第十一話 三日間の調査依頼と忘れかけていた常識
支部長室の重厚な扉を開けると、中には険しい顔で地図を広げるフォルツ支部のギルドマスター・バイトンと、教会の駐在武官レナードの二人が待っていた。
(やっぱり、あの人だったのね……)
アリアは内心でそう納得しながらも表情には出さず、一歩前へと進み出た。
「お待たせいたしました、支部長。……そちらが、今回の依頼主の方でしょうか?」
「おお、アリア殿。来ていただいて感謝します。こちらの方が今回の依頼主であられる、教会の駐在武官レナード様です」
バイトンが手で示すとレナードが静かに立ち上がり、洗練された動作で一礼した。
「レナード様。こちらの方々が先ほどお話ししました、当支部に滞在中の上級冒険者パーティー《ルミナ・ヴェール》の皆さまです」
「初めまして。教会の駐在武官を務めております、レナードと申します。本日はお忙しい中お集まりいただき、感謝いたします」
「《ルミナ・ヴェール》のリーダーを務めている、アリアと申します。よろしくお願いいたします」
互いに挨拶を交わし、一同は応接用のソファへと着席した。
すぐに本題へと入り、レナードから今回の依頼内容の詳細が語られる。
「今回皆様にお願いしたいのは『空白地帯』外縁部の調査です。具体的には魔物の生態系の調査、特異な植物などの確認、そして……魔力や神気の異常な乱れが無いかの確認をお願いしたいと考えております」
レナードが地図を指差しながら、三日間の工程を説明していく。
初日は空白地帯の入り口から南西へ進んで一泊。二日目はそこから北へ進路を取って一泊。そして三日目は南東へと進み、入り口へ戻ってフォルツの街へと帰還するルート。
「このあたりの地形について、以前の調査記録などはあるのですか?」
アリアが地図の一角を指差して尋ねると、レナードは静かに首を振った。
「いえ、正直なところ、この一帯についての正確な記録はほとんど残っておりません。それもあって、実績のある皆様のような方々にお願いしたいのです」
「なるほど、承知しました」
アリア、リーナ、ミレイアの三人は真剣な表情で地図を見つめ、危険度やルートに問題がないかを確認していく。
その横ではフィアだけは少し退屈そうに目を瞬かせ、こっそりと欠伸を噛み殺していた。生粋の獣人であり前衛特化の彼女は、こうした小難しい交渉事や長時間の話し合いが大の苦手だった。
「……なるほど、ルートも目的も明確ですね。私たちで無理な内容は無さそうです。この依頼、お受けいたしますが……いつから調査を始めますか?」
アリアが尋ねると、レナードは真摯な瞳で真っ直ぐに答えた。
「はい。明日は物資の準備に当てていただき、明後日の早朝から三日間、という日程ではいかがでしょうか?」
「それなら問題無さそうね。いいんじゃない、アリア?」
リーナの確認にアリアも力強く頷く。
「承知いたしました。では明後日の早朝、フォルツの街の入り口にてお待ちしております」
「ありがとうございます。では明後日より三日間、どうかよろしくお願いいたします」
レナードは礼儀正しく、深く頭を下げた。
「では、アリア殿たちは受付にて正式な依頼受注の手続きを行っていただけますか?」
「承知いたしました。では、私たちはこれで失礼いたします」
アリアたちは立ち上がり、支部長室を後にする。
受付のサーシャの元で受注手続きを済ませ、ギルドの外へと出た途端、ミレイアが上品に口元を押さえてくすくすと笑い出した。
「ふふっ。フィア、あなた……お話の途中、また寝そうになっていたでしょう?」
「だ、だって、しょうがないでしょ!? 私、ああいう小難しい話って本当に苦手なんだもん……!」
耳をぺたんと伏せて言い訳をするフィアに、リーナが呆れたようにため息をつく。
「まあ、実際に寝なかっただけマシよね」
「その代わり、調査本番ではしっかり頑張ってもらうわよ?」
アリアが笑いながら釘を刺すと、フィアは「そっちは任せてよ♪」と得意げに胸を張るのだった。
◆◆◆
場面は変わり、静たちがいる『大樹の根元』
木漏れ日が降り注ぐ広大な緑地では『護衛隊長』に任命されたあかねを筆頭に、幼体たちが大張り切りで走り回っていた。
美味しそうなキノコや果実、木の実、野草などを探して元気いっぱいに草むらを駆け抜けていく。
「きゅきゅーっ!」
ついつい張り切りすぎたあかねが、一人で遠くの茂みへと突っ込んでいこうとしたその時。静の肩にいたツキが「にゃ」と短く、お姉ちゃんらしい威厳のある声で注意を促した。
その声にハッとしたあかねは、慌てて方向転換し、とてとてと静の足元まで戻ってくる。そして「きゅきゅ!」と、見つけた成果を自慢するように静を案内した。
「おっ、凄いな。これは……美味しそうなリンゴみたいだね。今日のおやつにちょうど良さそうだ」
静があかねの見つけた赤い果実を収穫して頭を撫でると、あかねは嬉しそうに目を細めた。
それを見ていた日差しを受けて漆黒の毛並みを艶やかに輝かせたツキが、器用に前足でふさふさとした山菜の束を指し示す。
「こっちは山菜だね。これは天ぷらにしたら絶対に美味しいやつだ」
静がツキの喉元を優しく撫でてやると、ツキも「にゃぁ」と甘えるように擦り寄り、あかねと一緒に誇らしげな表情を浮かべていた。
一方、少し離れた場所にいるセリナは、元気な幼体たちにすっかり囲まれていた。
「ひゅん!」
ハルがふわりと空へ舞い上がり、風を操って木の上の方にある熟した果実を落としてくる。
「くぅ!」
ルゥが草陰から瑞々しい木苺の群生を見つけて、尻尾を振りながらセリナの服の裾を引っ張る。
「ぷぷぅー!」
もふもふの毛皮の小さな翼を揺らしたマルが、倒木の下に生えた立派なキノコを見つけ、小さな手を「ぽむぽむ」と叩いて猛烈にアピールしている。
「ああっ、順番に行きますから、少し待ってくださいね……! ふふっ、皆さんとっても優秀ですね」
三匹の愛らしい猛アピールに振り回されながらも、セリナはどこか楽しそうに笑い声を上げていた。
護衛という名のピクニックで程よく食材を収穫した静たちは、あかねたちの見つけた成果を抱え、転移で一足先に屋敷へと戻るのだった。
◆◆◆
その頃、ギルドからの帰り道を歩くアリアたちは、明後日からの調査についての相談を始めていた。
「明後日からの依頼、今回は二泊の野宿になるから、色々と準備が必要ね」
アリアが指折り数えながら確認すると、リーナも真剣な顔で頷いた。
「そうね。今回は静が居ないから、食料の確保や野営の準備も、全部自分たちでしっかりやらないといけないしね」
その言葉にミレイアがふふっと優しく微笑む。
「本当はそれが冒険者として『普通』なんですけれどね。静の規格外な転移に慣れきってしまって、ついつい忘れそうになるわよね」
三人が冒険者としての常識を再確認して笑い合っていると――突如、フィアが雷に打たれたような顔をしてピタリと足を止めた。
「えっ……あっ!! そ、そうだよ!!」
「どうしたの、フィア? 急に大声を出して」
アリアが驚いて振り返ると、フィアは頭を抱え、絶望したような声を張り上げた。
「静が居ないってことは……転移で屋敷に戻れないじゃん! 美味しい温かいご飯も、大きなお風呂も、ふかふかで柔らかいベッドも……全部お預けってことぉ!?」
いつもなら、どこにいようとも、夕方になれば静の転移で屋敷へ帰り、美味しい料理と風呂を堪能してふかふかのベッドで眠るという『規格外な待遇』を受けていた《ルミナ・ヴェール》の面々。
その恩恵が今回は一切無いという現実(普通の冒険者なら当たり前のこと)に、フィアは今更ながら気づいてショックを受けていた。
「フィア……だからさっきミレイアも言ったでしょ。それが『普通』なのよ」
アリアが呆れたように肩をすくめると、リーナも「少しは野生の勘を取り戻しなさい」と苦笑する。
「うぅ〜……三日間、お風呂なしで硬い地面で寝るのかぁ……静のご飯、恋しいよぉ……」
耳と尻尾をぺたんと垂らして本気で嘆くフィアに、ミレイアが宥めるように微笑みかけた。
「まあまあ、フィア。三日くらいなら私が野営でも美味しいものを作ってあげるから、安心なさい」
「ほ、本当!? ミレイア、絶対だからね!?」
すがりつくように念を押すフィアの背中を、アリアたちが笑いながら叩く。
忘れかけていた冒険者の『厳しい常識』を前に悲鳴を上げるフィアの声が、賑やかなフォルツの街角に響き渡っていた。




