第十二話 野営の準備と大樹の恵み
明後日からの依頼に備え、アリアたちは準備のために活気に満ちたフォルツの市場へと足を踏み入れていた。
「久しぶりに野営がある調査依頼になるから、効率よく二手に分かれて準備をしましょうか」
アリアが立ち並ぶ露店を見渡しながら提案すると、リーナも頷いて役割分担を口にする。
「そうね。野営に使う道具類は私とアリアで揃えるから、ミレイアとフィアは食事関係の調達を任せたわよ?」
「任せて! 凄く美味しい物をいーっぱい準備するからね♪」
ぶんぶんと尻尾を振って張り切るフィアに、ミレイアが上品に微笑みながらもピシャリと釘を刺す。
「フィア、静が作るようなご馳走は無理よ? 今回ばかりは、ほどほどのもので我慢しなさいね?」
「は~い……」
ミレイアの正論に、フィアは少しだけ耳を伏せて不服そうに返事をした。
「じゃあ、買い出しが終わったら、いつもの宿屋『上弦の月』の部屋で集合ね」
「分かったわ」
「はーい!」
アリアの指示で、四人はそれぞれ二手に分かれて市場の雑踏へと溶け込んでいった。
◆◆◆
【アリア・リーナ組】
「さて、まずは野営道具ね。ある程度はマジックポーチに入っているけれど……最近はめっきり使っていなかったから、消耗品は補充しないとね」
アリアがポーチの中身を思い出しながら歩き出すと、リーナが少し遠い目をして呟いた。
「そうね。ついでに道具屋に行って、色々と揃えましょうか。……フィアじゃないけれど、やっぱり固い地面で寝るのはちょっと辛いわよね。少し厚めの携帯マットでも買いましょうか」
いつもなら「冒険者たるもの、どんな環境でも眠れるようにしておくべき」と言うはずのリーナからのまさかの提案に、アリアも苦笑しながら深く頷いた。
「ふふっ、そうしましょうか。さすがに私たちも、静が用意してくれるあの環境に慣れきっちゃっているから……せめて、そのくらいの贅沢はしてもいいわよね?」
「ええ、もちろんよ。背中が痛くて実力が発揮できないなんて、それこそ本末転倒だわ」
二人はすっかり染み付いてしまった『静の甘やかし』を自覚しながらも、少しでも野営を快適にするべく、足早に道具屋の扉をくぐっていくのだった。
◆◆◆
【ミレイア・フィア組】
「やっぱりここはお肉でしょ! 二、三日くらいなら、ガチガチの乾燥肉じゃなくても持つよね? 私、お肉がたっぷり詰まったソーセージとか食べたい!」
食料品が並ぶ通りに出るなり、フィアがミレイアの顔色を上目遣いで窺いながら力説する。
少し呆れたように息を吐きながらも、ミレイアは優しく微笑んだ。
「ん〜、そうねぇ。確かに、あの乾燥肉の味気なさは私もちょっと……。そのくらいなら、買ってもいいわよね?」
「やったー! じゃあ、早速あそこのお肉屋さんに行こう!」
ミレイアの許可が下りるや否や、フィアはぱぁっと顔を輝かせてお肉屋さんの屋台へと駆け出していった。
「もう、待ちなさいフィア。お肉の他に、新鮮なお野菜も欲しいわね。あっちの露店にも行きましょうか」
「うんっ! 美味しいスープにしようね♪」
二人はワイワイと楽しげに相談を交わしながら、三日間の調査を少しでも美味しく乗り切るための食材を買い集めていった。
◆◆◆
数時間後。
お互いに十分な買い出しを終えた四人は、定宿としている『上弦の月』の借り上げ部屋へと集まっていた。
「これで明後日からの準備はバッチリね」
購入した厚手の携帯マットや保存食を確認し終えると、アリアはほっと息をつき、懐から連絡板を取り出した。指先で魔力を込め、屋敷で待つ静へと文字を紡ぐ。
【アリア:静、こっちの用件と買い出しは全部終わったから、迎えに来てもらえるかしら? いつもの『上弦の月』の部屋にいるわ】
送信して間もなく、連絡板が淡い光を放ち、静からの返信が浮かび上がった。
【静:了解、今から行くね】
「ふふ、今から迎えに来てくれるそうよ」
「やったぁ!」
フィアが嬉しそうに声を上げた直後、部屋の中央にふわりと優しく澄んだ光が収束し、静の姿が現れた。
「お待たせ。みんな、買い出しはお疲れ様」
「静! お帰りなさ〜い!」
フィアが飛びつく勢いで迎え、アリアたちも和やかな笑顔を向ける。
「いつも助かるわ、静。それじゃあ、屋敷へ戻りましょうか」
「うん、みんな捕まってね」
静が転移の力を発動させると、一瞬の浮遊感とともに視界が切り替わり、一行は住み慣れた屋敷の温かなリビングへと一瞬で帰還した。
◆◆◆
屋敷に戻ると香ばしい胡麻油の香りと、出汁の効いた優しい匂いが漂ってきた。
「皆様、お帰りなさいませ。お買い物、お疲れ様でした」
セリナが和やかな笑顔で出迎えてくれ、その足元ではツキが「にゃ」と短く鳴き、あかねも「きゅきゅ!」と自慢げに胸を張っている。
「ただいま、セリナ。すごく良い匂いがするね」
静が食卓へ視線を向けると、そこにはカラリと黄金色に揚がった山菜や茸の天ぷらが大皿に山盛りにされ、煮込まれた茸と野草の温かいスープが湯気を立てていた。
「はい! 今日、静様やあかねたちが大樹の根元で採ってきてくださった山菜や茸を、天ぷらとスープに仕上げてみたのです」
「すごーい! 美味しそう!!」
フィアが目を輝かせてテーブルにつき、みんなで手を合わせて「いただきます」の挨拶を交わす。
サクッ、と軽い音を立てて山菜の天ぷらを口に含んだフィアは、頬を押さえて幸せそうに身悶えした。
「おいし〜い!! 衣はサクサクだし、山菜の香りがすっごく芳醇……! ああ〜、やっぱり静が作るご飯とセリナのお料理は世界一だよ〜っ!」
「ふふっ、明後日からはこんな揚げたてのお料理は食べられないんだから、今のうちにしっかり味わっておきなさいね」
ミレイアがくすくすと笑いながら天ぷらを口に運ぶと、アリアとリーナも「本当に、この味が恋しくなりそうね」と顔を見合わせて微笑んだ。
「あかねもツキも、みんなで頑張って探してくれたおかげだね。ありがとう」
静が隣に座るあかねの頭を優しく撫でると、あかねは「きゅきゅ!」と嬉しそうに尻尾を振り、ツキも静の手のひらに「にゃぁ」と愛らしく頭を擦り寄せていた。
ミレイアの膝の上では、ルゥが天ぷらの欠片を美味しそうに頬張りながら「くぅ」と満足げに鳴き、フィアの肩に乗ったハルも「ひゅん」と機嫌よく尾羽を揺らしている。リーナの隣ではマルが「ぷぷぅー」とお腹を膨らませながら、満ち足りた様子で丸くなっていた。
「そういえば、アリア。明日は一日準備期間なんだよね?」
静が尋ねると、アリアはスープを一口含んでから頷いた。
「ええ。明日は消耗品の最終チェックと、装備の手入れをする予定よ。明後日の早朝にはフォルツの街の入口でレナード様と待ち合わせだから、明日の夜は早めに休むつもりだわ」
「そっか。明後日の朝は、待ち合わせの場所まで転移で送るからね」
「ありがとう、助かるわ。……三日間、屋敷を空けるけれど、静もセリナたちとゆっくり過ごしていてね」
アリアの言葉にセリナが嬉しそうに目を輝かせ、少し上目遣いに静を見つめた。
「静様、それでしたら……アリアさんたちが調査へ行かれている間、私はエナさんと一緒に仮設診療所に行って来ても宜しいでしょうか? エナさんの良い勉強にもなりますし、何より街の皆さんの笑顔が増えますので」
「いいね。エナも頑張って一人前の治療師になれたら、孤児院のほかの子たちの目標にもなるから、すごく良い案だと思うよ」
静が即座に賛同して優しく微笑むと、セリナは「ありがとうございます、静様!」と胸の前で手を合わせて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ふふ、セリナもすっかり立派な師匠ね。エナちゃんも喜ぶわ」
アリアがからかうように微笑むと、セリナは少し頬を染めながら「いえ、私などまだまだです……」と照れくさそうに首を横に振った。
温かな湯気と笑顔に包まれながら、大樹の恵みを味わう和やかな夕食の時間が流れていく。
明後日から始まる本格的な調査依頼へ思いを馳せつつも、一同は今この瞬間の温かな日常を心ゆくまで堪能するのだった。




