第二話 再会の笑顔と緑広がる第二層
フォルティナとフレイアの乗った馬車が、フォルツの街の定宿『上弦の月』へと到着した。
身軽に馬車を降り、ルナとサンを大切に抱きかかえながら館内へ入った二人に、宿の支配人が恭しく一礼して歩み寄ってくる。そして落ち着いた声でこう告げた。
「フォルティナ様、フレイア様。先方——相川様がすでにお部屋でお待ちでございます」
「え? もう静さんが来てらっしゃるのですか?」
フォルティナが思わず目を丸くすると、隣のフレイアが困ったような、けれど嬉しそうな絶妙な苦笑いを浮かべた。
「静さんって、相変わらず気を使う人よね。私たちの方が待つ側になるはずだったのに」
「フレイ、早く行きましょう」
「ええ、あまりお待たせするのも悪いわね」
二人は顔を見合わせ、急ぎ足で静の待つ部屋へと向かった。
そっと扉を開けると、室内にはゆったりとソファに腰を下ろしている静の姿があった。二人を認めると彼は柔らかく微笑んで立ち上がる。
「あっ、フォルティナさん、フレイアさん。おはようございます」
「静さん、おはようございます。申し訳ありません、お待たせしてしまったようで……」
「おはよう、静さん」
頭を下げるフォルティナに、静はのんびりと手を振って首を横に振った。
「いえいえ、俺も丁度来たばかりなので、大丈夫ですよ」
そう穏やかに笑う静だったが、手元のテーブルに目を向けると、宿のティーセットのカップから細い湯気が静かに立ち上っていた。すでに一杯飲み終え、少し時間が経っているのが見て取れる。自分たちに気を使わせないための優しい嘘だと悟り、二人はそれ以上突っ込まず、胸の中でそっと感謝の意を深めるのだった。
「準備が良ければ、お屋敷に行きましょうか」
静の問いかけに二人が笑顔で頷く。静が軽く右手をかざすと、ふわりと柔らかな光の粒子が室内を包み込み、一瞬の浮遊感と共に視界が切り替わった。
◆◆◆
光が収まると、そこは静かな空白地帯のお屋敷だった。
「静様、お帰りなさいませ。フォルティナさん、フレイアさん、ようこそいらっしゃいました」
出迎えたセリナやアリアたち、そして幼体たちがそれぞれに和やかな挨拶を交わす。
その瞬間、フォルティナの腕からルナが、フレイアの肩からサンが弾むように飛び降りた。二匹はそのままリビングで待っていたツキにあかね、ハル、ルゥ、マルたちのもとへ一直線に駆け寄っていく。
「くぅん!」
「ぴぃ!」
久しぶりに会えたお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに甘えるように、大喜びで体をすり寄せ、戯れ始める幼体たち。
ツキは「にゃあ」と鷹揚に喉を鳴らし、まるで妹たちの帰りを出迎える姉のような顔でルナとサンを迎え入れた。あかねは「きゅぅ」と嬉しそうに尻尾を振りながらサンの周りをくるくると回り、ハルも「ひゅん」と羽をはためかせてサンの頭上をふわりと旋回する。ルゥは「くぅ」と甘えるように鳴きながらルナの隣にちょこんと寄り添い、マルは負けじと「ぷぅ」と鳴いて得意げに床を「ぽむぽむ」と叩いてみせた。
幼体たちの賑やかにじゃれ合う様子にフォルティナとフレイアは目元を緩ませた。この子たちの嬉しそうな姿を見るだけでも、連日の公務を必死に終わらせてきた甲斐があったと、胸の奥がじんわりと温かくなる。
セリナが手際よく温かいハーブティーを用意して二人へ差し出すと、幼体たちの元へも小さなお皿を持って歩み寄った。そこには小さくカットされた果物と、みずみずしく透き通るような実が並んでいる。
「ルナ、サン。こちらの桃もとても美味しいですよ」
セリナが差し出したのは、アリア達の調査で得られた特別な『霊桃』だった。ひとくちサイズに切り分けられたそれを、ルナとサンは目を輝かせてパクリと頬張る。
「くぅん……!」
「ぴぃ!」
口いっぱいに広がる瑞々しい甘さに感動したように、二匹は幸せそうな声を上げて喉を鳴らした。その様子を見ていたツキも「にゃ」と一つ鳴き、まるで「美味しいでしょう」と言わんばかりに得意げに胸を張っている。
「少し休憩してから、大樹の二層目に行きましょうか。きっと楽しいですよ」
静が微笑みながらそう声をかけると、フォルティナはまっすぐに頷いた。
「はい、よろしくお願いします!」
その隣でフレイアが小さくくすりと笑い、悪戯っぽく静へ視線を送る。
「ふふっ、静さん。ティナったら、今日を楽しみにお仕事もかなり頑張ったのよ?」
「ちょ、ちょっとフレイ! 余計なことを言わないでください! 確かに楽しみにしていましたけれど……っ」
顔を真っ赤にして慌てるフォルティナの姿に、リビング全体がどっと温かな微笑ましさに包まれた。静も優しく目元を緩める。
「それは良かった。きっと気に入ってくれると思いますよ」
しばらくして、探索の支度を整えたアリアが長剣の鞘を確かめながら声をかけた。
「こちらの準備は出来ているから、いつでも大丈夫よ」
「お昼はまた向こうで食べようね♪」とフィアが元気よく言えば、リーナも手帳を手に「静と一緒に行けば、また何か知らないことを調べられそうで楽しみだわ」と知的な好奇心を覗かせる。
ミレイアも従姉妹であるフレイアへ「姉さん、向こうには小さな子たちが沢山いるから楽しいわよ」と優しく微笑みかけた。
にぎやかな仲間たちの様子を見届け、静が改めて二人に向き直る。
「そろそろ落ち着いたようですし、行きましょうか」
「はい、どんな所か楽しみですね」
「サンのお友達が増えると良いわね」
言葉を交わし合い、静が空間を軽く撫でる。柔らかな光の粒子が全員を包み込み、一瞬ののち、一行の姿は大樹の二層目へと移し出された。
◆◆◆
視界が開けた瞬間、目の前に広がっていたのは、太く巨大な大枝が幾重にも交差して形作る、圧倒的な緑の大広場だった。
一度訪れたことのある静やセリナ、アリアたちでさえ、改めて目の前に広がる光景に息を呑んだ。初めてその光景を目にしたフォルティナとフレイアは、ただただ圧倒されて言葉を失っていた。
「……凄い……大樹の上に、こんなに広い場所があるなんて……」
フォルティナは胸に手を当て、感嘆の吐息を漏らす。フレイアもまた、温かな風に揺れる草木を見つめ、深緑の瞳を揺らした。
「大樹の大枝に、これほどの生命力が満ちているなんて……まるで、天空の森そのものね……」
ルナとサンも、肌を撫でる心地よい空気に興奮したように「くぅん」「ぴぃ!」と歓声のような声を上げる。ツキやあかねたちも、初めて訪れる二人を先導するように少し前へ進み出て、まるで「こっちだよ」と言わんばかりに辺りをぐるりと見渡した。
そんな二人の様子に、静はどこか誇らしげに、けれど変わらず穏やかな笑顔を向けた。
「この広場は大樹の二層目の一部ですよ。ここの可愛い住人たちが待っていますよ」
静の優しく温かな声が、大樹を渡る風の中にふわりと溶けていくのだった。




