第四話 大樹の源泉と甘酸っぱい昼下がり
静たちに導かれて大枝の奥へ進んだフォルティナとフレイアの視界が、パッと大きく開けた。
目の前に広がっていたのは巨大な水場でありながら、その底を形作る滑らかな木肌まで透けて見えるほど、水は澄み渡っていた。その端からは太い大枝の隙間を通じて水が下層へと絶え間なく流れ落ちており、まるで美しい水晶の滝のような音を響かせている。冷たく清らかな水の中には光を反射する銀色に輝く魚たちが、気持ちよさそうに群れをなして泳ぐ姿が見て取れた。
「え?……ここは大樹の上のはずなのに、どうしてこんなに大きな泉が……」
「……ちょっと、私の想定を超えているかしら……」
目の前のあまりにも規格外な光景に、フォルティナとフレイアは呆然と息を呑み、それ以上言葉が続かない。
そんな二人の驚きをよそにルナとサンはキラキラと輝く水面に大喜びし、「くぅん!」「ぴぃ!」と歓声を上げながら『大樹の源泉』に向かってトコトコと駆け出していった。
「にゃっ!」
その瞬間、ツキが慌てたように二匹を追い越し、小さな前足を大きく広げてストップをかけた。見かけによらずお転婆な妹たちの暴走に、流石のお姉ちゃんも肝を冷やしたらしい。
ルナとサンはピタリと足を止め、不思議そうに首を傾げている。そこへもう一匹のお姉ちゃんであるあかねが追いつき「きゅきゅ!」とお説教するように短く鳴いて見せた。
「ルナ、サン、二人だけで先に行っちゃ駄目だよ。ツキたちと一緒に行くんだよ」
追いついた静が優しく諭すと、二匹は「くぅん……」「ぴぃ……」と反省したように耳と羽を萎ませ、ツキとあかねの足元へとしおしおと擦り寄った。
「ルナもサンも元気が良いですね。あんなに慌てたツキちゃんを初めて見ました」
セリナがくすくすと微笑むと、アリアも目を細めて頷いた。
「ふふっ、あかねもお姉ちゃんを頑張っているわね」
アリアが誇らしげに付け加える。
「あかねって、実は結構やんちゃなんだけど、ここぞという時はちゃんと締めるのよね」
「ルゥも、静かに見えて意外としっかり者よ?」
ミレイアがふふっと微笑む。
「悲しんでいる子がいたら、真っ先に寄り添ってあげるんだから」
「あら、うちのマルはとっても大人しいわよ? たまに庭で勝手に何かを植えて土を叩いているけれど、お転婆ではないわね」
隣で手帳を開いていたリーナがどこか誇らしげに口を挟む。
「えー! ハルだってちゃんと言うことを聞くよ? ねー、ハル?」
フィアが肩の上のハルに顔を寄せると、ハルも「ひゅん!」と嬉しそうに小さな風を巻く。それぞれが我が子自慢に花を咲かせる和やかな空気に、静も思わず笑みをこぼした。
「あはは、それじゃあ、そろそろお昼ご飯の準備にしようか。アリア、またお魚を捕ってきてくれる?」
「いいわよ、任せて! あかね、行くわよ!」
アリアがあかねを呼び寄せると、あかねは「きゅ!」と元気に返事をして先に浅瀬へと駆け出していく。二人は手慣れた様子で『大樹の源泉』の浅瀬へと向かい、あかねが鼻先で魚の群れを見つけては嬉しそうに「きゅきゅ!」と教え、アリアがそれを手際よく網ですくい上げていった。
「ハル、私たちは周りに何か美味しいものがないか見てこようか!」
フィアもハルを連れて颯爽と風のように散策へ飛び出していった。
残された面々は手分けして昼食の設営を始める。静が空間から滑らかな手触りの敷物や簡易調理台、焚き火台、清潔な調理器具などを手際よく取り出し、セッティングしていく。
領主館で料理を少しずつ勉強しているフォルティナとフレイア、野営でスープを作り慣れているミレイア、そして静とセリナが中心となって調理場を整えた。リーナは浅瀬から戻ってくるアリアを手伝い、捕れた大樹魚を籠に収めたり、水辺に自生する食べられる香草や野草を解析して採取していく。
ほどなくして全員がお腹いっぱい食べられるほどの大樹魚が集まり、串打ちと下ごしらえが手際よく進められた。
今回は定番の塩を振った串焼きだけでなく、静の提案で『特製唐揚げ』も作ることになった。カリッと揚がった魚の香ばしい匂いが周囲に漂い始めた頃、「静ー! 見て見てー!」とフィアが嬉しそうに声を上げて戻ってきた。
「野イチゴが沢山採れたよ! ハルが見つけてくれたの!」
フィアの手にある籠には、真っ赤に熟した大粒の野イチゴがぎっしりと詰まっている。ハルもフィアの肩の上で「ひゅん!」と胸を張っていた。
「凄いね。甘い匂いがしてすごく美味しそうだよ」
「熟している野イチゴは甘酸っぱくて、とっても美味しいですよね」
セリナと静が褒めると、アリアも「依頼で森に行った時に見つけて食べると、あの甘酸っぱさが最高なのよね」と嬉しそうに目を細める。フレイアとミレイアは「エルフの森にいた頃によく食べたわね」と懐かしそうに語り、リーナも「ダークエルフの森でも似たような野イチゴを見かけたわ」と静かに頷いた。
一方、貴族として育った領主のフォルティナは、物珍しそうに籠を覗き込む。
「野イチゴ……ですか? 今まで一度も食べたことが無いですが、とても甘い香りがしますね」
「それじゃあ、綺麗に洗ってみんなで食べましょう」
清らかな源泉の水で洗った野イチゴを添え、いよいよ大樹の上の贅沢なお昼ご飯が始まった。
敷物の上に輪になって座り、出来立ての唐揚げや串焼きを頬張る。
「美味しい! 外はカリッとしていて、中はふわふわね!」
「あの大鳥や小動物たちも可愛かったわねぇ」
「この源泉の景色も、本当に素晴らしいですね」
和気藹々とした会話が弾む中、フォルティナがそっと野イチゴをひとくち口に運んだ。
「……っ!」
想像以上のキュッとした酸っぱさに、フォルティナはキュッと目と口をすぼめ、顔を真っ赤にして固まってしまう。
「ティナ、大丈夫?」とフレイアがくすくす笑うと、フォルティナは慌てて口元を両手で隠し、パチパチと瞬きをした。
「……驚きましたけれど……果汁が瑞々しくて、とても美味しいです……っ」
照れながらも嬉しそうに呟くフォルティナの姿に、周りから優しく温かな笑い声が巻き起こった。
足元では幼体たちも、ご馳走に夢中になっている。骨を取り除いてもらった大樹魚の唐揚げや野イチゴを「くぅん!」「ぴぃ!」「にゃ!」と大喜びで頬張っている。
食事が落ち着く頃には、お腹いっぱいになった幼体たちが一人、また一人と心地よい満腹感とポカポカとした陽気に包まれ、丸くなってまぶたを重くしていった。
ツキとあかねが寄り添うように丸くなり、少し離れた場所ではルゥとマルが折り重なるようにうとうとと舟を漕ぐ。ハルは暖かな日差しの下でふわりと着地したまま静かに目を閉じ、ルナとサンもツキの体温にすっかり安心しきったのか、その傍らにぴったりとくっついて丸くなった。
「ぴゅ……」
「くぅ……」
あちこちから小さく可愛らしい寝息が漏れ聞こえてくる。
「みんな、すっかり眠くなっちゃったね」
静が穏やかに目を細めると、源泉を渡る優しい風が大樹の緑の葉をさらさらと揺らしていくのだった。




