第十九話 順調な調査と笑顔をつなぐ治癒魔法
翌朝
アリアたちの野営地では、日が昇る頃には皆がすっかりと起き出していた。
「おはよう。特に異常はなかったわよ」
最後の見張りを担当していたリーナが、交代を告げるように淡々と言う。
「お疲れ様、リーナ。食事の準備が出来るまで、ゆっくり休んでていいわよ」
アリアが労いの言葉をかけると、リーナは「ええ、そうさせてもらうわ」と短く返し、焚き火のそばで一旦休憩に入った。
軽く身支度を整えた一行は、それぞれに朝の準備を始める。
アリアとフィアは周辺の安全確認と、食べられそうな木の実や果物の採取へ。レナードは薪の補充のために森へ入り、ミレイアはマジックポーチから食材を取り出して、手際よく簡単な朝食の支度を始める。
温かいスープと軽く炙ったパンが出来上がった頃、休憩していたリーナも起き出し、五人は揃って朝食の席を囲んだ。
「レナード、今日はこのまま北方に進むので良いのよね?」
アリアが予定を確認すると、レナードは真面目な顔つきで頷く。
「はい。予定通り北へ進んで一泊し、明日は南西方向に進路を変えて、空白地帯の入り口に戻る予定です。丁度この川が北側から流れてきているので、しばらくは川に沿って進むのが良いかと思います」
「今の所おかしなものは無いし、調査は順調と言う事でいいのかしら?」
ミレイアが周囲を見渡しながら尋ねると、リーナが温かいスープを飲み込みながら答えた。
「そうね。薬草の群生地が見つかったり、魔力の乱れが無い事も分かって来たし……十分順調じゃない?」
「そうそう、美味しいお魚も居たしね♪ あんなに丸々してて美味しいのは、珍しいかも?」
フィアが昨晩の夕食を思い出して尻尾を揺らすと、レナードも小さく笑みをこぼした。
「ここまでは非常に順調ですね。薬草の群生地の発見は、かなり有用な情報かと。魔力の異常も無く、神気についても安定しています」
「魔獣についても、特に見かけないわね。おそらくここはまだ外縁部なのと、私たちの人数が多いから、弱い魔物は警戒して近寄ってこないんじゃないかしら?」
アリアがそう推測し、一行は本日の探索方針をしっかりと擦り合わせた。
朝食が一段落すると、手早く野営道具を片付け、五人は川沿いに北上するルートへと足を踏み出していった。
川沿いをしばらく進んだ頃。開けた河原に差し掛かったところで、レナードがふと足を止めた。
「……この石、見覚えのない紋様が刻まれていますね」
指差した先には、苔むした大きな平石があり、表面にうっすらと幾何学的な模様が浮かんでいた。リーナが屈み込み、指先で紋様をなぞりながら目を細める。
「これは……古い水利の目印かしら。かなり風化しているけれど、悪意のある魔術的な痕跡ではなさそうね」
「単なる古い境界標か何かかもね。この辺り、昔は人が住んでいた形跡もあるみたいだし」
アリアが周囲を見渡しながら推測すると、レナードは手帳を取り出して素早く紋様を写し取った。
「念のため記録しておきます。……このような発見の積み重ねが、いずれ大きな意味を持つこともありますから」
「ふふ、駐在武官らしく無い几帳面さね」
ミレイアがからかうように微笑むと、レナードは照れくさそうに手帳を閉じた。
その後も一行は、道中で見つけた珍しい鉱石や、薬効のありそうな苔などを丁寧に記録しながら、順調に北方への探索を進めていった。
◆◆◆
その頃、空白地帯の屋敷では。
いつものように礼拝堂で祈りを終えたセリナが、キッチンで手際よく朝食の準備を始めていた。
そこへ朝露に濡れた新鮮な野菜を抱えた静が、屋敷裏の畑から戻ってくる。
「セリナ、さっき収穫した野菜をそこに置いておくから、あとをお願いするね。俺はこれから大樹の果樹園に行って来て、孤児院に差し入れする果物を採ってくるよ」
「それは良いですね。あの美味しい果実を、ぜひ子供たちにも食べていただきたいです」
セリナが嬉しそうに微笑んで答えた、その時だった。
「にゃ!」
「きゅきゅ!」
静の足元にいたツキとあかねが「自分たちも一緒に行く!」とアピールするように鳴き声を上げた。
「あははっ、ツキとあかねも一緒に行こうか。他の皆はどうする?」
静が他の幼体たちに声を掛けると、ルゥ、マル、ハルは「自分たちは残る」と言うように、セリナの足元へと集まっていった。
「この子達は残るみたいですね。じゃあみんなで、美味しいご飯を作って待っていましょうね」
セリナが優しく声をかけると、三匹は「くぅ」「ぷぷぅー!」「ひゅん」とそれぞれに愛らしい返事をした。
「静様。きっとツキもあかねも、ここのお姉ちゃんなので、孤児院の子供たちに美味しい果実を自分たちで探してあげたいんだと思いますよ」
セリナがくすくすと笑いながら告げると、静は感心したように二匹を見下ろした。
「そっか。じゃあツキ、あかね、子供たちに美味しい果物をたくさん選んであげようね」
「にゃ」
「きゅきゅ!」
ツキもあかねも、任せてと言わんばかりに得意げに胸を張る。
その微笑ましい様子を見てから、静が右手を軽くかざすと空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。
一瞬の心地よい浮遊感の後、光が静かに収束すると静と二匹は『大樹の果樹園』へと転移していった。
『大樹の果樹園』に着いた静は、早速美味しそうな果実を見繕って、次々と収穫していく。
ツキやあかねも、果樹園の中を駆け回りながら「これが美味しそうだよ!」と言わんばかりに「にゃ」「きゅきゅ!」と鳴いて静を呼び、極上の果実をいくつも収穫してもらった。
一方、静たちが果樹園へ向かっている間、屋敷に残ったセリナは、ルゥ、マル、ハルと共にキッチンで朝食の下ごしらえを進めていた。
「ルゥ、そのお野菜、綺麗に洗ってくれてありがとう」
セリナが声をかけると、ルゥは水を張った桶の中で野菜を転がしながら「くぅ!」と得意げに鼻を鳴らす。
マルは調理台の下で、こぼれたパン屑を「ぽむぽむ」と小さな手で集めながら「ぷぅ」と満足げに丸くなり、ハルは窓辺で「ひゅん」と羽を揺らし、涼しい風を送って室内の空気を心地よく循環させていた。
「みんな、本当にお利口さんですね。……ふふ、これなら静様が戻られる頃には、朝食もすっかり準備できていそうです」
セリナが微笑ましそうに三匹を見守りながら、手早くパンを切り分けていく。
たっぷりの果物を抱えて屋敷に戻った静は、セリナたちと共に賑やかな朝食を済ませる。
後片付けを終わらせると、静が再び右手をかざし、一行は光の粒子に包まれてフォルツの街へと転移した。
◆◆◆
仮設診療所へと到着すると、そこにはすでにエナが来ており、テキパキと開院に向けての準備を行っていた。
入り口に現れた静たちに気付いたエナがパッと顔を輝かせる。
「静さん、師匠! おはようございます!」
「エナ、おはよう。もう来てるなんて早いね」
「エナさん、おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
静とセリナが温かく挨拶を返すと、エナは気合いを入れるようにぐっと両拳を握った。
「はい! 今日もたくさんの笑顔を見れるように頑張ります!」
エナの元気な声に励まされ、皆で手分けをして開院の準備を整えていく。
診療が始まると、エナは真剣な顔つきに切り替わった。
セリナの無駄のない治癒魔法の行使を食い入るように観察し、軽い症状の患者には、セリナの指導のもとで自ら治癒魔法を施していく。
その丁寧で一生懸命な姿を見ていた年配の患者たちが、待合席で目を細めていた。
「先生に可愛いお弟子さんができたんだねぇ」
「ああ。一生懸命で先生みたいに丁寧な治療を行ってるし、将来有望だねぇ」
そんな温かな声援の中、小さな女の子が母親に連れられてやってきた。転んで擦りむいた膝に、エナがそっと治癒魔法をかける。淡い光が収まると、傷跡は綺麗に消え去っていた。
「もう痛くないよ。おねえちゃん、ありがとう。ぱっと治してくれてすごいなぁ……わたしも大きくなったら、おねえちゃんみたいになりたい!」
女の子がキラキラとした尊敬の眼差しを向けると、エナは顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべた。
「わ、私なんかまだまだだよ? ……でも、そう言ってくれてうれしいな。ありがとう」
素直に喜びを噛み締めるエナの横顔を見て、セリナは内心で温かな感動を覚えていた。
(ふふっ、エナさんも随分と治癒魔法に慣れてきたみたいですね。これからの成長が、本当に楽しみです)
待合室では、退屈そうにしていた小さな男の子が、静の膝によじ登ってきた。
「おにいちゃん、あそぼう!」
「よし、じゃあ何して遊ぼうか」
静が屈み込んで男の子と目線を合わせると、足元にいたあかねが「きゅ!」と鳴いて尻尾を差し出し、男の子はきゃっきゃと声を上げてその柔らかな尻尾に触れて笑った。ツキもゆったりと男の子の隣に腰を下ろし、「にゃ」と落ち着いた様子で撫でられるがままになっている。
そんな微笑ましい光景に、順番を待つ他の患者たちの顔にも自然と笑みがこぼれていった。
静はそんな微笑ましい師弟のやり取りを少し離れた場所から温かく見守りながら、ツキやあかね達と共に、診療所に付き添いで来ている子供たちの相手をして、待合室を和やかな空気で満たし続けるのだった。




