第二十三話 師弟の証と空白地帯からの帰還
静はフォルツの仮設診療所へと転移で戻ると、丁度患者が途切れている事を確認して声をかけた。
いまちょっと時間あるかな?」
「はい。今でしたら丁度患者さんもいらっしゃいませんので、大丈夫です。エナさん、少しの間だけ表をお願いしますね」
「はい、師匠! 患者さんが来られましたら、すぐにお呼びしますね」
「セリナ、
エナが元気に頷くと、静は足元の幼体たちにも視線を向けた。
「じゃあ、エナ、それにツキたちも。少しの間お願いね」
幼体たちを代表するように、ツキが「にゃ」と一つお利口に返事をする。
静とセリナは連れ立って診療所の奥の控室へと入り、静が先ほど屋敷で作成した『魔力結晶のペンダント』を空間からそっと取り出した。
現れたのは淡い灰水晶で精巧に形作られた猫が、細身の黄金水晶を大切そうに抱く意匠のペンダントだった。
猫の耳はちょこんと愛らしく尖り、半透明の額が光を受けて静かに輝いている。前足はひし形の水晶の上端をそっとつかみ、細い尻尾が下の角に優しく巻き付くようなデザイン。
そして中央にはセリナの瞳と同じ、アメジスト色の小さな丸い結晶が淡く光を宿していた。
静はそのペンダントを手のひらに乗せたまま、セリナへと差し出した。
「これがお願いされてた『魔力結晶のペンダント』だよ。セリナの髪と瞳の色をモチーフにして、ツキがそれを支えてるイメージで作ってみたんだ」
「まあ……とても素敵です! 特にこのツキちゃん、とても可愛らしいですね」
セリナが両手を胸の前で合わせ目を輝かせる。
「そういってもらえると嬉しいよ。セリナもツキも、いつもエナのことを見守ってるって意味を込めたんだ」
「静様……ありがとうございます。きっと、エナさんも喜んでくれると思います」
セリナが静から『魔力結晶のペンダント』を受け取り、大切に胸元へとしまった、その時だった。
「師匠! 患者さんが来られたのでお願いします!」
エナが控室へと呼びに来た。
セリナは「はい、ではまた一緒に診ましょうね」と微笑み、静は二人が並んで診察室へ向かう後ろ姿を、どこか誇らしげに温かく見守るのだった。
◆◆◆
その頃のレナードとアリア達一行は
「アリア、もう少しで空白地帯の入り口だよ」
先行していたフィアが振り返って声をかけると、アリアも鋭い視線を巡らせながら頷いた。
「そうね。最後まで油断しないように行きましょう」
「丁度お昼過ぎに着きそうね。昼食をそこで取ってから戻りましょうか」
ミレイアの提案に、リーナがレナードを振り返る。
「レナードもそれでいいかしら?」
「はい。その頃には迎えの馬車も待機していると思いますので、丁度良いですね」
一行はさらにしばらく進み、やがて視界が開け、初日に入り込んだ空白地帯の外縁部入り口へと到着した。
少し離れた街道の端に、迎えの馬車が到着しているのが見える。
「馬車もちゃんと来ているみたいね。あそこで休憩がてら食事をしてから、街まで送ってもらいましょう」
「食材もまだ沢山あるから、最後はちょっと豪勢に使ってみましょうか。御者の方も一緒に誘ってみるのもいいわね」
ミレイアの提案にフィアが尻尾をピンと立てた。
「賛成ー♪ やっぱり、みんなで食べた方が美味しいよね!」
「フィアは美味しければなんでもいいんでしょ?」
リーナが呆れたように笑うと、レナードも口元を緩めた。
「馬車の操縦中は落ち着いて食べられないでしょうから、御者の方もきっと喜ぶと思います」
空白地帯を抜け、馬車が止まっている開けた場所へと向かい、レナードが馬車の御者に声をかけて食事に誘う。
一行は慣れた手つきで昼食の準備にとりかかった。
レナードが道すがら集めた枯れ木を使って素早く簡易かまどを組み上げると、アリアとフィアが厚切りハムやソーセージを焚火にくべる。リーナが鍋に魔法で澄んだ水を生成し、ミレイアが新鮮な野菜をたっぷりと使った具沢山スープを手際よく作り出す。
あまりにごく自然に無駄なく分担作業をする一行の姿を見て、御者が感心したように声を上げた。
「いや~、レナード様は出発前よりも、ずっと冒険者の方々に馴染んできた感じですね」
「ん? そう感じますか? そう言ってもらえると、少し嬉しいですね」
レナードが少し照れくさそうに笑うと、フィアが胸を張った。
「そうそう! レナードったら、もう本職の冒険者になっても平気なくらい、野営に慣れて来てたよ!」
「そうね。ほんの三日間だったけれど、随分と勘を取り戻したんじゃない?」
アリアが笑い、リーナも手帳を仕舞いながら「知識が実地に追いついて来たって事ね」と頷く。
「でも、レナード。慣れたからって、一人でこんな危険な場所に調査へ入るのはもう駄目よ?」
ミレイアが少しだけ心配そうに釘を刺すと、レナードは真面目な顔で深く頷いた。
「いや~、本当にお恥ずかしい。もう一人でここを調査しようなどという無謀な真似は思いませんよ。……また調査する際には、皆様にお願いできますか?」
「静次第だけど、いいわよ? 大分レナードも冒険者っぽくなったし、連携も取りやすかったしね」
アリアが快諾して笑い合い、皆で和やかに食事を済ませる。
後片付けを終えた一行は馬車に乗り込み、一路フォルツの街へと向かって出発した。
◆◆◆
一方、フォルツの仮設診療所では。
本日最後の患者を見送り、閉院の準備が行われていた。
表の入り口の札を『閉院』に切り替え、室内に戻って来たエナをセリナが静かに呼び止める。
「エナさん、こちらに来てもらえますか」
「ん? どうしました、師匠?」
エナが不思議そうに首を傾げてセリナの元へと歩み寄る。
その後ろでは静やツキ、あかね達がどこか温かい眼差しでその様子を静かに見守っていた。
いつもと違う改まった雰囲気に、エナは少し緊張したように背筋を伸ばす。
「エナさん、今日までの三日間、本当にお疲れさまでした。治癒魔法の魔力コントロールもだいぶ慣れてきましたね」
「すべて、師匠の丁寧なご指導のお陰です!」
「いいえ。私はほんの少し、エナさんの背中を押してあげただけですよ。後はすべてエナさん自身の頑張りがあったからです」
セリナは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「私も治療師としてはまだまだ未熟ですが……それでも、エナさんを指導する『師匠』という立場をさせて頂きました。三日間という短い時間でしたが、指導してきた一区切りとして……エナさんにお渡ししたい物があります」
「私に……渡したいもの、ですか?」
「はい。師匠から弟子への、贈り物です。これを受け取ってください」
セリナはそう言って、先ほど静に作成して貰った『魔力結晶のペンダント』を両手で大切に包み込むようにして、エナへと手渡した。
エナは驚いた顔をしながらも、そっとそれを受け取る。
「わぁ……すごく可愛くて、綺麗です。……あの、師匠。これって、もしかして……」
「はい。エナさんを私の弟子として認めているという『証』です」
セリナの言葉を聞いた瞬間、エナの大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
「あり……がとう……ございますっ……」
「静様に作って頂いた、特製のペンダントなんですよ。これからはこれを身に付けて、エナさんの治癒魔法を皆さんの為に使ってくださいね」
「はいっ……!」
泣きじゃくるエナを温かく見守っていた静が、優しく声をかけた。
「エナ。その『魔力結晶のペンダント』はね、セリナの髪と瞳の色、それにツキをモチーフにして作ったんだ。二人がこれからも、ずっとエナのことを見守ってるって意味だよ」
静の言葉に、エナは手のひらのペンダントを愛おしそうに見つめた。
そして、そっとペンダントに自身の魔力を通してみた、その瞬間。
「えっ……!?」
ペンダントの中央にあった『アメジスト色の丸い結晶』が、エナの魔力に反応して、まるでツキの瞳(猫の縦長の瞳孔)のような形へとスッと細く変化したのだ。
「にゃ」
足元にいたツキが「ちゃんと見てるからね」と言わんばかりに得意げに鳴く。
静が仕込んだ魔法のようなギミックにエナは驚き、そしてすぐに満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ……すごい。本当に、師匠とツキちゃんが見ててくれるみたいです。……ありがとうございます! これからはこの『魔力結晶のペンダント』を身に着けて、師匠の弟子として恥ずかしくないように頑張ります!」
「ふふっ、気に入って貰えてよかったです。でも、無理はダメですからね」
セリナが優しく涙を拭ってやり、温かな師弟のやり取りの後、一行は閉院作業を終えてエナを孤児院へと送り届けた。
いつもの様に頂いた差し入れの品物をシスター・ローゼへ渡し、少しだけ子供たちの面倒を見てあげるのだった。
◆◆◆
丁度その頃。レナードとアリア達はフォルツへと無事に帰還し、冒険者ギルドで依頼達成の報告を行っていた。
「レナード、これで今回の調査依頼は完了で良いわね?」
「はい。三日間の調査協力、本当にありがとうございました。……また調査したい時にはお願いできますか?」
「静次第だけど、いいわよ。その時はよろしくね」
アリアが笑って頷き、リーナが伸びをしながら言う。
「さてと、私たちはそろそろ戻りましょうか?」
「そうね、久しぶりの本格的な調査依頼はさすがに疲れたわね」
ミレイアが肩を回し、フィアが大きく尻尾を揺らす。
「早く帰って、静の美味しいごはん食べたいね!」
「それじゃあ、レナード。私たちはこれで戻るわ」
アリアがそう告げると、フィアが元気よく手を振った。
「また誘ってねー!」
リーナも小さく笑いながら続いた。
「レナード、本部での良い結果が出たら教えてね」
「次はもう少し、美味しい食事が出来る様に腕を磨いておくわね」
ミレイアが締めくくるように微笑みかけた。
それぞれに声をかけ、手を振ってギルドを出ていく《ルミナ・ヴェール》の背中を、レナードは深い敬意を込めて見送るのだった。
ギルドを出たアリアは人通りの少ない場所へ移動すると、懐から連絡板を取り出した。
指先で滑らかな表面をなぞり、文字を定着させる。
【アリア:静、調査依頼が完了したわ。いつもの宿で待っているから迎えに来てくれる?】
暫くして、連絡板が淡く光り、静からの返信が浮かび上がった。
【静:了解。今から向かうね】
その文字を見て安堵し、アリア達は定宿である『上弦の月』の借り上げ部屋へと向かった。
◆◆◆
一方。アリアから連絡板にメッセージが届き、返信を終えた静は。
「セリナ、アリア達が無事にフォルツに戻ったみたいだから、いつもの宿に迎えに行こうか」
「はい、静様。今日は皆さん三日間の森の調査でお疲れでしょうから……屋敷に戻ったら、美味しい物を作りましょうね」
「そうだね。疲れてるだろうし、香辛料をしっかり効かせて……具沢山のカレースープでも作ってみようか」
静の『具沢山のカレースープ』という言葉を聴いた瞬間、足元の幼体達が嬉しそうに騒ぎ出した。
「にゃ!」
「きゅきゅ!」
「くぅ!」
「ぷぷぅー!」
「ひゅん!」
特に、野菜がたっぷり煮込まれたスープが大好きなルゥは、「くぅ!」と目を輝かせて小さく跳ねて喜んでいた。
孤児院から『上弦の月』へと移動し、無事にアリア達と合流を果たした静は、皆を労いながら微笑んだ。
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。
一瞬の心地よい浮遊感の後、光が静かに収束し、一行は夕飯の香りが待つ屋敷へと、全員揃って無事に帰還するのだった。




