第十八話 星空の下のスープと笑顔溢れるシチュー
アリアとフィアが野営地周辺の安全確認を終えた後、二人はすぐ近くを流れる川へと向かい、手慣れた様子で夕食の調達を始めた。
川の浅瀬に石を積んで即席の石組みの罠(堰)を下流に作り、上流からフィアがバシャバシャと音を立てて魚を追い立てていく。逃げ場を失って下流の石組みに入り込んだ魚を、アリアがマジックポーチから取り出したタモ網で次々とすくい取っていった。
「大漁〜♪ これなら一人二匹は食べられるよ♪」
上機嫌で尻尾を揺らすフィアの足元には、ニジマスによく似た川魚が十数匹も元気に跳ねている。
「この辺りは水も餌も良いのか、丸々として美味しそうなのが獲れたわね。新鮮なうちに塩焼きにしましょう」
アリアが満足げに頷き、二人は獲れたての魚を持って野営地へと戻っていった。
一方、野営地ではミレイアがマジックポーチから持参した食材を取り出していた。
鍋に魔法で浄化した澄んだ水を張り、手早く火にかける。
「ミレイア、何を作るつもりなの?」
リーナが尋ねると、ミレイアは小刀で野菜や干し肉を器用に刻みながら微笑んだ。
「静ほど上手には作れないけれど、具沢山のスープくらいなら何とかできるわよ」
そう言ってミレイアはそれなりに手慣れた様子で、肉と野菜の旨味がたっぷり溶け込んだ温かいスープを煮込み始めた。
そこへアリアたちが戻ってきて、串打ちにした魚を焚き火の周りに立て、香ばしい塩焼きを作り始める。
しばらくして、薪となる枯れ木を腕いっぱいに抱えたレナードが森から戻ってきた。
「……とても良い香りですね。野営とは思えないほど、豪華な食事になりそうです」
焚き火から漂うスープと魚の焼ける匂いに、レナードは驚きつつも嬉しそうに目を細める。
「でしょ♪ このほかにも、美味しいパンも持って来てるから、いーっぱい食べようね!」
フィアが少し自慢げに胸を張ると、皆の間に楽しげな笑い声が広がった。
魔物除けの結界石を周囲にしっかりと設置し、安全を確保した野営地。
パチパチと爆ぜる焚き火を囲みながら、五人は温かいスープやふっくらとしたパン、そして皮がパリッと焼けた川魚の串焼きを美味しそうに頬張った。
「綺麗な星空……こんなにたくさんの星、王都ではなかなか見られませんね」
食後、焚き火の傍らでふと空を見上げたレナードが、感嘆したように呟いた。満天の星が黒々とした夜空に散りばめられ、澄んだ川のせせらぎと共に幻想的な雰囲気を作り出している。
「そうね。空白地帯の空気が澄んでいるからかしら。何度見ても綺麗よね」
アリアも隣で夜空を見上げながら相槌を打つと、リーナが焚き火に薪をくべながら小さく笑った。
「ふふ、レナードも意外と情緒的なところがあるのね」
「……からかわないでください。素直な感想です」
少し照れたように返すレナードに、フィアがけらけらと笑い声を上げた。
「レナードって、最初はすっごく堅苦しかったのに、今はだいぶ喋りやすくなったよね!」
「それは……皆様のおかげです。この初日ですら貴重な経験をさせていただいておりますから」
ミレイアが空になった器を片付けながら、優しく微笑んだ。
「明日も長い一日になるから、そろそろ休みましょうか。見張りは交代制にしましょう」
「承知しました。私が最初の見張りを務めます」
レナードが率先して申し出ると、アリアが感心したように頷いた。
「頼もしいわね。それじゃあお言葉に甘えて、先に休ませてもらうわ」
満天の星の下、五人は交代で見張りに立ちながら、明日の本格的な調査に向けてしっかりと体を休めるのだった。
◆◆◆
一方その頃。
フォルツの市場でたっぷりと食材を買い込んだ静とセリナたちは、教会併設の孤児院へと到着していた。
「まあ、静さん。よろしいんですか? いつも来られるたびに色々と頂いてしまって……本当にありがとうございます。子供たちもきっと喜びます」
静たちが『今日は頂いた食材と買い増しした品で、自分たちが夕食を作る』と提案すると、シスター・ローゼはお腹いっぱいに美味しい食事をする子供たちの姿を思い浮かべたのか、心底嬉しそうにお礼を口にした。
「いえいえ。こちらもエナに診療所のお手伝いをして頂いてますし、とても助かっていますから」
静が謙遜して笑うと、セリナも横で優しく頷く。
「はい。エナさんは患者さんたちからとても感謝されていましたし、中には『エナさんに』と言って差し入れを持って来てくださった方もいたんですよ」
セリナが、エナがいかに一生懸命に治癒魔法を使って街の人々を笑顔にしていたかを説明すると、ローゼも誇らしげに目を潤ませた。
「では、調理場をお借りしますね。ツキとあかね達は、エナと一緒に子供たちの面倒を見ててね」
静がそう言うと、エナが「はい! 任せて下さい!」と元気よく胸を張った。
静の肩から降りた、漆黒の毛並みを持つツキが「にゃぁ」と上品に返事をし、あかねやルゥたちも元気いっぱいに鳴き声を上げて子供たちの輪の中へと駆けていく。マルも「ぷぷぅー!」と短く鳴き、小さな手でぽむぽむと床を叩きながら後を追った。
静とセリナは連れ立って調理場へと向かう。
「今日はたくさんの子供たちに、お腹いっぱい食べてほしいから……シチューとパン、それにサラダにしようか」
「はい。ちょうど良いお野菜もたくさん頂きましたし、栄養もたっぷりで皆さんお腹いっぱいになりますね」
静の提案にセリナが賛同し、二人は息の合った手つきで調理を始めた。
「セリナ、そっちのお肉、少し大きめに切ってもらえる? 煮込む時間が長いから、それくらいの方が食べ応えが出ると思うんだ」
「はい、承知しました。……ふふ、静様の作るお料理、いつも食べる方のことをよく考えていらっしゃいますね」
セリナが感心したように微笑むと、静は照れくさそうに頬をかいた。
「そうかな? みんなが美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいから、それだけだよ」
大きめに切ったゴロゴロ野菜と、市場で買った風味豊かな燻製肉をじっくりと煮込んだ特製シチュー。そして、新鮮な野菜やハムをたっぷりと混ぜ込んだポテトサラダだ。
「たしか、マヨネーズは持って来てたから……今出すね」
静は自然な動作で空間からマヨネーズを取り出し、ポテトサラダの味を整えた。セリナはその様子を隣で当たり前のように見守りながら、市場で買ったパンを切り分けていく。
料理が完成し、大きな鍋とたっぷりのパンを食堂へと運び込むと、待ちわびていた子供たちから大歓声が上がった。
「うわぁ、すっごく良い匂い!」
「見て見て! たくさんお肉とお野菜が入ってるよ!」
目を輝かせる子供たちに向かって、エナが誇らしげに告げる。
「みんな〜、今日の夕飯はね、静さんとセリナお姉ちゃんが作ってくれたのよ!」
「おねえちゃん、静おにいちゃん、ありがとー!!」
「どういたしまして。冷めないうちに食べてね。お代わりはたくさんあるから、いっぱい食べていいからね」
静が優しいお兄ちゃんの顔つきで微笑みかけると、ローゼが手を合わせた。
「静さん、セリナさん、本当にありがとうございます。……では皆さん、感謝して頂きましょう」
ローゼの合図とともに、賑やかで温かい夕食の時間が始まった。
子供たちが美味しそうにシチューを頬張って笑顔を弾けさせる横で、幼体たちも専用のお皿に盛られたご飯を夢中になって食べていた。
ツキは「にゃぁ」と上品にひと口ずつ味わい、あかねは「きゅきゅ!」と勢いよく頬張っては尻尾を振っている。ルゥは野菜だけを選ぶように美味しそうに「くぅ」と目を細め、マルは肉の欠片を頬いっぱいに詰め込んで「ぷぅ、ぷぅ」と忙しなく咀嚼していた。ハルはふわふわと食堂の中を漂いながら「ひゅん」と機嫌よく鳴き、子供の一人がその羽にそっと手を伸ばすたびに、優しい風を返して喜ばせている。
「もふもふちゃんたちも、いっぱい食べてる〜!」
子供たちがそんな幼体たちの様子に笑い声を上げ、食堂は一層賑やかで温かな空気に包まれていった。
食後、手早く片付けを終えた静とセリナそして幼体たちは、子供たちに惜しまれながらも孤児院の出入り口へと向かった。
「エナさん、明日もよろしくお願いいたしますね」
「はい、師匠! 明日は直接、仮設診療所の方に行きますね!」
「よろしくね、エナ。明日もご飯は僕に任せてよ」
静が笑って手を振ると、エナも満面の笑みで大きく手を振り返した。
孤児院を後にした静たちは、人目につかない路地裏まで歩く。
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。
一瞬の心地よい浮遊感の後、光が静かに収束すると、一行は住み慣れた屋敷のリビングへと無事に帰還するのだった。




