第三話 手渡される焼き菓子と木漏れ日の笑い声
大樹の二層目に降り立った一行は、ツキにあかね、ルゥたちが誇らしげに先導するあとをのんびりとついて歩いていた。
太く巨大な大枝の上に広がる緑の広場では、色鮮やかな羽を持つ小鳥たちが枝々を愉しげに飛び交い、ふさふさとした愛らしい尾を持つリスに似た小動物たちが、瑞々しい草の上を元気に駆け回っている。
以前この場所を訪れた際に仲良くなったツキやあかねたちの姿を認めると、小動物たちが「きゅっきゅ!」と声を弾ませて一斉に集まってきた。
初めてその光景を目にしたルナとサンは、一瞬その勢いに驚いて耳をピクと立てたものの、自分たちと似たような大きさの愛らしい住人たちだと分かると、嬉しそうに目を輝かせた。
ルナはふさふさの尾をぶんぶんと振り、サンは小さな丸い翼をパタパタとはためかせる。
「くぅん!」
「ぴぃ!」
爪先まで喜びを爆発させて甘えるように鳴く二匹に、ツキも「にゃあ」とお姉ちゃんらしく鷹揚に応え、あかねやルゥも嬉しそうに鼻先をすり寄せた。ハルは小鳥たちと一緒になって空を舞うように羽ばたき、時折「ひゅん」と機嫌よく鳴きながら新しい仲間を出迎える。マルも負けじと「ぷぅ」と鳴き、リスに似た小動物たちへ向けて得意げに土を「ぽむぽむ」と叩いて挨拶していた。
そんな幼体たちの可愛らしいやり取りと、集まってきた小動物たちの人懐っこさに、フォルティナとフレイアはすっかり心を奪われていた。
「うわぁ、可愛い!……でも、やっぱりルナが一番可愛いですけれど」
「ふふ、本当ね。サンみたいに愛くるしい子がたくさんいるわ。もちろん、うちのサンが一番だけれど」
小動物たちの愛らしさに胸を躍らせつつも、しっかりと我が子への一番の愛情を覗かせる二人。その親馬鹿ぶりに、静は思わずくすっと声を漏らした。
「あはは、やっぱりそうなりますよね。でも、この子たちも本当に可愛いですし、すごく人懐っこいんですよ」
「ええ、とても良い子たちばかりですね」
セリナも隣で柔らかく目を細め、アリアたちもそれぞれに近く寄ってきた小動物たちの毛並みを優しく撫でながら、和やかに言葉を交わしていた。
すると小動物たちが、前回のピクニックの時と同じように、木々の間から拾ってきた綺麗な木の実や珍しい葉っぱを「お返し」のように手に抱えて差し出してきた。
その健気な姿に目元を緩めた静は、空間へそっと手を伸ばす。そこから取り出したのは、以前アリアたちの調査依頼に向かう前に焼いておいた『春香木の香りをまとった焼き菓子』がぎっしり詰まった小袋だった。
「フォルティナさん、フレイアさん。この子たち、お菓子が大好きみたいなんです。小さく割ってあげてみてください」
「まぁ、お菓子ですか?」
静から渡された焼き菓子を、二人は指先でひとくちサイズに小さく砕き、そっと手のひらに載せて差し出してみる。すると小鳥や小動物たちが待ってましたとばかりにパタパタと寄ってきて、ちょこんと手に乗り、嬉しそうにモグモグと口を動かし始めた。
「可愛い……美味しいですか?」
「ふふっ、この子たちの食べる姿を見ているだけで、日頃の執務の疲れなんて一気に吹き飛んでしまうわね」
フォルティナの優しい問いかけに、フレイアもニコニコと頬を緩めながら呟く。静やセリナ、アリアたちも周りの子たちに少しずつお裾分けを配り、広場全体が甘いお菓子の香りと温かな笑顔に包まれていった。
ツキたちはといえば、小動物たちと一緒に転がり回ったり、毛づくろいをしてあげたりとお世話に大忙しだ。ルナは周りの子たちと追いかけっこをして元気に走り回り、サンは同じくらいの大きさの小鳥たちと並んで、まるで歌を合唱しているかのように愉しげに「ぴぃ、ぴぴっ」と声を弾ませていた。
そんな夢のような光景を笑顔で眺めていたフレイアだったが、ふと指先に触れる小動物の毛並みから伝わる気配に、首を傾げた。
「あれ……? 気のせいかしら。この子たちから、かすかに精霊のような澄んだ気配を感じるわ……?」
その呟きを聞きつけた従姉妹のミレイアが、くすくすと楽しそうに笑いかける。
「ふふっ、姉さん、今頃気がついたの? まぁ、この子たちがあまりにも可愛いからそっちに目が眩んじゃうのは仕方がないけれど」
「フレイアさん、多分その子たちは精霊の一種だと思いますよ」と、手帳を開いていたリーナが静かに言葉を補足する。「ただ、私たちがエルフの森で見かける精霊とは違って、しっかり実体があって触れられますから……『精霊に近い存在』としか言いようがないですけれど」
「そうなのね……。ということは、やっぱりここって……『アレ』なのかしら?」
フレイアは少し離れた場所で小鳥と戯れている静たちに聞こえないよう、声を潜めて「世界樹」の存在を仄めかした。
ミレイアはサファイア色の瞳を優しく揺らし、静かな声で応じる。
「はっきりとは断言できないけれど……ダークエルフの古い伝承にある『世界樹』の記述には、恐ろしいほど近いわね」
「二層目に上がる石階段の壁画も意味深だったわ。でも……どちらでも良いんじゃないかしら?」
手帳を閉じたリーナが肩をすくめると、ミレイアも深く頷いた。
「そういうこと。静ならきっと気にしないわ」
「そうね。静さんなら『大きな木ですね』で終わらせそうだものね。ふふ、可愛い子たちがいて、美味しいものがあって、みんなが笑顔になれる楽しい場所——それさえ分かっていれば、十分よね」
納得したように微笑み合った三人は、小動物たちを愛おしそうに撫でている静やセリナ、フォルティナたちの元へと視線を戻し、温かいまなざしを注ぐのだった。
それからしばらくして、あちこち動き回っていたフィアが、お腹をさすりながら静の元へやってきた。
「ねぇねぇ、静ー! そろそろお昼ご飯の準備にしようよー。フィア、お腹すいちゃった!」
「あはは、そうだね。もうそんな良い時間か。……この先にある『大樹の源泉』で、またあのお魚を捕まえて食べてみる?」
静の提案に、アリアが嬉しそうに目を輝かせる。
「いいわね! あのお魚、身が引き締まっていて本当に美味しかったものね」
「はい。ツキやあかねたちも、すごく嬉しそうに食べていましたよね」とセリナも微笑む。
そんな会話を横で聞いていたフォルティナとフレイアは、思わずパチクリと目を丸くした。
「お魚……ですか? 大樹の上に、お魚がいるのですか?」
「一回、地上の川まで降りるのかしら?」
首を傾げる二人に対し、静は悪戯っ子のようにくすりと微笑んで見せた。
「きっと驚きますよ。……よし、それじゃあ『大樹の源泉』へ移動しましょうか」
静の手招きに応じ、一行はさらに奥にある神秘の湧き水——『大樹の源泉』を目指して歩みを進めるのだった。




