第十三話 焼き菓子の約束とセレニアでの買い出し
翌朝
柔らかな朝日が差し込む屋敷では、皆がいつもの穏やかな日課をこなしていた。
静は朝露に濡れた裏の畑へと足を運び、朝食用の新鮮な野菜を丁寧に収穫していく。
セリナは静寂に包まれた礼拝堂で神へと朝の祈りを捧げ、それが終わるとキッチンへ向かい、静と共に手際よく朝食の準備を始めた。
香ばしく焼けたパンと、新鮮な野菜がたっぷり入ったスープの優しい匂いがリビングに漂う頃、身支度を整えたアリアたちも集まってくる。
全員が食卓を囲み、温かな朝食をとりながら本日の予定を話し合い始めた。
「今日はみんな、どうするの? アリアたちは明日の出発に向けた準備かな?」
静が尋ねると、セリナがふわりと優しい微笑みを浮かべて口を開いた。
「はい。明日からアリアさんたちが三日間の調査依頼に行かれると伺いましたので……もしよろしければ、休憩の時におやつとして召し上がっていただけるよう、焼き菓子でも作ろうかと思っているのです」
その言葉を聞いた瞬間、フィアの耳と尻尾がピンと立ち上がった。
「えっ!? 焼き菓子!! セリナ、ほんとに!? ありがと〜っ、すっごく楽しみ!!」
「悪いわね、セリナ。そんなに気を遣ってくれなくても良いのよ? ……でも、正直に言うとすごく嬉しいわ。ありがとう」
アリアも照れくさそうに笑いながら感謝を伝えると、リーナとミレイアも深く頷いた。
「それは本当にありがたいわね。依頼中は静とセリナのご飯が食べられないから、きっと良い励みになるわ」
「ええ、私も楽しみにしているわ。セリナ、ありがとうね」
皆から次々とお礼を言われ、セリナは「いえ、私にできることなどこのくらいですから」と嬉しそうに頬を染めた。
「じゃあ、せっかく作るなら、セレニアの市場まで材料の買い出しに行こうか。あそこなら、焼き菓子に合いそうな美味しいドライフルーツとか、珍しい香辛料なんかもありそうだしね」
静が提案すると、セリナはぱぁっと顔を輝かせた。
「それはいいですね! ぜひ行きましょう」
「それなら、私達も一緒に行こうかしら? フォルツにはないような消耗品や、手入れの道具なんかが見つかるかもしれないわよね」
アリアがリーナたちを見回すと、リーナも賛同するように頷く。
「いいわね。一通り揃えてはいるけれど、見てみるのも悪くないわ」
「じゃあじゃあ、美味しそうなお肉も見てみようよ♪」
「フィア、あなたは本当に食べる事ばかりね……。まぁ、野営に使えるちょっとした調味料なんかも欲しいし、一緒に行くのもありね」
ミレイアが呆れたように笑いながらも了承すると、足元にいたあかねが「きゅきゅ!」と自分たちも行きたいとばかりに尻尾を大きく振った。ルゥやマルも「くぅ!」「ぷぷぅー!」と期待に満ちた声を弾ませ、ハルは「ひゅん」と嬉しそうに優しい風を吹かせている。ツキも静の膝の上で「にゃぁ」と喉を鳴らし、全員で一緒に出かける気満々だ。
「ふふ、みんなも一緒に行きたいみたいだね。よし、今日はみんなでセレニアに行こうか!」
静が優しく微笑むと、幼体たちは大喜びで喜びの声を上げるのだった。
◆◆◆
朝食の片付けを済ませた後、一行はリビングの中央へと集まった。
「それじゃあ、行こうか」
静が右手を軽くかざすと、空間がふわりと柔らかな光の粒子に包まれる。
一瞬の心地よい浮遊感ののち、光が静かに収束すると、そこは活気あふれるセレニアの人目のない静かな路地裏だった。
大通りからはフォルツの街とはまた違った、多くの商人や旅人が行き交う賑やかな喧噪が聞こえてくる。
「よし、無事に到着したね。それじゃあ、買い物が終わるまで、それぞれ自由に見て回ろうか。終わったら連絡板で教えてね」
「ええ、分かったわ。それじゃあ静、セリナ、後でね」
アリアが手を振ると、静とセリナも笑顔で手を振り返し、それぞれ大通りへと足を踏み出した。
◆◆◆
【アリア・リーナ組】
多くの店が軒を連ねる大通りを進み、アリアとリーナは冒険者や職人が集まる道具屋の暖簾をくぐった。
「さすがセレニアね。フォルツの露店じゃ見かけないような上質な手入れ用品が並んでいるわ」
アリアが感心しながら棚に並んだ瓶を手にとると、リーナも棚の奥を覗き込んで目を細めた。
「ええ。この刃研ぎ用のオイル、かなり純度が高いわね。長旅の途中で剣の手入れをするのにちょうど良さそうだわ。あと、耐水性の高い松明も少し補充しておきましょうか」
「そうね。今回の調査は野宿になるし、明かりと火種はしっかり用意しておきたいものね」
二人は上級冒険者らしい手慣れた様子で、野営の質を保つための実用的な道具や消耗品を厳選して買い求めていった。
◆◆◆
【ミレイア・フィア組】
一方、香ばしい匂いが立ちこめる食料品エリアでは、フィアが目を爛々と輝かせて露店を覗き込んでいた。
「ミレイア、見て見て! あそこのお店、色んな種類のソーセージや干し肉がぶら下がってるよ!」
「ふふ、落ち着きなさいフィア。あまり目移りすると買いすぎてしまうわよ?」
そう言いながらも、ミレイアは店主に声をかけ、手際よく品定めを始める。
「すみません、こちらの燻製肉と、香辛料が効いた挽き肉のソーセージをいただけますか? それと……野菜スープの味付けに使えるドライハーブの束もいただきたいわ」
「あいよ、姉さん! 毎度あり! 二人とも可愛いから、これおまけしとくよ!」
威勢の良い店主はそう言って笑うと、紙包みの脇に、竹串に刺さったアツアツの特製ミートボール串をふたつ添えて手渡してくれた。
「わぁ! ミートボールだ! 店主さん、ありがと〜っ!」
フィアがパァっと顔を輝かせて早速口へ運ぶと、香ばしい肉汁が口いっぱいに弾けた。
「ん〜〜〜っ! アツアツでジューシーですっごく美味しい! ミレイアも食べてみて!」
「ふふ、まあ嬉しいわね。いただきますね」
ミレイアも上品に一口頬張り、「あら、本当に肉の旨味が深くて美味しいわね」と笑みをこぼした。二人は買い物ついでのおいしいおまけを楽しみながら、上機嫌で次の露店へと向かっていくのだった。
◆◆◆
【静・セリナ・幼体組】
静とセリナそして幼体たちは、色とりどりの果物や製菓材料が並ぶ賑やかな市場を巡っていた。
「静様、見てください。あちらの露店に、とても美味しそうなドライフルーツがたくさん並んでいますよ」
セリナが指差した先には、太陽の恵みをたっぷり浴びてぎゅっと甘みが詰まった杏や葡萄、無花果のドライフルーツが山盛りにされていた。
「本当だ、すごく綺麗な色だね。焼き生地に混ぜ込んだら、甘酸っぱくて良いアクセントになりそうだよ」
静が店主から試食を勧められて一口含んでみると、濃厚な果肉の甘みが口いっぱいに広がった。
「うん、すごく美味しいよ、セリナ。これを何種類か買っていこうか」
「はい! あと、香りの良い蜂蜜と、少し珍しいナッツ類も探して混ぜてみましょうか。アリアさんたち、喜んでくださると嬉しいですね」
あかねが足元で「きゅきゅ!」と自慢げにナッツの袋を鼻先で指し示し、肩のツキも「にゃ」と短く鳴いて静に同意を示している。ルゥとマルも「くぅ!」「ぷぷぅー!」と楽しそうに周りを跳ね回り、ハルは風に乗って果物の香りをかいでいた。
隣の露店には、瓶に詰められた琥珀色の蜂蜜がずらりと並んでいた。静が味見をさせてもらうと、ふわりと花の香りが鼻を抜ける上品な甘さが口いっぱいに広がる。
「これも良さそうだね。ドライフルーツと蜂蜜、両方使えば奥行きのある甘さになりそうだ」
「はい、きっと素敵な焼き菓子になりますね。楽しみです」
セリナが瓶を大切そうにカゴへ入れると、ルゥが「くぅ!」と鼻先を瓶へ寄せて満足そうに鳴き、マルも「ぷぅ」とお腹を鳴らして期待を隠さなかった。
「絶対に喜ぶよ。フィアなんて、見た瞬間に飛びついてきそうだね」
「ふふ、目に浮かぶようです」
セリナが心からの温かな笑顔を浮かべ、一行は焼き菓子に入れる最高の素材をひとつひとつ楽しそうに選び取っていく。




