが、フィアに小突かれてようやく「ひゅん……」と目を開けた。
源泉を渡る清らかな風に髪を揺らしながら、静が穏やかな笑顔で立ち上がる。
「のんびりとお昼休憩も出来たし、先に進んでみようか」
静の提案に、すぐに反応したのは魔術師のリーナだった。手帳をパタンと閉じ、オレンジ色の瞳を輝かせる。
「そうね。先日見つけた隣の大枝へ行けそうな石板もあったし……魔術師としてもすごく気になるわ」
「うんうん! きっと隣の大枝にも美味しそうなものが沢山あると思うよ♪」とフィアが嬉しそうに尻尾を揺らすと、リーダーのアリアが苦笑しながら長剣の柄に手を添えた。
「フィア、期待するのも良いけれど、一応警戒は怠らないようにね」
「また楽しい場所だと良いわね」とミレイアも優しく微笑み、冒険者組の間で和やかな会話が交わされる。
そのやり取りを物珍しそうに眺めていたフォルティナが、不思議そうに首を傾げた。
「隣の大枝……ですか? まだこんな広大な場所が広がっているのですか?」
「はい。この先の水辺を進んで行くと、少し離れた場所に同じような太い大枝が連なっているのが見えてくるんです」
セリナが丁寧に説明すると、フレイアも感嘆の息を漏らした。
「凄いわね……まだ先があるなんて、どれほど広い場所なのかしら」
(……やっぱり、ここって伝承にある『アレ』なのかしら……?)
心の中で冷や汗をかきながらも、フレイアは平静を装って深緑の瞳を揺らす。
一方の静はそんな周囲の戦慄など露ほども知らず、純粋な好奇心に瞳を輝かせていた。
「どんな場所か楽しみだね。なんだか知らない場所に行くって、冒険者みたいで楽しいかも」
「はい! なんだか冒険者になったみたいで、凄くワクワクしてしまいます!」
少し幼子のように頬を緩めるフォルティナに、フレイアもくすりと優しく微笑みかけた。
「ふふっ、まるで以前、あの遺跡を案内してもらった時みたいね。でも今ならアリアたちも私も居るし、あの時よりずっと安全よ」
かつて国家の代表として初めて空白地帯へ「正式訪問」を行い、静かに身を硬くしていた頃の出来事を思い出しながら、フレイアは柔らかく語る。
「良いですね。あの時のように、みんなで楽しみましょう」
セリナがにこやかに頷くと、静は手招きをした。
「じゃあ、さっそく大枝の端の方に向かってみようか」
一行は源泉をあとにし、太い大枝の端を目指して歩みを進めた。
道中、ルゥは水辺で見つけた綺麗な小石を「くぅ!」と鼻先で示し、マルは大枝の苔を踏みながら「ぷぅ、ぷぅ」と楽しげに歩を進める。ハルはルナとサンの頭上をふわりと旋回しながら、時折「ひゅん」と涼しい風を送って二匹を涼ませていた。
やがて大枝の端へ近づくと、少し離れた場所に広がる新しい大枝の影が見えてくる。
すると前回、表皮の石板を最初に見つけたあかねが、夕焼け色のもふもふな翼をパタパタとはためかせ、「きゅきゅー!」と誇らしげに声を上げて先頭を駆け出していった。
「あら、あかねったら。自分が見つけた場所だからって、すごく張り切っているわね」
アリアが嬉しそうに目を細めると、静もあかねの可愛らしい後ろ姿を見送って笑った。
「あははっ。よっぽどこの間、一番に見つけたのが嬉しかったんだね」
「そうですね。少し得意そうにしていましたし」
セリナと微笑ましく見守る中、一行は目的地である表皮の石板の前に到着した。そこには、前回静が触れたことで自然に現れた隠し通路が、そのまま静かに口を開けていた。
「へぇ、通路が出たままになっているのね。パッと見た感じ、誰も通った形跡はなさそうだわ」
「そうね。でも念のため、警戒は怠れないわ」
リーナの分析にアリアが片手剣の柄に指を掛け、凛とした鋭い表情を見せる。
「ん、じゃあフィアが先に行くから、少し離れてついてきてね♪」
斥候のフィアが軽やかに身を躍らせると、ミレイアが優しく念を押した。
「フィア、魔力も精霊の気配も安定しているから大丈夫だと思うけれど、気をつけてね」
「りょーかい♪」
その一連のやり取りと無駄のない動きに、フォルティナは心から感心したように吐息を漏らした。
「凄い……何も言わなくても自然と役割分担ができていますね。これが本物の冒険者なのですね……」
隣のフレイアも、王都の冒険者ギルドマスターとしてアリアたちの隙のない動きに満足そうに目を細める。
「ティナ、それはそうよ。アリアたちは大陸でも名の知れた上級冒険者だもの。体に完全に染みついているのよ」
「やっぱり、本物の冒険者って感じでアリアたちはカッコいいよねぇ」
静がしみじみと呟くと、隣のセリナがくすくすと可愛らしく笑った。
「静様、アリアさんたちは正真正銘、本物の冒険者ですよ?」
「あはは、いつもお屋敷でのんびりしていたり、美味しそうにご飯を食べている姿に見慣れているからさ」
少し気まずそうに頬をかく静の姿に、周囲からどっと温かな笑いがこぼれた。
やがて一行は大樹の内側を通る発光苔の回廊を進み、次の大枝へと続く出口付近に到達した。
「一応周辺の安全確認をして、問題がなさそうなら呼びに来るから、静たちは少しここで待っていて」
アリアの合図で斥候のフィア、剣士のアリア、魔術師のリーナ、回復支援のミレイアの順で素早く出口の外へ滑り出していく。
待っている間、静はルナとサンを両膝に抱き上げ、フォルティナとフレイアへ話しかけた。
「二人とも、大樹の二層目に来るの初めてだったけど疲れてない?」
「いいえ、全然平気です! むしろ、まだまだ歩き足りないくらいですよ」
「ふふ、私も久しぶりに動き回って、少し気分がすっきりしたわ」
そんな会話の傍らで、ツキはあかねやルゥたちと共に、出口の光をじっと見つめながらお行儀よく座って待っていた。
静かに待つこと数分。出口からミレイアがひょっこりと顔を出した。
「静、問題なさそうだから来て大丈夫よ」
「ありがとう、ミレイア」
ミレイアの声に応じ、静たちが一歩外へと足を踏み出す。
そこは先ほどまでの美しい源泉や瑞々しい緑の広場とは一変し、青々とした木々が静かに鬱蒼と茂る、少し薄暗くも落ち着いた雰囲気の漂う新たな大枝のエリアだった。
瑞々しい土と湿気、そしてどこか青々とした竹のような爽やかな香りが、静たちの鼻腔をふわりとくすぐるのだった。
ツキが「にゃ」と鼻を鳴らして辺りの匂いを確かめ、あかねは「きゅ?」と不思議そうに首を傾げる。ルゥやマルも初めて感じる香りにきょとんとしながら、そっと静の足元に寄り添った。




