閑話 霊桃と小さな冒険譚
冒険者ギルドにて、三日間にわたる空白地帯の調査依頼の完了報告を済ませ、レナードはその足でフォルツの教会へと向かった。
まずは司祭の元へ赴き、無事に帰還した旨を報告する。
ここで彼が語るのは、あくまで「駐在武官としての周辺治安の巡回結果」のみ。王都の神殿からの依頼である調査目的の一つ『二つの強大な神気反応の調査』についてはフォルツの教会関係者には一切伏せられているからである。
司祭への簡潔な報告を終えると、レナードは教会に併設された孤児院へと足を向けた。
「シスター・ローゼ。調査の折に、森でとても美味しい桃を見つけたので採ってきました。子供たちと皆さんで、食後のデザートにでもどうぞ」
レナードが差し出したのは、エルフの森でも滅多にお目にかかれない、とても貴重な魔法植物『霊桃』しかし、ローゼに無用な気遣いをさせないよう、彼はあえて「普通の美味しい桃」として手渡した。
「まぁ、とても良い香りの、美味しそうな桃ですね。きっと子供たちも大喜びします。お気遣い、ありがとうございます」
ローゼが嬉しそうに微笑んで桃を受け取る。
ふと孤児院の庭へ視線を向けると、エナが子供たちと一緒に賑やかに遊んでいる姿が見えた。
入り口に立つレナードの姿に気付いたエナが、パッと顔を輝かせる。
「レナードさん! おかえりなさい。無事に戻られたんですね!」
エナが嬉しそうに駆け寄ってくると、その後ろから子供たちも「わぁっ!」と一斉に走って来た。
「エナ、ただいま。皆も元気にしてたかな?」
レナードが子供たちにも気を配って声をかけると、途端に弾んだ声が次々と飛んできた。
「レナードお兄ちゃん、どこに行ってたの!?」
「深い森の中に入ったの?」
「悪い魔物はいた!?」
「大きなドラゴンは!?」
「宝物はあった!?」
一斉に浴びせられる質問攻めに、レナードは少し困ったように眉を下げた。しかし、子供たちの「冒険」に憧れる純粋な気持ちもよく分かる。彼は大げさにならない程度に、この三日間の出来事を楽し気に話してあげることにした。
「ええと……まず、私たちが森へ入る前にはですね。周辺の安全確認と、事前の情報収集を……」
最初はまるで上官への報告書を読み上げるような堅苦しい話し方だったレナードだが、目を輝かせて聞き入る子供たちの反応を見ているうちに、自然と口元が緩んでいった。
「その時、フィアさんが木の上から周囲の状況を瞬時に把握して……」
「アリアさんの剣さばきは、それはもう見事で……」
徐々に話し方が柔らかく、熱を帯びていくレナードに、子供たちはさらに身を乗り出した。
「すごーい!」
「フィアお姉ちゃん、そんな高い木に登れるの!?」
「アリアお姉ちゃんはやっぱり強かった!?」
「リーナお姉ちゃんは、どんな魔法を使ったの!?」
「ミレイアお姉ちゃんのお料理、美味しかった?」
次々と飛び出す名前に、レナードは優しく目を細めた。
「ええ。それはもう……皆さん、とても頼りになる、素晴らしい方々でした」
そして最後に、少しだけ照れくさそうに付け加えた。
「……私も、ほんの少しは役に立てたと思いますよ」
「おおーっ! レナードお兄ちゃんもかっこいい!」
子供たちが冒険譚に大満足して歓声を上げ、シスター・ローゼに呼ばれてわらわらと戻って行った後。
その場に一人残っていたエナが、ぽつりと安堵の声をこぼした。
「本当に……無事で良かったです」
レナードは少し驚いて目を丸くした。
「エナ、もしかして……私のことを心配してくれていたんですか?」
「だって……あの危険な空白地帯なんだよ? 調査に行くって聞いた時、本当に大丈夫なのかなって、ずっとハラハラしてたんだよ……」
少しうつむき加減で、ほんのりと頬を染めながら告げるエナの姿には、年上の彼を純粋に慕い、案じていた女の子らしい淡い感情が滲んでいた。
「……ご心配をおかけしました。今回アリアたちと一緒に森へ行って、よく分かりました」
レナードは自分よりずっと幼い少女の心遣いに感謝し、素直な胸の内を語った。
「私一人の力でできる事には、限りがあるということ。次にあの森へ行く事になったら、また彼女たちにお願いする事にしましたよ」
ふと、レナードの視線がエナの胸元でキラリと光るペンダントに留まった。
「……エナ、そのペンダントは?」
先ほどまで心配そうにしていたエナの顔が、その言葉を聞いた瞬間、パッと花が咲いたように明るくなった。
「レナードさん、これ! すごく綺麗で可愛いでしょ? 師匠とツキちゃんが、これからも私を見守ってくれるって意味で静さんが作ってくれたんです!」
「師匠……?」
「セリナ師匠です! 私、この三日間の仮設診療所で、師匠に治癒魔法を教えてもらったんです!」
エナが誇らしげに胸を張ると、レナードは驚きに目を見開いた。
「治癒魔法!? エナ、治癒魔法が使えるようになったのかい?」
「はい! まだまだ師匠みたいには上手に使えないけど……でも、頂いたこの『証』に負けない様に、これからもっともっと頑張るんです!」
「そっか……。この三日間でエナも立派に成長したんだね」
ペンダントをぎゅっと握りしめるエナの決意に、レナードは自分の事の様に嬉しくなり、優しい笑みを浮かべた。
丁度その頃、孤児院の窓からローゼが顔を出した。
「みんなー! レナードさんから頂いた桃を切ったから、順番に手を洗ってから来てくださいねー!」
「「「わーい! 桃だー! すごーい!!」」」
「やったー! 美味しそう!!」
子供たちが歓声を上げながら急いで手を洗い、ローゼの周りに集まって切り分けられた『霊桃』を貰い、次々と口へ運んでいく。
「あまっ! すごく美味しい!」
「なんだか、お腹の底から元気が湧いてきたー!」
無邪気にはしゃぐ子供たちに混ざり、エナも一切れ貰って一口食べた。
「んんっ……! すごく美味しいです……!」
とろけるような霊桃の甘さに、エナも幸せそうに笑う。
レナードはその穏やかな景色を眺めながら、ふっと息を吐き出した。
「……ええ。本当に持って帰ってきて良かったです」
すると、子供たちに桃を配り終えたローゼがレナードの横に並んでにこやかに話しかけた。
「レナードさん。今回の調査はきっととても大変だったのでしょうけれど……」
「こうして皆さんに笑顔を届けられたのなら、きっと素晴らしい結果だったのでしょうね」
ローゼの言葉に、レナードは静かに目を細めた。
「……そうですね。この三日間で、私自身も多くのことを学ばせていただきました」
視線の先では、エナが子供たちと一緒に、桃の種を庭の片隅にそっと埋めている。
「エナお姉ちゃん、この種、芽が出るかな?」
「んー、どうかな……でも、みんなで一緒にお世話すれば大きくなって、また美味しい実がなるかもしれないね」
エナが子供たちに優しく答える様子を、レナードは目を細めて見つめていた。
温かな夕陽に照らされた孤児院の庭には、甘い霊桃の香りと子供たちの賑やかな笑い声がいつまでも響いていた。




