第九話 孤児院へのお裾分けと夜の温かな通信
第九話 孤児院へのお裾分けと夜の温かな通信
夕暮れ時の柔らかな陽光に包まれる中、静たちは教会に併設された孤児院へと到着した。
中庭に入ると、シスターのローゼが驚いたように目を丸くして出迎えてくれた。
「セリナさん、それに皆様も……本日はどうされたのですか?」
「ローゼさん、こんばんは。実は今日、仮設診療所で街の方々からお礼の品々をたくさんいただきまして。とても美味しそうな新鮮なお野菜やパンでしたので、孤児院の皆さんへもお裾分けしようとお持ちしたのです」
セリナが微笑みながら伝えると、ローゼはパァッと顔を輝かせた。
「まぁ、そうでしたか! それは本当にありがとうございます。子どもたちも、きっと大喜びすると思います」
「じゃあ、この品物はいつものキッチンに運んで置いておきますね」
静が手慣れた様子で食材の詰まった木箱や籠を持ち上げると、ローゼは恐縮したように頭を下げた。
「すみません、静さん。いつも運んでいただいて……よろしくお願いいたします」
静がキッチンへと向かうのを見送った後、セリナは少しだけ居住まいを正してローゼに向き直った。
「それと、ローゼさんにエナさんのことでお伝えしたいことがありまして……」
「エナのことで……?」
ローゼの表情に少しの不安がよぎる。
「もしかして、エナが診療所で何か粗相をしてしまったのでしょうか……?」
「いえ、決してそうではありません」
セリナは優しく首を横に振り、温かな声で続けた。
「実はエナさんにはとても綺麗で澄んだ『治癒の素質』がありました。そして何よりも、他者を労わるお優しい心をお持ちです」
「はい……確かにあの子は、昔からとても優しい心を持っています」
「そこで今日、ほんの少しだけ治療のイメージを手ほどきしたのですが……エナさんは見事に治癒魔法を使えるようになったんです。今後は私が『師匠』として、診療所でご一緒しながら治療の教えを行っていくことになりました」
その報告に、ローゼははっと息を呑み、ポロポロと大粒の涙をこぼした。孤児院で育つ子どもが、治癒魔法という確かな力と生きる道を見つけたことが、我がことのように嬉しかったのだ。
「まぁ……そうだったのですね……! あの子が……セリナさん、どうか、どうかエナをよろしくお願いいたします……!」
深々と頭を下げるローゼの手を、セリナは優しく握り返した。
「はい。私にできることは、出来る限りお手伝いさせていただきますね」
◆◆◆
セリナたちがそんな温かな会話を交わしている頃、孤児院の中庭では、アリアたちと幼体たちが子どもたちに囲まれて大賑わいの時間を過ごしていた。
「ほらほら、こっちだよー! 捕まえてみなさーい♪」
フィアが獣人ならではの身軽さで楽しそうにポンポンと跳ね回ると、子どもたちが「ああっ、待てー!」「すばしっこいぞ!」と笑い声を上げながら追いかけていく。
その頭上ではハルがふわりと舞いながら「ひゅん」と涼しい風を送り、走り回って火照った子どもたちの頬を優しく撫でていた。
「アリアお姉ちゃん、剣の素振り見せて!」
男の子たちにせがまれたアリアは、「仕方ないわね」と苦笑しながら木の枝を拾い上げた。シュッ、と鋭くも美しい軌道で枝を振ってみせると、子どもたちは「うわぁ、かっこいい!!」と目を輝かせる。
少し離れた木陰では、ミレイアが転んで泣きべそをかいていた小さな女の子をそっと膝に乗せ、擦りむいた膝へ優しく手をかざしていた。ぽう、と淡い光が柔らかく灯ると、女の子の膝の傷はあっという間に綺麗に消えていく。
「もう痛くない?」
ミレイアが穏やかに微笑みかけると、女の子はこくんと頷き、照れくさそうにミレイアの胸元へと抱きついた。その膝の上ではルゥも「くぅ」と鳴きながら、慰めるように女の子の頬へそっと寄り添っている。
「ふふ、ルゥも一緒に慰めてくれるのね。優しい子」
ミレイアがルゥの頭を撫でると、ルゥは嬉しそうに目を細めて「くぅ」ともう一度鳴いた。
リーナの周りでは、小さな女の子たちがふわりと浮かぶ小さな光の魔法に歓声を上げていた。その足元では、マルが子どもたちに見せつけるように地面を「ぽむぽむ」と叩き、「ぷぷぅー!」と得意げに声を弾ませている。
ツキが縁側で「にゃ」と落ち着いた声で鳴き、シスターたちに撫でられて優雅に喉を鳴らす横で、あかねは「きゅきゅ!」と胸を張り、あかねの所にやってきたルゥの頭を撫でて「お姉ちゃんぶり」を子どもたちに披露していた。ルゥも「くぅ!」と楽しそうに鳴き返し、中庭には絶え間なく幸せな笑い声が響き渡っていた。
◆◆◆
やがて日が落ちる頃、キッチンから戻ってきた静が子どもたちに手を振りながら伝える。
「みんな、また近いうちに来るからね。それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
名残惜しそうな子どもたちやローゼに見送られながら孤児院を離れた一行は、人目のない路地裏へと入り、静の転移で一瞬にして屋敷へと帰還した。
その日の夕食は、セリナが街の人たちからもらった食材をたくさん使った、瑞々しい野菜と香ばしい自家製ソーセージがたっぷり入ったセリナ特製の温かなシチューと、新鮮なサラダだった。
「美味しい! やっぱり街の露店のソーセージって、お肉の味がしっかりしててシチューに合うね」
静が目を輝かせてシチューを頬張ると、テーブルを囲む面々も楽しそうに頷いた。
「ええ。それにしても、今日は本当に驚きの連続だったわ」
アリアがワイングラスを傾けながら、ギルドでの出来事を振り返る。
「静はあんまり分かっていなかったみたいだけれど……ギルドマスターたちが、大樹の素材を見て冷や汗を流して絶句していたんだから」
「ふふ、しかも静ったら、その横で『そこそこいい値段になりそうだね』なんて呑気なことを言うのよ?……あの時の皆の顔と言ったらなかったわね」
リーナがくすくすと笑うと、フィアが身を乗り出して目を輝かせた。
「うわあ、私もその場にいたかったなぁ! 絶対面白い顔してたよね、それ!」
ミレイアも上品に口元を押さえながらくすくすと笑う。
「ふふ、想像しただけでちょっと胸がすくわね。今度そういう場面があったら、私たちも同行させてもらいたいくらいだわ」
「うーん……やっぱり、あれってすごく珍しいものだったんだね。でも、高く買い取ってもらえるなら屋敷の足しになるし、良かったよ」
静がどこまでも無自覚な感想をこぼし、食卓はさらに温かな笑いに包まれた。
夕食が一段落した頃、アリアがふと思い出したように静へ声をかける。
「静、明日のことなんだけど。例の教会の武官からの依頼、何時から始まるか詳細を聞きにギルドへ行こうと思うの。明日もフォルツに送ってくれるかしら?」
「うん、いいよ。用件が終わったら、いつものように連絡板で教えてくれれば迎えに行くね」
「ありがとう、よろしく頼むわね」
◆◆◆
夜。
静かな自室に戻った静は、ふと思い立って懐から連絡板を取り出した。
滑らかな表面を指先でなぞり、フォルティナへと文字の線を紡いでいく。
【静:フォルティナさん、今日とても良いことがありましたよ。セリナに弟子ができたんです】
文章を送信すると、連絡板が一度静かに光を収めた。
その頃、フォルツ領主館の執務室では、書類仕事の合間に一息ついていたフォルティナの机の上で、連絡板が静かに淡く明滅した。
文字を読み取ったフォルティナは、少し驚いたように目を丸くして返信を刻む。
【フォルティナ:セリナさんにお弟子さんですか?】
すぐに返ってきた文字を見て、静は嬉しそうに詳細を書き込んだ。
【静:はい。エナっていう孤児院の子が今日、診療所を手伝ってくれていたんですが、その子には『治癒の素質』があったみたいで。セリナが教えると治癒魔法ができたみたいなんです。それで今後も、診療所へ行く時に一緒に治療を行って教えていくことになりました。何か問題があれば教えてください。】
その温かな報告に、フォルティナはぱっと頬を緩ませ、心からの安堵と喜びを胸に文字を返した。
【フォルティナ:『治癒の素質』ですか! それはとても素敵ですね。ぜひセリナさんのように、立派な治療師になっていただきたいです。お手伝いの件も問題ありません。むしろこちらからお願いしたいくらいです】
【静:良かった。あ、あと別件ですが……次のお休みはいつ頃取れそうですか? 大樹の二層目を案内しますよ】
その誘いに、フォルティナはぱぁっと表情を明るく輝かせた。
【フォルティナ:そうですね……一週間ほど待っていただければ、私もフレイも急ぎの用件が終わりますので、その頃でもよろしいでしょうか?】
【静:わかりました。日程がはっきりと分かったら、また教えてくださいね】
【フォルティナ:はい! 必ず連絡しますね】
連絡板の淡い光が静かに消えていくのを眺めながら、静は「一週間後か、楽しみだな」と穏やかな笑みを浮かべた。
窓の外には美しい星空が広がり、温かな出会いと次なる冒険への期待を胸に、屋敷の夜が静かに更けていくのだった。




