第二十一話 隠された任務と師弟の絆
その日の仮設診療所を閉院し、手早く片付けを終えた後のこと。
「今日も街の人たちから、たくさん差し入れを貰ったんだね」
テーブルの上に山積みになった新鮮な野菜やパンを見ながら、静が微笑ましそうに目を細めた。
「はい。皆さん気の良い方ばかりで……お気持ちだけで充分なんですけど、とても有難い事ですね」
セリナが感謝を込めて微笑むと、隣でエナがぶんぶんと首を縦に振った。
「うんうん、やっぱり師匠の腕が良いからですよ~」
「ふふっ、でもこの半分以上は『エナさんに』って持って来て頂いたんですよ? 特に年配の方たちが、エナさんのことをとても褒めていらっしゃいましたし」
「一生懸命頑張ってるエナのことを、孫みたいに思って持って来てくれたのかもしれないね」
静が優しく言うと、セリナも「そうですね。実際、エナさんは筋も良くて本当に頑張っていますから」と目を細めた。
「し、師匠、静さんまで……そんなに褒められると、恥ずかしいです」
エナは顔を真っ赤にして両手で頬を覆い、照れたように身を捩った。
「じゃあ、この差し入れは今日も孤児院へ持って行こうか」
「はい」
一行はたっぷりの差し入れを抱え、教会併設の孤児院へと向かった。
孤児院の庭先でシスター・ローゼを見つけると、静は頂いた品々と一緒に自分たちで持ってきた果物を差し出した。
「こんにちは、シスター・ローゼ。今日も街の方から沢山の差し入れを頂いたのでお持ちしました。すべてエナさんの頑張りのおかげです」
セリナが誇らしげに告げると、エナは慌てて手を振った。
「わ、私だけじゃないですよ~! 師匠の方がもっともっと頑張ってました!」
必死に謙遜するエナの姿を見て、ローゼは心底嬉しそうに微笑んだ。
「あっ、あと、少ないですが美味しい果実も持って来たので、みんなで食後のデザートにでもして下さい」
「まあ、静さん。いつも本当にありがとうございます。子供たちも大喜びします」
孤児院のキッチンへ荷物を運び終えると、静とセリナ、そしてツキやあかね達幼体は、少しの間だけ子供たちと庭で賑やかに遊んで過ごした。
やがて空が茜色に染まる夕暮れ時。
「では、僕たちはそろそろ戻りますね」
「エナさん、明日もよろしくお願いしますね」
「はい! 先に行って開院の準備をしておきますね!」
静とセリナが別れを告げると、孤児院の子供たちも大きく手を振り返した。
「おにいちゃん、おねえちゃん、また来てね~!」
「にゃんこちゃんたちも、またね~!」
「にゃ」
「きゅきゅ!」
「くぅ」
「ぷぷぅー!」
「ひゅん」
ツキやあかね達も、それぞれ愛らしい鳴き声で元気にお返事をする。
孤児院を離れた静たちは、人目につかない路地裏まで歩く。静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。一瞬の浮遊感の後、光が静かに収束すると、一行は転移で住み慣れた屋敷へと戻っていった。
◆◆◆
一方その頃。空白地帯の調査を進めるレナードとアリア達一行
「今日はこの辺りで野営をしましょうか」
川沿いの少し開けた場所を見つけ、アリアが提案した。
「そうですね。『暗くなる前に野営地を定める』……基本にして鉄則でしたね」
レナードが真面目な顔で頷くと、フィアがからかうように笑った。
「おー、レナードも冒険者の作法が分かって来たね♪」
「それ位は、駐在武官なんだから元から知識として知ってると思うわよ?」
リーナが冷静に突っ込むと、ミレイアが優しくフォローを入れる。
「武官の訓練として知っていても、森の中の実地では勝手が違うものね。場所の選定にもコツがいるし」
「ミレイアの言う通りですね。知識としては理解していましたが、実際にはなかなか上手くはいかないものだと思い知らされました」
「なるほどねぇ~。だったら、今回の調査でしっかり上手く出来る様になったって事だね!」
フィアがニシシと笑い、アリアも満足げに頷いた。
「そうね、実際、レナードも初日に比べてすごく手際が良くなってるわよ?」
「……そう言ってもらえると、嬉しいですね」
上級冒険者たちからのストレートな称賛に、レナードは少し照れたようにはにかんだ。
そんな和やかなやりとりをしつつ、野営の準備と周辺確認、そして炊事の準備を皆で手際よく分担して進めていく。
焚き火を囲み、温かい食事を取りながら、明日の予定のすり合わせが始まった。
「レナード。明日は予定通り、ここから南西方向に進んで元の場所に戻るルートで良いのよね?」
「はい。その予定で問題ありません。今日一日でかなり調査も進みましたし、順調そのものですね」
「そっか。調べたい事は全部出来そうなの?」
フィアが無邪気に尋ねると、レナードは少し考える素振りを見せてから頷いた。
「そうですね……。魔物については今の所出ていませんが、森の魔力や神気、それに植生はある程度想定内のものでした。それ以外の古い水路跡やコアの残骸の発見、これらは大きな収穫ですね」
そう口にしながらも、レナードは内心で密かに思考を巡らせていた。
(……王都の神殿で観測されたという『二つの強大な神気反応』の痕跡は、結局見つかりませんでしたが……。さすがに外縁部にまで影響は及んでいないということか)
レナードがふと視線を落とした瞬間、気配に敏感なアリアの目が微かに細められた。
(ん? 今、レナードの気配が少しだけ揺れたわね。……ただの地形調査とは別に、何か隠された目的があるようね)
隣で食事をしていたリーナも、手帳のページをめくりながら冷静に分析する。
(これだけ有能な武官が、わざわざ危険を冒して単独で調査に入ろうとしたくらいだもの。表面上の調査内容だけで納得して帰るわけがないわね)
二人が内心で鋭く推測している横で、ミレイアとフィアは純粋に喜んでいた。
「それは良かったわ。予想外の遺跡も発見した事だし、本部でのレナードの評価も上がるわよ」
「そうそう、絶対に上がるよ~♪ 私たちも嬉しいし!」
楽し気に会話を交わし、一行は少し早めではあるが交代で見張りに立ち、就寝する事となった。
◆◆◆
静達が屋敷に戻り、夕食を終えた後の穏やかなリビング。
リビングの隅では、お腹いっぱいになったマルとルゥが折り重なるようにうとうとと舟を漕ぎ、ハルも暖炉の傍でふわりと丸くなって目を閉じている。あかねはアリアたちの帰りを待ちわびるように、時折窓の外へ視線を向けては小さく「きゅ」と鳴いていた。ツキだけは静のすぐ隣に静かに寄り添い、まるで会話を見守るように「にゃ」と一声鳴いて丸くなった。
お茶を淹れていたセリナが、ソファでくつろぐ静の隣へと歩み寄り、そっと声をかけた。
「静様、少しお願いがあるのですが……よろしいですか?」
「ん? 俺で出来る事なら何でもいいよ」
静がのんびりと応じると、セリナは少しだけ背筋を正した。
「はい。実は、治療師に限らず職人の世界などでもそうなのですが……師弟関係において、ある程度一人前になった時や別れの際などに、師匠から弟子に『証』となる贈り物をする習慣があるんです」
「へえ、そういう習慣があるんだね」
「ええ。エナさんに直接指導できるのも、ひとまずアリアさんたちが戻ってくる明日で終わります。そこで何か、これからの励みになるような物を贈れないかなと考えていまして……」
「そうだね、アリア達が居ない三日間の仮設診療所だったからね」
「もちろん、診療所は時間がある時にまだまだ続けたいと思っています。ただ、私が居ない間は、教会の方々と一緒にエナさんにある程度お任せしようかと考えていますので」
「なるほど。エナも立派に成長したし、独り立ちの記念ってことだね」
静が微笑むと、セリナは少し申し訳なさそうに切り出した。
「はい。そこで……魔力が安定する様に、純度の高い『魔力結晶』を使って、何かアクセサリーを作っていただけないかと思いまして」
「そういうことならお安い御用だよ。小さ目の魔力結晶は沢山持ってるから、治療の邪魔にならない様に『魔力結晶のペンダント』を作ってみようか。明日、セリナを診療所に送ったら、作って持っていくよ」
「静様、ありがとうございます! きっとエナさんの大きな助けになると思います」
セリナがパァッと花が咲くように喜ぶと、静はふと思いついたようにぽんと手を打った。
「そうだ! せっかくセリナの弟子の証なんだから、一目で『セリナの弟子だ』ってわかるようなデザインにしてみようか」
「一目で、ですか?」
「うん。セリナの綺麗な金髪に似た色の『魔力結晶』の中に、瞳と同じアメジスト色の『魔力結晶』を、ころんとした可愛い丸い形で入れてみるのはどう? 『どんな時も、師匠が見守っているよ』って感じでいいかなって」
静が曇りのない純粋な笑顔でそう提案すると、セリナははっと息を呑み、ぽっと頬を染めた。
「わ、私の髪と瞳の色……。少し恥ずかしいですが……でも、エナさんのことを見守ってあげたい気持ちは本当なので……すごく、嬉しいです」
「よし、じゃあその線で作ってみるね。期待してて」
「はい。……宜しくお願いします、静様」
静の優しさと、自分への真っ直ぐな言葉に胸の奥を温かくしながら、セリナは嬉しそうに深くお辞儀をするのだった。




