第十六話 師弟の診療所と頼もしい冒険者
アリアたちをフォルツの宿へと送り届けた後、静はふたたび屋敷のリビングへと戻ってきた。
「静様、お疲れ様です。少し早いですが、朝食になさいますか?」
キッチンで後片付けをしていたセリナが、温かい笑みを向けてくる。
「そうだね。ちょっと早いけど、朝食を食べてからフォルツに向かう方が、時間的にもちょうど良いかな」
「はい、ではすぐに準備しますね」
セリナは、アリアたちのお弁当と一緒に多めに作っておいた食事を温め直し、手際よくテーブルへと並べていく。
静とセリナが向かい合って少し早めの朝食をとり始めた、ちょうどその時。
美味しい匂いにつられて目を覚ましたのか、寝室の方からとてとてと足音を立てて、幼体たちがダイニングへと集まってきた。
「おはよう、みんな。今日はアリアたちが居ないから、朝食を食べたら一緒にフォルツの街へ行こうか」
静が優しく話しかけると、幼体たちはそれぞれに元気な返事を返した。
「にゃぁ」
「きゅきゅ!」
「くぅ!」
「ぷぷぅー!」
「ひゅん」
「はい、みんなもご飯をどうぞ」
セリナが幼体たち用の朝食を取り分けてやると、全員が嬉しそうに尻尾や翼を揺らしながら食べ始めた。
朝食と後片付けを終えると、一行は屋敷の中央に集まる。
「じゃあ、そろそろフォルツに行こうか」
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。
一瞬の浮遊感の後、光が静かに収束すると、一行はフォルツの定宿『上弦の宿』の借り上げ部屋へと転移を果たしていた。
◆◆◆
宿を出た静とセリナたちは、そのまま教会に併設されている孤児院へと向かった。
「シスター・ローゼ、おはようございます」
「あら、静さんにセリナさん。おはようございます。こんなに朝早くから、お二人ともどうなされたのですか?」
庭先を掃除していた孤児院の責任者・ローゼが、驚いたように目を丸くする。
静とセリナは、今日から三日間アリアたちが調査依頼で街を空けること、そしてその間、仮設診療所を開いて診察を行う予定であることを説明した。
「それで、もしエナの手が空いているようなら、診療所の手伝いをお願いできないかと思いまして」
「まあ、そういう事でしたらぜひお願いします。エナにとっても、セリナさんの元で治療師としての経験を積めるのは素晴らしい勉強になりますから」
ローゼは快諾し、すぐに院内にいたエナを呼んできてくれた。
「静さん、師匠! おはようございます。今日から三日間、よろしくお願いします!」
駆け寄ってきたエナが元気いっぱいに頭を下げると、セリナも慈愛に満ちた笑みを返す。
「はい、よろしくお願いしますね、エナさん。今日も街の皆さんの笑顔をたくさん増やしましょう」
「はいっ! わたし、一生懸命頑張ります!」
「ふふ、頼もしいですね。でも、多くの人を長く治療するためにも、魔力切れを起こすような無理はしすぎないようにしましょうね」
セリナが優しく諭す隣で、静も微笑みながら口を開いた。
「僕はセリナたちみたいに直接治療を手伝うことはできないから、代わりにみんなに美味しいご飯を作ってあげるね」
「わぁ、ほんとですか!? すごく楽しみです!」
静の『美味しいご飯』という言葉に反応し、あかねやマルたち幼体も「自分たちも手伝いを頑張る!」と言わんばかりに、静の周りで賑やかに跳ね回る。
漆黒の毛並みを持つツキはおすまし顔で静の肩に飛び乗ると、「にゃ」と短く鳴いて静の頬に愛らしくすりすりと擦り寄った。
一行は和やかな空気のまま仮設診療所へと向かい、いつ患者さんが来てもいいように手分けして準備を整えた。
開院の時間になると同時に、噂を聞きつけた何人かの患者さんが診療所を訪れる。
セリナは患者の状態を的確に診察し、エナの魔力でも対応できそうな軽い怪我などは彼女に任せながら丁寧に指導を行った。少し難易度の高い症状の時は、セリナ自身が治療する過程をすぐそばで見せ、生きた知識として教えていく。
昼が近づくと、静は診療所の隅に借りた簡易竈で、あかねたちが見守る中、野菜たっぷりのスープと具沢山のサンドイッチを手早く仕上げていった。
「はい、お昼にどうぞ。エナも、セリナも、休憩がてらしっかり食べてね」
静が湯気の立つスープを差し出すと、治療の合間で少し疲れた様子だったエナの顔がぱあっと明るくなる。
「わあ、良い匂い……! ありがとうございます、静さん!」
セリナも「ふふ、こうして労ってくださるので、私たちも頑張れます」と嬉しそうに微笑んだ。
その間、静と幼体たちは、親の付き添いでやってきた小さな子供たちの相手をして、診療所の中に温かな笑い声を響かせるのだった。
◆◆◆
その頃、アリアたち一行は。
馬車を降りた四人とレナードは、鬱蒼とした木々が連なる『空白地帯』の外縁部から、予定通り南西の方角へと向かって慎重に歩みを進めていた。
「この辺りはまだ強力な魔獣が出るような場所ではないけれど、一応周囲に気を付けて行きましょう」
アリアが鋭い視線を巡らせながら声をかけると、レナードも剣の柄に手を添えて頷いた。
「はい。未知の領域では、何事も慎重さが大切ですね」
その時、少し先行して周囲を偵察していたフィアが、耳をピンと立てて茂みの中から戻ってきた。
「アリア、レナード! あっちの岩陰に珍しい薬草が群生してたよ。たぶん、中級から上級くらいの素材じゃないかな?」
「なんと……もうそのような希少な素材を見つけたのですか?」
レナードが驚きに目を見開く。
「ええと、私が先日一人でこの森に入った際には、素材らしいものはほとんど見つからなかったのですが……やはり、冒険者として長く活動されている皆様は、観察眼が違いますね」
その言葉に、ミレイアが歩きながらふわりと微笑んだ。
「それは仕方のないことじゃないかしら? いくら腕が立っても、一人で周囲の魔物を警戒しながら、同時に足元の素材探しや地形調査をするなんて……それ自体が無茶な話ですもの」
「そうね。レナードも、よくそんな危険な場所に一人で調査へ入ろうと思ったわよね?」
リーナが呆れたように問いかけると、レナードの足がピタリと止まり、その整った顔に少し焦りの色が浮かんだ。
「あ、いえ、その……これには、色々と複雑な事情もありまして……」
しどろもどろになって視線を泳がせるレナードを見て、アリアが軽く手を上げてリーナの追及を遮った。
「リーナ、レナードにも深く言えない事情があるんでしょうから、詮索はそのくらいにしなさいな」
「そうそう! 今回は索敵も採取も得意な私たちが一緒に居るんだから、どんどん調査して、いっぱい見つけてあげるね♪」
フィアが無邪気に笑いながら言い放つと、張り詰めていた空気がふっと緩む。
レナードは少しほっとしたような表情を見せ、「頼りにしています」と小さく頭を下げた。
ふと、ミレイアが足を止め、周囲の空気を確かめるように目を閉じた。
「……このあたり、思ったより魔力の澱みが薄いわね。空白地帯の外縁部にしては、随分と穏やかな気配だわ」
「へえ、それは調査的にも良い兆候ってことだよね?」
フィアが尋ねると、ミレイアは静かに頷いた。
「ええ、少なくとも今のところは。……でも、油断せず進みましょう」
お互いの実力を確かめ合いながら、確かな連携で空白地帯の謎へと迫っていく《ルミナ・ヴェール》とレナード。
三日間にわたる本格的な調査は、静の作ったおにぎりを囲んだこともあってか、思いのほか和やかな滑り出しを見せていた。




