第十話 可愛い護衛達と青銀の武官
賑やかで温かな朝食の時間が終わった頃。
静は食後のお茶を飲み干し、準備を整えているアリアたちへと声をかけた。
「そろそろ、フォルツの街へ送って行こうか?」
「そうね。そろそろギルドも空き始める時間だと思うし……ちょうどいいわね」
アリアが立ち上がって剣帯を締め直すと、リーナも足元を見下ろして優しく微笑んだ。
「今回は仕事だから、マルたちはお留守番ね」
「ルゥも良い子でお留守番よ?」
ミレイアが腕の中のルゥを優しく撫でると、ルゥは少し寂しそうに「くぅ……」と小さく鳴いた。フィアも肩に乗るハルへ、猫耳を揺らしながらニシシと笑いかける。
「美味しいおやつを買ってきてあげるからね♪ 待っててね、ハル」
「ひゅん……」
ハルも残念そうに羽を伏せ、アリアの足元ではあかねが「きゅぅ……」と悲しそうな声を上げてアリアのブーツにすり寄っていた。
「もう、あかねったら……。今回はお仕事だから、そんな行きたそうにしてもダメよ? 私たちだけの時は連れて行ってあげるから、今日はツキと一緒にみんなを見ててちょうだい」
アリアがしゃがみ込んで言い聞かせるも、あかねたちはどうしても一緒に行きたいらしく、しょんぼりとした空気が漂い始めた。
その様子を見ていた静は、ふと思いついたようにあかねたちの前へしゃがみ込み、和やかな笑みを浮かべて提案した。
「そうだね……お仕事の邪魔になっちゃうから、あかね達は今日、俺と一緒に大樹へ行こうか? アリアたちの代わりに、俺のことを護ってもらえるかな?」
その言葉を聞いた瞬間、あかねはパァッと表情を輝かせ、「きゅきゅ!」と力強く胸を張った。まるで「任せて!」と言わんばかりの頼もしい姿である。ルゥやハル、マルたちも、自分たちに『護衛』という大切な任務が与えられたことにすっかり機嫌を直し、「くぅ!」「ひゅん!」「ぷぷぅー!」とそれぞれ意気揚々と声を弾ませた。
そんなあかねたちの様子を見て、少し離れた場所にいたツキも「にゃ」とお姉ちゃんらしく目を細め、静の提案を嬉しそうに見守っている。
(静様……本当に、お優しいですね。あかねたちが寂しがらないように、お留守番する『立派な用事』を作ってあげたんですね)
一部始終を静かに見つめていたセリナは、声には出さず、その温かな気遣いに心底ほっこりとした気持ちで微笑んでいた。
◆◆◆
いつもの路地裏へ転移の光とともに降り立った一行は、ここで静と別れることになった。
「じゃあ、気をつけて。用件が終わったら、いつものように連絡板で教えてくれれば迎えに来るよ」
「ええ、ありがとう。多分夕方までには終わっていると思うから、連絡するわ」
アリアが頷くのを見届けた静はセリナや幼体たちを伴い、ふたたび転移の力を発動させた。
転移の光が収まると、そこは木漏れ日が優しく降り注ぐ『大樹の根元』の広大な緑地だった。心地よい風が葉を揺らし、爽やかな草の香りが鼻腔をくすぐる。
「よし、到着。みんな、今日は頼りにしているよ。……特にあかね、護衛隊長をよろしくね」
静が屈み込んであかねの頭を優しく撫でると、あかねは嬉しくてたまらない様子で「きゅきゅ!」と自慢の尻尾を大きく振った。
「ふふ、静様。あかね隊長、とても頼もしいお顔をされていますね」
セリナがクスクスと微笑むと、あかねは「任せて!」とばかりに一層胸を張ってみせる。
「今日はせっかくみんなで来たんだから、今日の夕飯に使えそうな美味しそうな食材を探してみようか。……隊長、みんなを引っ張っていってくれる?」
「きゅきゅー!」
静の言葉に、あかねは元気いっぱいに声を上げて走り出した。
その後ろを、もふもふの小さな翼を揺らしたマルが「ぷぷぅー!」と弾むように追いかけ、ハルもふわりと空へ舞い上がって風の気配を探り始める。ルゥも「くぅ!」と愛らしく鳴きながら、瑞々しい野草の群生地を見つけて静の袖を引いた。
漆黒の毛並みをしたツキは、静の肩の上で目を細め、大張り切りで草むらを調べるあかね達をお姉ちゃんらしく優しく見守っている。
「静様、あちらに立派な茸と、香りの良い野草が生えていますよ」
「本当だ、セリナ。今夜はこれで温かいスープが作れそうだね」
「はい! きっと皆様も喜んでくださいますね」
木漏れ日の中で戯れる幼体たちの声と、静とセリナの温かな会話が響き渡り、まるでピクニックのような穏やかで満ち足りた時間がゆっくりと流れていった。
◆◆◆
一方その頃、フォルツの街では――静たちの気配が消えたことを確認したアリアが、腰の剣に手を添え、ふっと表情を引き締めていた。
「さて、それじゃあギルドに行きましょうか」
「どんな内容か楽しみだね♪」
フィアが軽い調子で伸びをすると、リーナが呆れたようにため息をついた。
「遊びに行くんじゃないわよ? 仕事なんだから、気を引き締めないとダメよ」
「もちろんわかってるよ♪ でも、久しぶりの本格的な依頼だから、ちょっとワクワクしちゃうじゃない?」
反省しているのかしていないのか分からないフィアの返答に、ミレイアが上品に口元を押さえてくすくすと笑った。
「そうね。空白地帯の外縁調査ということだから、本当ならかなり危険な依頼なんだけれど……あの場所は静の支配エリア内だから、魔物も出ないし絶対に安全なのよねぇ」
「まあ、私たち以外からしたら、最高難易度の危険地帯へ行くと思われているでしょうけどね。でも、万が一ってこともあるから、安全第一で行きましょう」
アリアの引き締まった言葉に三人は頷き、上級冒険者としての凛とした足取りでギルドへと向かった。
◆◆◆
冒険者ギルド フォルツ支部の扉を開けると、朝の忙しい時間を過ぎた館内は比較的落ち着いていた。
アリアは迷わず受付へと向かい、馴染みの受付嬢サーシャへ声をかけた。
「サーシャ、昨日の依頼の件で来たのだけど、ギルドマスターは居るかしら?」
「あっ、アリアさん、お待ちしておりました。ちょうど今、依頼主のお方と支部長がお話をされておりますので、すぐに確認してまいりますね。少々お待ちください」
サーシャは足早に関係者用の通路奥へと向かい、やがて戻ってくると「お待たせいたしました、こちらへどうぞ」と奥の部屋へと案内してくれた。
支部長室の重厚な扉の前で、サーシャが控えめにノックをする。
「支部長、アリアさんたちをお連れいたしました」
「入れ」
中からバイトンの太い声が響き、サーシャが扉を開けた。
部屋の中には、険しい顔で地図を広げるギルドマスターのバイトンと――昨日廊下ですれ違った、あの青銀の髪を持つ教会の駐在武官、レナードが静かに佇んでいた。
(やっぱり、あの人だったのね……)
アリアは内心でそう納得しながらも表情には出さず、一歩前へと進み出た。
「お待たせいたしました、支部長。……そちらが、今回の依頼主の方でしょうか?」




