第二十二話 霊桃の発見と見守る瞳
調査三日目の早朝。
レナードとアリアたち《ルミナ・ヴェール》の一行は、朝食を済ませて早々に野営地を出発していた。
「このペースで行けば、昼過ぎには空白地帯の入り口に戻れるわね」
先頭を歩くアリアが空の太陽の位置を確認しながら言うと、リーナも手帳に視線を落として頷いた。
「ええ。三日間の調査にしては、かなり有用なデータが集まったんじゃないかしら?」
「はい、かなり有用だと思います。空白地帯は国や教会、ギルドからの基本立入禁止令により、長らく未開の地扱いでしたから。そこでのこの調査記録は計り知れない価値があると思われます」
レナードが真面目な顔つきで答えると、フィアがふわりと尻尾を揺らした。
「そうなんだ。そういえば、普通の冒険者もギルドの特別依頼じゃなかったら、基本的には入らない場所だもんね」
「私たちは別の依頼中でもあるし、それに何度も入っているから、すっかりその辺りの常識を忘れていたわね」
ミレイアがくすくすと笑うと、アリアは内心で静かにツッコミを入れた。
(まぁ、静の屋敷を拠点にして、この森のずっと奥深くまで行ってる時点で、世間の常識なんてとっくに忘れてるんだけどね)
一行は初日に南西方向へと進んだ時との環境の違いなどを細かく確認しつつ、順調に北上ルートを進んで行く。
しばらく歩いた頃、先行して木々の間を跳ね回っていたフィアが、パッと耳を立てて戻ってきた。
「アリア、この先に美味しそうな果実が沢山生っていたよ! ちょっと収穫してみて、食べてみる?」
「そうね……調べてみて、安全に食べられそうならそうしましょうか。レナード、その果実も調査品として持って行くかしら?」
アリアが振り返って尋ねると、レナードは柔らかく笑いながら頷いた。
「どんなものか見てから判断しましょう。もちろん、安全なら食べてみるのにも賛成です」
「ふふっ、たった数日で、レナードも随分と冒険者らしくなってきたわね」
リーナが楽しそうに笑い、ミレイアも「現地で使える物は何でも使うのは、冒険者の基本よね」と、その果実を楽しみにしながら後に続いた。
フィアの先導で森を少し進むと、甘く瑞々しい香りが漂う一角に出た。
「この果実だよ。桃みたいな感じだから食べられそうだけど……どう?」
フィアが指差した先には、淡い桃色に色付いた美しい果実が鈴なりに実っていた。
それを見た瞬間、ミレイアが珍しく目を見開いて声を上げた。
「え? フィア、その桃……『霊桃』じゃない!? こんなところに自生してるなんて……」
「『霊桃』? 何か珍しい物なの?」
アリアが不思議そうに首を傾げると、リーナが冷静な口調で補足した。
「ミレイアが驚くのも無理はないわ。『霊桃』は魔力回復や精神の安定に絶大な効果がある、極めて珍しい魔法植物よ。エルフの森でも中々見つからない貴重な果実ね」
「へえ、そんなに珍しいんだ……で、美味しいの?」
食い気味に尋ねるフィアに、ミレイアは呆れたように微笑みながら頷いた。
「ええ、その果実はとても甘くて美味しくて、果汁も凄いのよ」
「一説によると、その果汁は最上級魔力回復薬の貴重な触媒にも使われるとか、聞いたことがあるわね」
リーナの言葉を聞いていたレナードは、その場で完全に硬直していた。
「凄い……ですね。このような国宝級の物が自生してるなんて……いくつか報告用に採取したいですね」
「そうね。こんなに沢山あるなら、静たちへのお土産にもいいわね」
「賛成ー! じゃあ、沢山取ってくるね♪」
アリアの提案にフィアが素早く木に登り、器用に収穫を始める。
収穫の合間、アリアが熟した一つを手に取り、そっと齧ってみた。
「……美味しい。すごく上品な甘さね」
「本当? じゃあ私も!」
フィアも負けじと一つ頬張り、「んん〜っ! ジューシーで最高!」と満面の笑みを浮かべる。リーナとミレイアも味見をしながら、それぞれに感嘆の声を漏らした。
「これは……確かに、市場に出回ればとんでもない価値になりそうね」
「まあ、私たちが食べる分には、ただの美味しい果物ってことでいいじゃない」
アリアが軽く笑って締めくくると、皆で顔を見合わせて微笑んだ。
(『お土産』か……。あの桃、エナや孤児院の皆に持ち帰ってあげるのも良いかな……)
お土産という言葉を聞いて、レナードの脳裏にエナたちの笑顔が浮かんだ。
彼は自然と口元を緩め、木上のフィアへと声を張った。
「俺も少し持ち帰りたいので手伝います!」
そう言ってレナードはフィアの後に続いて素早く木へと登っていった。
「……ん? 今、レナードって自分のこと『俺』って言ってなかった?」
アリアがふと疑問を口にすると、リーナが面白そうに手帳を閉じた。
「言っていたわね。ちょっと思考が固まってたみたいだし、つい素が出たんじゃないかしら?」
「ふふっ。三日目になって素顔が出る位には、私たちに気を許してきたんじゃないかしら?」
ミレイアが柔らかく微笑み、三人は、フィアと一緒になって無邪気に桃を収穫するレナードの姿をどこか微笑ましく見守るのだった。
◆◆◆
一方その頃。
朝食を終えた静とセリナは、幼体たちを連れてフォルツの街へと転移し、いつもの仮設診療所へと向かっていた。
診療所ではすでにエナが張り切って開院準備を行っている。
「おはようございます、師匠、静さん! 今日もよろしくお願いします!」
「おはよう、エナ。今日も頑張ってね」
「はい、おはようございます、エナさん」
静とセリナが温かく挨拶を返すと、足元の幼体たちも「にゃ」「きゅきゅ!」「くぅ」「ぷぷぅー!」「ひゅん」とそれぞれに元気よく鳴いて挨拶を行った。
開院の準備がすっかり整った頃、静がふと思い出したように口を開いた。
「じゃあ、俺はそろそろ一旦屋敷に戻って、用事を済ましてくるね」
「はい、いってらっしゃいませ。よろしくお願いします」
セリナが微笑んで見送ると、エナも手を振った。
「静さん、今日は予定があったんですね。いってらっしゃい!」
あかねが名残惜しそうに静のズボンの裾を「きゅ」と引っ張ると、静は屈み込んでその頭を撫でた。
「すぐ戻ってくるからね。セリナたちと待っててくれる?」
「きゅ!」
あかねは任せてと言わんばかりに元気よく答え、ルゥやマルも「くぅ」「ぷぷぅー」とそれぞれに頷くように鳴いた。
「うん。ツキたちはセリナ達と一緒にいてね」
静が頭を撫でると、ツキが代表して「にゃ」とお利口に返事をした。
静は診療所から少し離れ、人目につかない路地裏まで歩く。
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。一瞬の心地よい浮遊感の後、光が静かに収束し静は空白地帯の屋敷へと帰還した。
屋敷のリビングに戻った静は何もない空間へすっと手を差し入れた。
そこから様々な色の魔力結晶が入った小袋を自然な動作で取り出し、中身をじっくりと吟味する。
「さてと、丁度いい『魔力結晶』はあるかな?」
やがて、セリナの美しい髪に似た『金色の親指くらいの欠片』と、彼女の瞳と同じ『アメジスト色の小さなかけら』を丁寧に取り出した。
「うん、これ位の大きさでちょうどいいな」
静は屋敷コアへとそっと意識を通し、『魔道具作成』の力を静かに呼び起こした。手の中で二つの結晶が淡く共鳴するように光を帯び始める。
「そうだ。ツキもエナの事をいつもお姉ちゃんみたいによく見てたし……ペンダントにちょっと工夫をいれてみようかな」
静は金色の結晶を中心に、ツキを象った淡い灰水晶を組み合わせ、中央にはアメジスト色の丸い結晶を配置していく。指先に伝わる結晶の温もりが、まるで応えるように少しずつ形を変えていった。
淡い光とともに、イメージ通りのペンダントが手の中に具現化する。
「よし! 思った通りに出来たな」
完成した『魔力結晶のペンダント』の出来栄えに静は満足そうに破顔した。
これならきっと、エナもセリナも喜んでくれるはずだ。
静は完成したペンダントを大切そうに手に握り締めると、再び右手を軽くかざした。
柔らかな光の粒子に包まれながら、静はフォルツの診療所へと戻っていくのだった。




