第十七話 診療所の新米治療師と川辺の野営地
仮設診療所での治療も順調に進み、間もなく本日の診療終了の時間を迎えようとする頃。
「ふぅ……治癒魔法って、気を張るから結構疲れますね、師匠」
最後の患者を見送ったエナが、額の汗を拭いながら小さく息をついた。その表情は魔力を使った疲労感が滲んでいるものの、どこか充実した晴れやかな顔つきだった。
「そうですね。慣れないうちは魔力の加減も難しいですし大変ですが……エナさんは、とても上手な方だと思いますよ?」
セリナが優しく微笑みかけると、エナは驚いたように顔を上げた。
「本当ですか!? 師匠!」
「はい。軽度の方を一緒に診させてもらいましたが、エナさんは治療魔法を使用している間に、少しずつ魔力の流れが安定していました。……それに治った患者さんの笑顔を見て、とても嬉しそうでしたね。その温かい気持ちをこれからも大切にしましょうね」
セリナの言葉にエナはパァッと顔を輝かせ、力強く頷いた。
「はい! わたし、もっともっとたくさんの方を笑顔にしたいです!」
そんな微笑ましい師弟のやり取りを温かく見守っていた静が、パンッと軽く手を叩いた。
「じゃあ、そろそろ時間だから片付けようか」
「はい、静様。……あの、今日も街の方々から色んな差し入れのお野菜などを頂きましたので、この後、孤児院へお裾分けに寄っても良いですか?」
セリナの提案に静はにっこりと笑って頷く。
「もちろんいいよ。それに夕方までまだ時間もあるし……ローゼさんに聞いて、今日は孤児院の厨房を借りて、みんなの夕飯を作るのもいいかなって思ってるんだ」
「まあ! 静様の美味しいお夕飯を、孤児院の皆さんに振る舞うのですね。子供たちも絶対に喜びます」
セリナが嬉しそうに手を合わせると、それを聞いていたエナもぴょんっと跳ねた。
「ほんとですか!? 静さんのお料理、すっごく美味しかったから、みんな絶対にほっぺた落っことしちゃいますよ!」
「あははっ、そんなに大げさなご馳走は作れないけど。よし、何か追加で食材を買い出しして、みんなで持って行ってみようか」
「「はい!」」
静の提案に、足元にいたあかねやマルたち幼体も「自分たちも手伝う!」と言わんばかりに嬉しそうに跳ね回り、静の肩に乗った漆黒のツキも「にゃぁ」とご機嫌に喉を鳴らした。
一行は手早く診療所の片付けを済ませ、まずは食材の買い出しへと向かった。
◆◆◆
その頃、空白地帯の探索を進めていたレナードとアリアたち一行
「ねぇねぇアリア、そろそろ野営の準備をしようよ。もうちょっと先に良さげな場所があったよ?」
先行して周囲を探っていたフィアが戻ってきて、尻尾を振りながら提案した。
アリアは空の明るさと太陽の位置を確認し、小さく頷く。
「そうね。そろそろ準備しないと日が暮れるし……時間的にもちょうどいいわね。レナード、それで良いかしら?」
「はい、アリア。その辺りは経験豊富な皆様の指示に従いますのでお願いします」
レナードが素直に同意すると、ミレイアが口元を押さえてくすくすと笑った。
「ふふ、レナードも一日で呼び捨てに随分と慣れたわね」
「最初は『殿』って付けて堅苦しかったのに、今の方がずっと冒険者っぽくて良いわよ?」
リーナも楽しそうにからかうと、レナードは少し照れたように視線を逸らした。
「……そこはあまり突っ込まないでください」
「はいはい、からかうのはそこまでにしなさいな。それじゃあ、フィアが見つけた場所に行くわよ」
アリアの号令で一行はフィアの案内する場所へと移動する。
そこは川沿いに張り出した巨大な岩場の陰だった。背後には頑丈な岩壁がそびえ、前方には澄んだ川の流れがゆるやかに広がっている。
レナードは周囲の地形を慎重に見渡しながら、感心したように頷いた。
「……なるほど。ここなら背後を魔獣に取られる心配はないし、開けているから見張りもしやすいですね」
「でしょ? 綺麗な川もあるし、浄化すれば飲み水の心配も必要ないよ。うまくいけば、美味しいお魚も食べれるかも?」
得意げに胸を張るフィアに、ミレイアがジト目を向ける。
「フィア……あなたもしかして、お魚が目当てでここを選んだんじゃないでしょうね?」
「そっ、そんなことないよ!?」
どこか挙動不審に目を泳がせるフィアを見て、アリアは呆れたようにため息をついた。
「まあいいわ、地形としては申し分ないしね。今日はここを野営地にしましょう。私とフィアは周辺の安全確認と、獲れたらお魚の確保ね。リーナとミレイア、それからレナードは、野営の設営と食事の準備をお願い」
アリアがテキパキと無駄のない指示を出し、それぞれの役割が瞬時に決まっていく。
一方、野営の設営を任されたリーナとミレイア、レナードの三人は、手早く天幕を張り、焚き火の準備を始めていた。
「レナード、そっちの薪を組んでもらえる? 火をつけるのは私がやるから」
リーナが指示すると、レナードは慣れない手つきながらも真剣な表情で薪を積み上げていく。
「このくらいの高さで大丈夫でしょうか?」
「ええ、上出来よ。……駐在武官なのに、意外と手先が器用なのね」
ミレイアが感心したように微笑むと、レナードは「昔、野営訓練を受けたことがありますので」と少し誇らしげに答えた。
(……凄いな。上級冒険者と言うのは、こういった野営や探索の段取りにここまで手慣れているのか)
手際よく準備を進める《ルミナ・ヴェール》の姿を見つめながら、レナードは内心で舌を巻いていた。
(やはり、こんな場所に一人で調査へ入るなど、無謀にも程があったな……)
確かな実力と経験を持つ彼女たちの背中を見ながら、レナードは静かに己の浅はかさを反省するとともに、頼もしい仲間たちへの信頼を深めていくのだった。
◆◆◆
一方その頃。食材の買い出しのためにフォルツの市場を訪れていた静とセリナたちは。
夕方近くになり、店じまいを始めようとする露店の店主たちが、買い物客に向けて威勢の良い声を響かせていた。
「そこの若旦那! 閉店前だよ、パンをまとめて買ってくれたら、雪苺ジャムの小瓶をおまけにつけるよ!」
「こっちの若奥さんも、閉める前にどうだい! 森猪の燻製の切れ端をサービスするよ!」
「わっ、若奥さん……っ!?」
肉屋の店主から飛んできた言葉に、セリナはボンッと音を立てるように顔を赤くした。
「そっ、そんなんじゃないです……けど」
セリナは両手で熱くなった頬を押さえ、少し恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうな様子で小さくボソッと呟いた。
しかし、そんなセリナの可愛らしい反応に全く気が付いていない静は、周囲を見回しながら感心したように声を上げる。
「へぇ~、夕方の市場もなかなか活気があるね。おまけも付きそうだし、すごくお買い得だなぁ」
静がのんきに笑う足元では、あかねがパン屋の甘い匂いに「きゅきゅ!」と尻尾を振り、ツキが肉屋の燻製の匂いに釣られて「にゃぁ」と喉を鳴らしていた。マルは花屋の店先に並ぶ色とりどりの花に目を輝かせて「ぷぷぅー!」と鼻を鳴らし、ルゥは魚屋の桶の中を興味深そうに覗き込んで「くぅ!」と小さく跳ねていた。
「静様、ふふっ……そうですね。せっかくですから、おすすめのパンやお肉も買っていきましょう」
気を取り直したセリナが優しく微笑み、一行は夕方の市場ですっかりお買い得になったパンや燻製肉などをたっぷりと買い込み、子供たちの待つ孤児院へと向かっていくのだった。




