第十五話 空白地帯への道のりと美味しいお弁当
フォルツを出発したレナードとアリアたちは馬車に揺られながら、順調に道のりを進めていた。
窓から流れる景色を眺めながら、フィアが機嫌よく尻尾を揺らす。
「へぇ~、この馬車、乗り心地も良いし、空白地帯の近くまで乗って行けるのは楽でいいね♪」
「そうね。普通の討伐依頼だったら徒歩で現地に向かうのが当たり前だけれど……こういうのも悪くないわね」
リーナが同意するように頷くと、ミレイアも上品に微笑みながら口を開いた。
「今回は単純な討伐ではなく、調査依頼だからじゃないかしら? 調査の中で色々と素材やサンプルを集めたりするかもしれないし」
「ええ。それに空白地帯に入ればずっと徒歩になるんだから、今のうちにしっかり休んで体力を温存しておいた方が良いわね」
アリアがそう締めくくり、それぞれが馬車での移動に対する感想を言い合っていると、向かいに座るレナードが静かに頷いた。
「はい。空白地帯での探索に慣れている皆様には、現地で十分に活躍していただきたいと考えております。時間の短縮はもちろんのこと、ミレイア殿の仰る通り、場合によっては持ち帰る荷物が多くなる可能性もありましたので、今回は馬車を手配させていただきました」
「外縁部ならそんなに危険もないし、調査の方は私たちに任せてね♪」
フィアが自信満々に胸を張ると、レナードは真剣な眼差しで頭を下げた。
「よろしくお願いします。……正直な所、先日私一人で調査に入った際には、十分な結果を出すことができなかったので、皆様のお力添えで何とかしたいと思っております」
(……単独で空白地帯の調査をするなんて。やはり、この若さで駐在武官を任されるだけの実力があるようね)
アリアが内心でレナードの底力を推し量る隣で、リーナもまた別の視点で彼を観察していた。
(セリナと言い、レナード様と言い……教会の関係者って、一人で過酷な試練に挑むのが好きなのかしら?)
そんなアリアたちの心中を知ってか知らずか、馬車は一定のリズムで進んでいく。
やがて、フィアが待ちきれない様子でお腹をさすった。
「ねえアリア~、着く前にお弁当食べようよ。フィア、もうお腹すいちゃった」
「フィアはいつも食べる事ばかりね。……まぁ、私もお腹が空いているし、良いんじゃない?」
リーナが呆れながらも同調すると、アリアも外の景色を確認して頷いた。
「そうね。現地に着いたらゆっくり食べる時間もないだろうし、今のうちにそうしましょうか」
「ふふっ、みんな、静のお弁当が楽しみなのね。……あっ、レナード様は朝食を食べてこられましたか?」
ミレイアが気遣うように尋ねると、レナードは少し申し訳なさそうに首を横に振った。
「いえ、早朝でしたので特には食べておりません。道中で、持参した保存食でも齧れればと思っておりました」
「それは駄目よ。しっかり食べないと、いざという時に実力が出せないわ。お弁当は多めに用意してあるから、一緒に食べましょう」
アリアがそう提案し、レナードの膝の上にも丁寧な包みが手渡された。
包みを開けると、そこには海苔が巻かれた丸い形のご飯がいくつも並んでおり、ふわりと食欲をそそる香りが漂う。見慣れない食事に少し戸惑いながらも、レナードが一口かじりついた瞬間――その目が大きく見開かれた。
「こっ、これは一体!?」
「どう? 美味しいでしょ? それ『おにぎり』って言うの。静が作ってくれたんだよ!」
驚くレナードの顔を見て、フィアが自分のことのように嬉しそうに胸を張る。
「はい……! 中に様々な具材が入っているようで、塩加減も絶妙で……とても美味しいです」
「ふふっ、気に入って貰えてよかったわ。後で聞いたら、静もきっと喜ぶわね」
ミレイアが微笑み、アリアも「まだまだ沢山あるから、遠慮せずに食べてちょうだいね」とおにぎりの包みを勧めた。
「ありがとうございます。……それにしても、本当に素晴らしい味ですね」
レナードが感動しながらおにぎりを頬張っていると、フィアがふと首を傾げて彼を見つめた。
「ん~、ねえ。レナード様って、ちょっと話し方が固いよね? こうして一緒にご飯も食べる仲なんだし、もっと普通に話そうよ?」
フィアの裏表のない自然体な提案に、レナードは少し瞬きをしてから、苦笑するように眉を下げた。
「すみません、昔からの癖で普段からこうでして……。ああ、皆様はどうか、いつも通りにしていただいて大丈夫ですよ」
「そうね。これから危険な場所を一緒に調査するのに、あまり堅苦しいと連携もやりづらいし……私たちも普通に話させてもらうわね」
アリアが代表してそう告げると、レナードも納得したように深く頷いた。
「はい、それでお願いいたします。私の事も、様付けなどせず呼び捨てで構いませんので」
「分かったわ、そうさせてもらうわね、レナード。私たちの事も、呼び捨てて良いわよ?」
「承知いたしました、リーナ……殿」
「ふふっ、殿は抜けてないけど、まあこれから慣れていけばいいわね」
美味しいおにぎりを囲みながらのやり取りで、馬車の中の空気は先ほどよりもずっと柔らかく、確かな連帯感に包まれていた。
◆◆◆
やがて馬車は鬱蒼とした木々が境界線のように立ち並ぶ『空白地帯』の外縁部へと到着した。
荷物を下ろした一行を見送り、馬車は三日目の昼前には再びこの場所で待機する約束を交わして、フォルツの街へと戻っていく。
静寂と、どこか不穏な魔力が漂う森の入り口。
アリアは冒険者の顔つきへと切り替わり、腰の剣に手を添えながらレナードへ視線を向けた。
「装備の最終確認はいいわね?」
リーナが手早く杖の具合を確かめながら尋ねると、ミレイアも短杖を握り直して頷いた。
「ええ、大丈夫よ。回復の準備も万全だわ」
「私もバッチリ!」
フィアが軽く跳ねて武器の感触を確かめると、四人は互いに目配せを交わし、気持ちを引き締めた。
「レナード、準備が出来次第、早速調査に向かうけれど……良いかしら?」
「はい。よろしくお願いします、アリア」
レナードもまた、駐在武官としての鋭い目つきで頷く。
《ルミナ・ヴェール》の四人とレナードは、緊張感を伴った足取りで、ついに空白地帯の奥へと足を踏み入れていくのだった。
――一方その頃。屋敷に残った静たちは。




