第八話 小さな弟子と診療所に届く善意
「できた……私、治療できた……!」
自分の小さな手のひらと、男の子の綺麗に治った肘を交互に見つめ、エナは興奮で声を震わせた。男の子が嬉しそうにお礼を言って走り去っていくのを見送ると、エナは感涙に破顔し、ぎゅっと両手を握りしめてセリナへと向き直った。
「セリナさん。いえ……師匠!! 私、まだ自分にできることがあるかもしれません! お願いです、治療のお手伝いをさせてください!」
「し、師匠ですか!? そ、そんな大層なことをしたわけでは……!」
突然の「師匠」という呼び名に、セリナは目を丸くして可愛らしく慌てた。しかし、エナの真っ直ぐで澄んだ瞳と向き合うと、すぐに柔らかで温かな微笑みを浮かべた。
「ふふ、でも……そうですね。エナさんには確かな『治癒の素質』がありますし、なにより他者を労わるお優しい心をお持ちです。私でお役に立てることでしたら、ぜひ喜んでご一緒させていただきますね」
「はいっ! ありがとうございます、師匠!」
嬉しそうに深く頭を下げるエナの姿を、少し離れた場所から見守っていたフィアが、猫耳をぴこんと揺らして嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ、セリナも心底優しい子だし、なんだかんだ静の影響も受けて、困っている子をほっとけないんだよね~♪」
◆◆◆
それからの仮設診療所は、診療所とは思えないほどの活気と温かな笑顔に包まれていた。
ひっきりなしに訪れる患者たちに対し、セリナは手際よく重傷者を診ていき、その隣でエナが教えを受けながら小さな擦り傷や打撲の治療を一生懸命に手伝っていく。
患者たちが恐怖や緊張を感じないよう、幼体たちも大張り切りで場を和ませていた。
もふもふの毛皮を揺らしたマルは、大枝の苔を叩くような仕草で小さなお手手を「ぽむぽむ」と動かし、「ぷぷぅー!」と元気よく声を弾ませて子どもたちを笑わせている。
フィアの肩にいたハルは、熱っぽくぐずる子の元へふわりと舞い降り、羽をなびかせて「ひゅん」と優しい涼風を送ってやった。
ツキはお姉ちゃんらしく全体を穏やかに見守りながら、時折「にゃ」と短く鳴いてセリナの側で見守っている。
そんなツキの大人びた姿を見ていたあかねは、憧れたように目を輝かせると、自分も『お姉ちゃん』になろうと背筋をピンと伸ばした。
隣にいたルゥの前に立つと、ツキの真似をして「きゅっ!」と凛々しく胸を張り、ルゥの頭を小さな手でぽんぽんと優しく撫でてみせる。
ルゥは「くぅ?」ときょとんとした後に嬉しそうに目を細め、二匹で仲良くペアを組んで子どもたちの元へ駆け出していった。
あかねがお手本を見せるように子どもたちに可愛らしく挨拶をすると、ルゥも真似をして「くぅ!」と元気に声を弾ませ、怖がっていた子どもたちを一瞬で笑顔に変えていく。あかねは満足そうに「きゅきゅ!」と胸を張り嬉しそうにしていた。
「まあまあ、なんてお利巧で可愛い子たちなんでしょう!」
「本当に、見ているだけで癒やされちゃうわねぇ」
順番を待つ街の妙齢の女性たちがすっかり幼体たちの愛らしさに虜になり、持っていた干し肉や果物のおやつを「偉いねぇ」と楽しそうに与える微笑ましい一幕もあった。
やがて治療が終わるたび、セリナが一切の治療費を受け取らないことを知っている街の住人たちが、代わりにと次々に品物を置いていった。
自分の菜園で採れたという瑞々しい野菜の詰め合わせ。
近所の露店の店主たちが「先生、これ食べて力をつけてくれ!」と持ってきてくれた焼き立ての芳醇なパンや、自家製の香ばしいソーセージ、ハムの塊。
幼い女の子が「お姉ちゃん、きれいなお花あげる!」と、野で摘んできた可愛らしい手作りの花冠をセリナの頭にそっと載せていったりもした。
「すごいね! みんないろんなものを持って来てくれたんだね!」
積み上がっていく贈り物を見てフィアが目を輝かせると、エナも誇らしげに目を輝かせた。
「師匠が皆さんに心から感謝されている証拠ですね!」
「お役に立てたなら嬉しいのですが……こんなに素敵なお礼をたくさんいただいてしまって、逆に少し申し訳ない気がしますね……」
セリナは頭の花冠にそっと触れ、照れくささと困惑が混ざったような和やかな苦笑いを浮かべるのだった。
◆◆◆
そうして陽が傾き始め、そろそろ診療所を閉める時間になった頃――ギルドでの用事を終えた静、アリア、リーナの三人が戻ってきた。
「セリナ、お疲れ様。順調だった?」
静が穏やかな声をかけると、セリナはパッと表情を明るくして迎えた。
「静様、お帰りなさいませ。はい、今日はいつもより患者さんが多かったのですが、こちらのエナさんが一生懸命手伝ってくださったおかげで、とても順調に進みました」
足元に寄ってきたツキへ、静はしゃがみ込んで軽く頭を撫でた。
「ツキも、今日もセリナのことしっかり守ってくれてありがとう」
「にゃ」
ツキが誇らしげに一声鳴いて、静の手のひらへそっと頭を擦り寄せる。
「はい! 師匠の教えを受けてお手伝いさせていただきました! ええと、エナと申します。先日お菓子などをいただいた孤児院から来ました。よろしくお願いします、静さん!」
エナがハキハキと元気よくお辞儀をすると、静は「こちらこそよろしくね、エナさん」と優しく微笑んだ。そして、ふと首を傾げる。
「ところで……さっきから言っている『師匠』って?」
その素朴な疑問にフィアがニシシと楽しそうに笑いながら説明した。
「ふふっ、セリナって教え方も上手だったし、困っている人をほっとけないところが静にそっくりなんだよね♪ だからエナちゃんに弟子入りされちゃったの!」
セリナは少し頬を赤らめながら控えめに付け加えた。
「ええと……エナさんにとても綺麗な『治癒の素質』と、他者を思う優しいお心を感じましたので、簡単な治療のイメージをお教えしたのです。そうしましたら、エナさんは見事に治療を成功させて……」
「はい! それで私、もっと師匠からたくさんのことを学びたいと思って、お願いして弟子にしていただいたんです!」
エナが胸を張ると、静は「あぁ、なるほど。そんなことがあったんだね」と深く納得し、温かな目を向けた。
「セリナも隅に置けないわね。もう弟子までできちゃうなんて」
アリアがからかうように笑うと、セリナは顔を赤らめながら「そんな、からかわないでください……」と両手を小さく振った。
「エナさんも、セリナみたいに優しくて素敵な治療師になれるといいね」
「はいっ! ……あ、あの、静さん。私のことはどうぞ『エナ』と呼び捨てにしてください。師匠が『様』を付けて呼ぶ静さんに、私が『さん』付けで呼ばれるのはなんだか恐れ多いですので!」
エナが少し身を乗り出してお願いすると、静は「あはは、わかったよ。じゃあエナ、応援してるからがんばってね」と柔らかく頷いた。
「はい!」と嬉しそうに返事をしたエナの横で、セリナがテーブルの上の山のような品々を指差した。
「あ、静様。そちらに並べられているお品物なのですが……街の皆さんが治療のお礼にと届けてくださった差し入れなのです」
「すごいね! 野菜もパンも、どれもすごく美味しそうなものばかりだ」
溢れんばかりの新鮮な食材に静が感心していると、セリナが少し上目遣いに静を見つめた。
「はい、本当にありがたいことです。……もし宜しければ静様、こんなにたくさんいただきましたので、エナさんのいる孤児院の皆さんへもお裾分けしたいのですが……よろしいでしょうか?」
「もちろん! これはセリナが一生懸命みんなを治療したお礼にいただいたものなんだから、セリナの好きにしていいんだよ」
静が即答で微笑むと、セリナは胸の前で手を合わせ、ぱっと花が咲くような心からの笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、静様!」
「師匠……! 孤児院みんな、絶対に大喜びします!」
エナも感謝で瞳を潤ませ、頭を何度も下げるのだった。
それを見ていたアリアが、腰の剣を軽く叩きながらパンと手を打った。
「よし、じゃあ診療所の片付けを終わらせたら、みんなでその美味しそうな差し入れを持って孤児院へ向かいましょうか!」
「そうね、新鮮なうちに届けてあげましょう」
リーナも優しく微笑み、一同は楽しそうに手分けして片付けを始めた。
静たちがもたらす温かな善意の循環が、夕暮れに染まるフォルツの街にまたひとつ、優しい笑顔の輪を広げていくのだった。




