第二十四話 元気が出るスープと賑やかな食卓
屋敷へと無事に帰還した静たち一行。
「みんな、三日間の調査お疲れ様。今日の夕食は、しっかり元気が出る様に美味しい『スープカレー』を作るから待っててね」
静がのんびりと労いの言葉をかけると、フィアがパッと耳を立てた。
「え? スープカレー? それって、この前作ってくれたカレーライスとは違うものなの?」
ちょっと食いつき気味に聞いてくるフィアに、静は笑って頷く。
「そうだね。いつものカレーライスは、とろみのあるルーをご飯にかけてがっつり食べる感じだけど、スープカレーはサラサラしたピリ辛のカレー味のスープなんだ。野菜やお肉がたっぷり入っていて、疲れている時なんかに身体を芯から温めてくれるから、今日には丁度良いかなって」
「そうなんだ! 凄い楽しみ♪ いーっぱい食べるから、沢山作ってね♪」
「フィア、またあなた食べる事ばかり……まずは調査の道具の片付けが先よ」
アリアが呆れたように笑いながらたしなめると、フィアは「はーい! ささっと片付けて、早く食べようよ!」と尻尾を振った。
「静も帰ったばかりでまだ作ってないんだから、そんなに慌てないのよ」
リーナも苦笑しながら手帳を仕舞う。
するとミレイアが少し興味深そうに静に尋ねた。
「あの美味しいカレーのスープ版みたいなものなのよね? 私たちも野営中にスープを作っていたから、そのレシピ、とても気になるわ……静、今度私にも教えてもらえるかしら?」
「もちろん! 今日はみんな疲れているだろうから、また今度、一緒に美味しいスープを作ろうか」
「静様に教えて頂けたら、きっと野営でもさらに美味しいスープが出来ますよ」
セリナも静の横で嬉しそうに微笑みながら言葉を添える。
「ミレイア、がんばって! すっごく期待してるからね!」
フィアが気楽に応援すると、ミレイアは「ふふっ、任せてちょうだい」と、まんざらでもない様子で優雅に微笑んだ。
「そういえば静。今回の調査中に、とても珍しくて美味しい桃を見つけたわ。いくつか採って来たから、後で皆で食べましょう」
アリアがマジックポーチを軽く叩きながら言うと、リーナが説明を加える。
「とても珍しい『霊桃』って言うのよ。エルフの森でも滅多に見つからない、貴重で極上の果実よ。期待しててちょうだい」
そのやり取りを聞いていたあかね達幼体が、美味しい果物という言葉に反応し、そわそわと落ち着きなく足元を動き回り始めた。まるで「早く食べたい!」と全身でアピールしているようだ。
「あはは、楽しみだね。それじゃあ、俺たちは夕飯を作ってるから、アリア達は先にお風呂でも入って、ゆっくりしててよ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせて貰うわ」
「ハル、一緒にお風呂に入ろうー!」
フィアがハルに声をかけて一緒に連れていくと、アリアはあかねを、リーナはマルを、ミレイアはルゥをそれぞれ連れて、思い思いに交代でお風呂へと向かっていった。
「静様、皆さんの為にも、美味しい夕飯を作りましょうね」
「よし、じゃあ、みんながお腹いっぱいになるように沢山作ろうか」
「にゃ」
ツキも小さく鳴いて同意し、静とセリナは並んでキッチンへと向かった。
◆◆◆
キッチンでは静とセリナが並んで鍋の前に立っていた。
セリナが丁寧に大きく刻んだ根菜などの野菜を鍋に入れると、油の中でじゅっと心地よい音を立てて色づいていく。
「セリナ、そのまま焦げないように軽く炒めてくれる? そうすると、野菜の甘みが引き出されるからね」
静が声を掛けながら、様々な香草を細かく刻んで風味付けの準備を進める。
セリナが木べらでゆっくりと鍋の底から混ぜると、野菜の香ばしい香りがふわりと広がった。
十分に火が通ったところで、静が香辛料の小瓶を手に取る。
「今日はいつもより少しだけ辛味を足して……でも、疲れている皆が食べやすいように、まろやかで優しい味に仕上げようかな」
香辛料の淡い金色の粉をひとつまみ鍋に落とし、じっくりと炒め合わせる。すると、食欲をそそるスパイシーで温かな香りがキッチンに一気に広がり、静は思わず微笑んだ。
「いい香りだね。これならみんな喜んでくれそうだ」
水や骨付きの肉、その他の材料をたっぷりと入れ、じっくりと煮込んでいく。
しばらくして、セリナが小皿に取って味見をし、ほんの少しだけ塩を足して味を整えた。
「……うん。スパイスが効いていますが、とても優しくて、身体の底から元気が出る味です」
静も味見をして納得したように頷き、火を弱めてコトコトと煮込み続ける。
すると、足元でずっと見守っていたツキが、自分も味見したいとばかりに前足を静の足に乗せて「にゃ」と鳴いた。
「ふふ、熱いから気を付けてね」
静が小皿にほんの少しだけスープをすくい、少し冷ましてからツキに差し出す。
ツキはちょこんと座り、そっと鼻先を近づけて一口ぺろりと舐めた。
次の瞬間、漆黒の尻尾をぴんと立てて、
「にゃ!」
と、元気いっぱいに鳴いた。
まるで「合格!」とでも言っているような、誇らしげな声だ。
セリナはその様子を見て、ふわりと柔らかな笑みをこぼした。
「ふふっ。料理長の合格が出ましたよ、静様」
静も思わず声を出して笑ってしまう。
「それは心強いね。じゃあ、このまま仕上げようか」
ツキは満足げに胸を張り、まるで自分が一番大事な役目を果たしたと言わんばかりに、火にかかる鍋のそばにちょこんと座り込んで完成を見守るのだった。
◆◆◆
丁度、夕食が完成した頃。お風呂から上がってさっぱりしたアリア達が、ダイニングへと集まってきた。
「うわぁ~、すっごく美味しそうな香りがするよ!」
フィアが目を輝かせて嬉しそうに言う。アリア達も口々に感想をこぼした。
「本当にいくらでも食べられそうな香りね。いつものカレーライスとどう違うのか楽しみだわ」
「ええ、とても良い香りね。色々な香草が複雑に混ざり合っているのが分かるわ」
「やっぱりカレーの香りは食欲をそそられるわね。野営の時にも、こういう身体が温まるスープがあると疲れが取れそうで良いわ」
スパイスの香りに気が付いたあかね達幼体も、待ち遠しいのかそわそわとダイニングを動き回っている。
あかねは「きゅきゅ!」と尻尾を振り、マルは「ぷぷぅー!」と小さな手で床をぽむぽむと叩いている。ルゥは「くぅ」と静の足元にすり寄り、ハルも「ひゅん」と機嫌よく宙を舞っていた。
「みんな、今セリナとツキがお供えに行ってるから、もうちょっとだけ待ってね」
静が幼体たちを宥めながら、大きな器にスープカレーをよそい、ふっくらとしたパンと共にテーブルへと準備を進めていく。
◆◆◆
大きめの器にたっぷりとよそったスープカレーと、バスケットに入れたパンをお盆に乗せ、セリナは静寂に包まれた礼拝堂へと足を踏み入れた。
いつもの様に祭壇の前にそっとお盆を置き、静かに両手を組んで目を閉じる。
「ルーナフィリス様。本日は静様が身体の疲れを癒やしてくれそうな、とても美味しい特製のカレースープをご用意いたしました。スパイスの香りが素晴らしい一品です。どうぞ、お召し上がりください」
セリナが心からの感謝を込めて祈りを捧げ、そっと目を開く。
すると祭壇の上の料理をふわりと柔らかな光の粒子が包み込んだ。光が静かに引いていくと同時に、湯気を立てていた器とパンは、すっと綺麗に消え去っていた。
「にゃん」
足元で控えていたツキが、確かに届いたことを確認するように短く鳴く。
「今日も喜んでくださると良いですね、ツキちゃん」
セリナは微笑み、空になったお盆を持ってダイニングへと戻っていった。
◆◆◆
「お待たせしました。さあ、冷めないうちに頂きましょう」
セリナが戻り、全員が揃ったところで賑やかな夕食が始まった。
「んん〜っ! スープがサラサラしてるのに、すごくコクがある! スパイスが効いてて美味しい!」
「本当ね。大きめに切られた野菜の甘みが、スープの辛味と絶妙に合っているわ」
初めて食べるスープカレーの美味しさに、皆の顔にパッと笑顔が広がる。幼体たちも専用の器で、夢中になってそれぞれの食事を楽しんでいた。
食卓では、空白地帯での三日間の調査の様子や見つけた遺跡の謎、そしてレナードがすっかり野営に慣れて立派な働きを見せた事などが、笑い混じりに報告された。
セリナからは、エナが無事に仮設診療所での三日間を乗り切り、最後に『魔力結晶のペンダント』を渡して無事に『師弟関係』の証を結んだ温かなエピソードが語られた。
「へえ、エナちゃん、泣いて喜んでたんだ。……なんだか、そういうのってすごく素敵ね」
アリアが目を細めると、セリナも嬉しそうに頷いた。
それぞれの場所で役目を果たし、無事に屋敷へと帰還した仲間たち。
スパイスの香りが漂う温かな食卓には、いつまでも楽しげな笑い声が響き渡るのだった。




